第16話 ビリー、男を魅せる①
ビリーが負けたら、アリスが領主をクビになる。
生まれ変わった「アレマ・コロッセオ」での最初のイベントは、一部のアレマ領民にとっては突然降って湧いてきたバカ領主の時代が終わることを楽しみに待っているイベントとなった。
「ビリー……。
私のクビがかかるから、やっぱりこうなりましたね……」
グリーンオアシスに入ったあたりから、二人はコロッセオでの試合を見に来た数多くの領民と出会ったが、中でも特に目立っていたのは「アリス○ァック」という横断幕だった。
「まぁ、僕もアリスも噂には聞いてるだろ。
食い意地の強い領主は辞めて欲しいとか、そういう話を……」
「聞かなかったことにしてますし、今だって見なかったことにしてます」
「そうだね……。って、アリス?」
ビリーは、ここでようやくアリスに振り向いて、思わず身を引いた。
アリスは目を閉じたまま、両手を両耳に当てていた。
「見ない聞かないって、それかよ!」
「はい、そうです。そうしたら、『アリスのバ~カ!』とか聞かなくて済みますものね!」
「バ~カ!」
ビリーが笑いながらそう答えた瞬間、アリスは左足をビリーの右足に引っ掛けた。
体がよろけるとともに、耳から手を離したが、崩してしまったバランスを取り戻すことはできなかった。
そのままアリスは、何とか両手をついたが、地面にうつ伏せで倒れ込んだ。
「私、やっぱりいろいろ持ってますね……。
耳を塞いで目を閉じながら歩いたら、こうなることなんて、普通に考えれば分かるのに……」
ため息をつきながら立ち上がったアリスの正面から、チョコレートに大きな×が書かれた「アリス○ァック」の横断幕が飛び込んできた。
「あの横断幕が、アリスをあざ笑ってるみたいだね。これじゃ……」
「ですね……。
でも、私はそんな圧力に何か負けたくないから、ビリー、挑戦者を倒してください!」
「分かった。ここで負けるようなら、召使い失格だよ!」
二人の足は、既にコロッセオの敷地に入っていた。
まだ試合の始まる3時間前にもかかわらず、コロッセオの空気は既にピリピリとしたムードに包まれていた。
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『大変長らくお待たせいたしました!
本日は、アレマ領主営になって初めてとなる、コロッセオでのイベントにお越し頂き、ありがとうございます!』
司会の叫ぶような合図とともに、「アレマ・コロッセオ」に集まった多くの観客が歓声を上げる。
「始まりますね、ビリー」
「そうだね……。なんか、珍しく緊張してきたよ……」
アリスと一緒に控室まで向かったビリーは、初めて参戦した時にはあったはずのマッチの詳細な説明を受けていないことに戸惑っていた。
そもそもの提案者がビリー自身というのもあるものの、コロッセオのスタッフ、さらにはアリスが裏で何か仕組んでいる可能性がないとは言えない。
その意味でも、余計に緊張感が高まる。
「とりあえず……、僕は素手で戦うしかないんだよな……」
ビリーは、念のため、最初に「生身の体でビリーが戦う」などと言ったアリスに確認する。
だが、アリスはそのように言ったことすらも忘れ、キョトンとした表情で返す。
「まぁ、素手で勝てるような相手である保証はどこにもないんだけどね」
そうビリーが言った瞬間、スタッフがバトルフィールドへの入口を開けて、ビリーを通した。
すると次の瞬間、そのスタッフがアリスのところに駆けてきて、耳打ちをした。
「領主さまも、クビがかかっています。
お入りになったらいかがですか?」
「えっ……、いいんですか……?
