第17話 アリスの中間テスト大作戦④
スペアの『アレマ気象学』が用意されている時点で、アリスの「問題を作れなくなるくらい落書きをする」という作戦はものの見事に砕け散った。
テストの日が迫る中、日が高くなった昼間、ビリーが領主の館の外にある花壇に水を撒くため、外に出た。
「何とかしてテストを阻止しないと、本当に領主クビになっちゃう……!」
ぼんやりと3回、4回本を眺めたところで、これまで学校で受けてきたテストでことごとく酷い点数を取ってきたアリスには、テストで点数を取れる実感は何一つなかった。
「そうだ。問題を作れないように隠しちゃえばいいんだ……!」
アリスは、ポンと手を叩いて、最初にビリーが本を見つけた書庫の前に立った。
ビリーが書庫から本を取ってきたにもかかわらず、アリスはその日から書庫に全く入らなかった。
「きっと、スペアの本もここから持ってきたんだろうな……」
ドアを開けた。そこでアリスは息を飲み込んだ。
「げ……。思った以上に本があるんだった……!」
暇つぶしに書庫に行くことはこれまでにも何回かあったが、その中からピンポイントで目的の本を見つけることは、ほとんどと言っていいほどやっていない。
しかも、ビリーが水撒きから戻ってくる前に本を見つけ出さなければならなかった。
「まず、問題を作れないようにするためには、本を全部ここから抜かないと……」
4列の通路の両側に、天井すれすれまで数多くの本がある。
一応、高いところの本が取れるように脚立も用意されているものの、身長の低いアリスには一番上にある棚に何とかギリギリ手が届くくらいだった。
まずアリスは、自然分野の本が書かれている場所を探し始めた。
昆虫や動物、植物のことが書かれた本があれば、同じ授業で学んだことのある天気の本も近くにあるはずだ。
一番左側の列に入り、タイトルを確かめる。
「『アレマ領の歴史研究』……。これは違うかな……。
こんなの、天気からものすごく遠いわけだし……」
ビリーは、短い時間で『アレマ気象学』の本を探し当てている。
そう考えれば、間違いなく目のつきやすいところに本があるはず。そうアリスは考えた。
「じゃあ、入口に近いところなのかな……。
アレマの天気とか、今までの領主はみんな気にしてたはずだし……」
アリスは、1列の両側を見てジャンルが違うと判断すれば、それ以上奥に進まず、隣に移動することにした。
2列目は、アレマの産業や偉人のことが書かれている本ばかりだった。ボツだ。
3列目は、アレマの言語や方言、余所の地域の言葉が書かれている本。これもボツだ。
そうなると、一番右側に自然分野の本があるはずだ。
「あれ……?」
列を歩き始めたとき、アリスは思わず立ち止まった。
これまでどの棚にも本がぎっしりと入っていたのに、ビリーの目と同じ高さのところで、『アレマ気象学』が10冊ほど入りそうなスペースが空いていたのだった。
しかも、その右には『アレマで起こるハリケーン』、左には『冬のアレマの雲』という、いかにもそこに『アレマ気象学』の本があったような痕跡が残っていた。
「あれれれ……????」
アリスは、周辺を少しだけ探して、思わず書棚から目を反らした。
本そのものがなくなっていた。
なくなっている以上、アリスの考えた作戦は実行できそうにない。
「まさか、さっきのスペースにあった本、全部『アレマ気象学』……?」
アリスは、自分の手の届かないところにビリーが隠しているのではないか、と咄嗟に思った。
その列の脚立だけ、奥ではなくてその隣の棚の前に置かれていることも、アリスの疑いをさらに強める。
アリスは、なるべく棚から離れて、上を見た。
「あぁ、やっぱりこんなことしてる――っ!」
書棚の一番上は、ほとんどの棚で多少のスペースが出来ているのだが、そこに『アレマ気象学』が10冊ほど置かれていた。
それも、奥まで入れられており、アリスが脚立を使ってもなかなか取れない場所だ。
