第17話 アリスの中間テスト大作戦②
ビリーは、アリスを追うことはしなかったものの、気になってアリスの向かった先を見つめたまま立ち止まる。
やがて、倉庫から何か重いものを引っ張り出すような音がし、再び前に進みだした。
「なんか、重そうなものを一人で抱えてるみたいだけど……、大丈夫?」
「大丈夫です! 一人で持てるものなので……」
アリスの声が廊下に響いた瞬間、ビリーの目に土台が先に見えた。
ビリーは「あ……」と言ったまま、開いた口が塞がらなかった。
「どこまでバカにできてるんだ……、アリスは……」
アリスが手に持っていたのは、紛れもなく扇風機だった。
少なくとも、ビリーの紹介屋にも1台は置いていたような、家庭用の扇風機だ。
「だって、身近なもので風を起こすとしたら、こんなものしか考えられないですよ?」
「いや、そうだけどさ……。
扇風機の風に負けるような炎か? フレイム・ヴァリアントは」
「だったら、執務室についているエアコンにしますか?
もしそれやっちゃったら、執務室が焼けちゃいますよ?」
アリスは、引っ張り出してきた扇風機を置いて、右手で扇風機を撫でる。
「そもそも、こんな風をキングブレイジオンの特訓に使うというのが間違ってるだろ」
「風を苦手としてるんだから、そうなるんじゃないですかねぇ」
アリスは、首の後ろに手を回し、気の抜けた声で答える。
「それにさぁ、扇風機を相手にするほど、キングブレイジオンは暇じゃないから。
もともとは、正義のヒーローとしてこの場所に召喚してるんだから、コロッセオだってかなり微妙なのに」
「じゃあ、扇風機を巨大化させてみましょう」
「どうやって」
「扇風機に栄養を与えるんです。電気という」
「電気を家電製品の栄養と言うようなバカ、アリスが人類最初だよ……」
ビリーは、あまりにもおかしくなったのか、お腹を抱えたまま廊下の壁に激突した。
アリスも、自分の言ってしまった一言がバカバカしくなり、クスクスと思い出し笑いを浮かべていた。
その時、アリスとビリーは、窓がミシミシと揺れる音を遠くで聞いた。
「どうでもいいですけど、風が吹いてますねぇ……」
「アリスが、こんな展開に持ってったから、天気だって荒れてきたんじゃなくて……?」
「そうとも言います。
でも、私は風を出すことができないですし、いま何も召喚してないですからね?」
「召喚してる、してないはともかくさ……。
僕たちの話を聞いて、きっとどこかで風の精霊が動き出したに違いないよ」
ビリーは、アリスから目を反らしてベランダに向けて歩き始めた。
「アリス、向こうの部屋にかかっている洗濯物を入れたほうがいいかも知れないね」
「分かりました……」
今や、アリスは領主とは言え、日常生活を送る上でビリーに指示されることが増えてきていた。
執務室での妄想に夢中になりすぎて、洗濯物を夜まで入れなかったりすることが後を絶たなくなり、結果この1ヵ月や2ヵ月、アリスがビリーの言いなりになって家事を行っていた。
だが、この日は言われたとはいえ、キングブレイジオンの特訓のこともあるので、興味本位で西向きのベランダに向かった。
ドアを開けた瞬間、アリスは背筋が凍るような感触を覚えた。
「窓ガラスが割れてる……!」
竿が風で落ちる間に、ベランダに面した窓ガラスに激突し、ほんのわずかに割れていた。
ベランダには洗濯物が全部落ちているが、その洗濯物さえも外を舞う強風によって飛ばされそうだ。
「いけない……。
洗濯物を取り込まなきゃ、私、今夜全裸で寝ることになってしまう……!」
アリスは、下に落ちた洗濯物を拾い上げ、急いで中にしまった。
それから、たまたまその部屋に置いてあったガムテープを割れた窓ガラスに貼り付けると、アリスの動きが気になったのか、ビリーが中に入ってきた。
「窓ガラスが割れちゃったんだ……」
「はい、割れました。
あ……、私がやったわけじゃないですからね……!」
「そう言うということは、アリスが絶対やったな……。
隠し通しても、アリスの性格は分かってる僕には無駄だからね」
「やってないですって。
そんなことやってたら、私だったら隠しちゃいますから」
アリスは、半分笑いながらビリーに告げた。
すると、アリスが洗濯物を取り込んだ時にはなかった、ガタガタッという音が二人の耳に聞こえてきた。
「アリス、さっきは疑ってごめん。
これ、本当に外で強い風が吹いてるみたいだね……」
「ビリー。アレマ領って、かなり強い風が吹くんですか……?」
「分からない。
僕も永久転送が始まって7ヵ月だから、そこまでアレマ領の1年の気候を知ってるわけじゃないんだし……。
というか、領主なんだから、暇な時間にそこまで調べて調べておこうよ」
ビリーは、その部屋にある気象に関する本を目で追い始めたが、この部屋には本棚はなかった。
「お勉強ですか……?