私、領主クビになるの嫌ですから、バトルの邪魔しちゃうかも知れないですよ」
「バトルの邪魔をやったら、無条件で領主クビになりますよ。いいですね」
アリスは無言でうなずき、そのスタッフの横に立った。
一度閉まったバトルフィールドへのドアを、なるべく音を立てずに開ける。
だが、静かに開けた意味もなくなるほど、アリスはその場で悲鳴を上げた。
「ビ……、ビリー?」
バトルフィールドに入って10歩も歩かない場所で、ビリーが腰を抜かしていた。
アリスがその光景に息を飲み込もうとすると、突然ビリーとアリスの上空に影ができた。
アリスは、頭上を見上げた。その瞬間、同じように腰を抜かした。
「何じゃこりゃああああああああああああ!」
身長10mはあるような大男が2体、挑戦者ビリーを見つめていた。
「マッチメイクは、スタッフで組みました!
領主の召使い、ビリーにとって、何という残酷な第1ラウンドでしょうか!
大男にビビるか否か、度胸を試すようなバトルです!
勿論、逃げ出してバトルフィールドの外に出てしまえば、ビリーの負けです!」
「そんな度胸なんて……、私たちには持ってないです……!」
アリスは、調子に乗って説明する司会者にツッコミを入れる。
このような存在を見ても驚かないのは、少なくとも身近な存在であればキングブレイジオンかトライブ、それに「オメガピース」でもよほど強い兵士しか思いつかなかった。
不意に、ビリーがアリスに振り向いた。
「アリス、なんでバトルフィールドに出てるの?」
「いや……、なんかスタッフさんの指示で外に出されちゃいまして……。
もしかしたら、第1ラウンドで終わっちゃうんじゃないかって思ったんじゃないですかね……」
瞬間、ビリーの目が細くなる。
「終わるわけないじゃん……。
僕は……、とりあえず素手で戦って……、ダメならまだ手はある……。
アリスなら、分かるよね」
「えっ……?」
アリスが数秒間戸惑っていると、ビリーはアリスから目を反らし、二人並んだ大男を見つめた。
巨大な生物が相手になっても手狭ではないはずのバトルフィールドも、それが二つもいると一気に狭くなるように、ビリーには思えた。
そして、そのことがビリーに一つの作戦をもたらすのだった。
「ようやく分かったよ。
僕が バトルフィールドに入ってきた時に、既に大男が2体待っていた理由が。
いや。そもそも第1ラウンドに使うしかなかった理由も」
『なんだ……。
二人で挟み撃ちにするという以上の作戦はないはずだが……』
2体の大男が、顔を見合わせながら口にする。
最初は腰を抜かしたビリーだったが、今この瞬間には身長が7倍近くもある相手のことを見下しさえしていた。
「そう。大男たちは、最初から立ち位置を決めないといけなかった。
そして、動くにもお互いの体が邪魔をして動けない。
だからこそ、度胸試しに使った。違う?」
『なにをォ?』
大男のうちの1体が、ビリーの読みに唸った。
一方で、もう1体がその大男に耳打ちをするように話しかけた。
『コロッセオのスタッフさんにそう言われたこと、悟られてますって!
俺たちが動いちゃいけないってことも』
「丸聞こえ……。
これでビリーが負けたら恥レベル……」
アリスは、大男の声がはっきりと聞こえてきた瞬間、思わず吹き出した。
同時に、「ネオ・アレマ解放戦線」の息のかかったコロッセオでは考えられなかったほど、アリス自身がオーナーになったコロッセオではバカマッチが組まれたと認めざるを得なかった。
「こんな試合だけだったら、多分お客さん来なくなりますね……。
だから、ビリーは絶対勝たないとダメですね……」
アリスは、ビリーに聞こえるか聞こえないかくらいの声で静かに呟いた。
その声に反応したかのように、ビリーはうなずいた。
「よし! そうだとしたら、僕の作戦は決まった。
僕は、素手でも、そして一人ぼっちでも勝つことができる!」
ビリーは、向かって右側の大男に向かって走り始めた。
「頑張れ! ビリー!」
なんか、バカ対決の様相を呈してきましたが……。
応援よろしくお願いします!