「ていうか、まだ書庫に10冊もあるんだ……」
隠し場所をどうしよう。
アリスの頭の中に最初によぎった言葉は、それだった。
だが、その10冊を棚から取らない限り、その次のステップには進めない。
「とりあえず、脚立をここに持ってきて……。
でも、私の身長じゃ届かないから、脚立の上に何かを置かないと……」
アリスは、周辺を見渡す。
書庫の中にあるのは、言うまでもなく本ばかりだった。
使えるのは、それしかなかった。
「よーし! 脚立の上に本のタワーを作るかー!」
アリスは、まず反対側の棚から分厚い『アレマ植生辞典』を脚立の上に置いた。
その後、一つ上の棚にあった『アレマで確認された昆虫』や『アレマ領 動物の生態系』といった分厚い本を重ねていく。
5冊重ねて、15cm。ようやくアリスの手にも『アレマ気象学』が届くような高さにまでなった。
「さぁ、あとは10冊まとめて隠してしまえ……。
ビリーが問題を作る前に!」
アリスは、自信満々で脚立を登り始め、ほとんど立つ場所がない一番上の段に左足を乗せた。
そして、アリスが踏み台に用意した5冊の上に右足を引っかけた。
「あ゛……」
アリスは、ここで初めて気が付いた。
同じ向きで本を積み重ねている以上、背表紙のある側が高くなり、反対側が踏み潰されて低くなることを。
頂上にわずかにできた坂で、アリスの足は滑ってしまった。
そして、アリスはバランスを崩して、お尻から床に叩き落とされた。
数秒も経たないうちに、1階から誰かが上がってくる音が聞こえた。
「まずい……!
ビリーが来る……!」
アリスは床から立ち上がろうとしたが、5冊移動してしまった本を元に戻すには時間が足りなかった。
書庫のドアが開いた。
「アリス、大丈夫? ……って、やっぱりやろうとしたようだね」
「ふぁい……?」
アリスは下に目線を落としながら、ビリーに力のない返事をした。
そこに、ビリーが腕組みをしながら、一歩ずつ近づいてくる。
「あのさぁ……。
本に落書きしちゃダメって言ったばかりなのに、本を脚立代わりに使ってどうするの?」
「だって、勉強する本がこんな高いところにあるんですもの……」
アリスは、頬を膨らませてビリーに答えた。
「そうだね。
アリスが考えることなんて、僕にはすぐ分かったし。
全部に落書きしたり、全部を金庫に隠したり、そんな古典的なテスト阻止作戦はお見通しだよ?
最悪、他の人が持っている『アレマ気象学』の本を召喚するつもりだったし」
「全部バレてるーっ!」
アリスは、よろけながら後ろに下がった。
だが、棚があって、ビリーとの距離をそれほど広げられない。
するとビリーは、突然アリスの肩を掴んだ。
「アリスのそんな、どうでもいいことで頑張ってしまうの、僕は好きだよ。
領主じゃなかったらね」
「領主じゃ……、なかったら……?」
アリスは、そこまで言って口を閉ざした。
領主として恥ずかしくないように、そして領主に対する教育の一環としてテストをするはずのビリーが、ここまで言うとは思わなかった。
「でも、私が領主じゃなかったら、ビリーは召使いじゃなくて領主になってませんか?
ビリーも永久転送されたわけだし、領主から逃げきれなかったと思います……」
「そうだね……。
でも、領主と召使いの関係じゃなかったら、僕たち意外とうまくいくんじゃないかなって……」
「あ……」
ビリーの左の人差し指が、アリスのおでこに触れる。
アリスは口を広げて、ビリーに何か告げようとしたが声にならなかった。
その時、領主の館の外で吹く風が突然強くなった。
「これ、初夏に吹きやすいアレマンハリケーンですね……。
『アレマ気象学』で見ました」
「おっ、アリス。ちゃんと勉強して……」
その時、アリスの手が、ビリーが褒めるのを遮った。
アリスが突然真顔になって、ビリーの手を引っ張ったのだ。
「ビリー、その風をキングにも体験させませんか?」
次回、テストそっちのけで「バトル」???
応援よろしくお願いします!