私、お勉強はあまり好きじゃないから……、テスト前とかじゃないとやらないですよ?」
「じゃあ、『アレマ気象学』と書いてある本を探して、1週間後にテストやるからね。本当に。
もし、テストで60点以下を取ったら領主クビ!」
ビシッと向けられたビリーの人差し指に、アリスは思わず息を飲み込んだ。
「う~ん。
これ、10点以下だったらクビ、とかにしないと、私が簡単にクビになっちゃうので厳しくないですか?」
「どこまでバカにできてるんだっつーの。
僕がテストを出す本と、アリスが読む本は一緒なんだから、本の内容が分かってれば解けるはずだよ?」
「私、テスト前にだけ勉強しますけど、授業でやったことなのに点数良くないですよ?」
「当たり前だろ!」
ビリーは、書庫に駆けていき、本棚をガサゴソと探し始めた。
「もしかして、ビリー……、思い付きで言った『アレマ気象学』という本を本当に探してるんじゃ……」
アリスは、嫌な予感しか思い浮かべられなかった。
そして、こういうときのアリスの直感は、想像以上に当たってしまうのだった。
「あった――!」
「最っ、悪っ!!!!!」
アリスは、ため息もつけないまま、力のない言葉だけがこぼれていった。
やがてアリスの前に戻ってきたビリーの手には、紙の色がやや変色した分厚い書籍があった。
「はい、そのものズバリの本を見つけたからプレゼント」
ビリーは、アリスに表紙を見せながら手渡した。
「アレマの言葉で書いてあるから、アリスだってきっと読めると思うんだ。
難しい計算式とか、そういうのはなくて、アレマの天気とかそういうのが図解になってるから、読みやすいよ」
「あ~……。
これは、本というより図鑑ですね。テストは作りづらいですよね」
「やるといったらやるからね、テスト。
とりあえず、キングブレイジオンのスキルアップを目指したいなら、領主アリス自身のスキルアップを目指さないといけないよね!」
「はぁ~い……」
アリスは、気の抜けた声とともに、トボトボと執務室に歩き出した。
「オメガピース」入隊以来、学校からも勉強からも、当然テストからも逃れていた15歳に、激震が襲った。
アリスにとっては、久しぶりとなる「お勉強」。そして「テスト」。
「60点以下で、領主クビ。
そして私は、アレマ領の中ではぐれてしま……」
執務室のドアを開けようとしたとき、アリスは何気なく呟いた一言に足を止めた。
その後に頭の中に思い浮かんだ言葉が、アリスの記憶の回路を辿るスイッチとなってしまった。
「永久転送って、結局私はどうなってしまうんだろう……。
そして、ビリーだって……。
転送なのに、元の世界に戻れないってこと、本当にあるのかな……」
それは、この世界にやってきたアリスが、初めて、そしてようやく気付いた謎への第一歩を踏み出す瞬間だった。
補足すると、元の世界でもアリスのテストは最悪の点数でした(あ)
果たして、60点以下を取って領主クビになってしまうのでしょうか!
応援よろしくお願いします!




