第15話 バージルとの思い出③
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ノーザンクロスにある、小さな紹介屋。
そこに、ビリー・エバーラストはいつも一人でいた。
紹介屋とは、賞金首の依頼によって成り立つ商売である。
まず、依頼者が賞金首を紹介屋に紹介し、店にその賞金を納める。
すると、紹介屋が旅人に賞金首とその賞金を情報として流し、手数料を頂いて送り出す。
賞金首を倒せなかった戦士の数が増えれば増えるほど、紹介屋には「手数料×人数」だけお金が入るばかりか、賞金首を倒せないまま店から情報を取り下げた段階で、状況や期間にもよるが、おおよそ賞金の半分は紹介屋のもとに入れる仕組みになっている。
逆に、賞金首を次々倒してしまうような戦士がいた段階で、一人分の手数料しかもらえず、賞金の半分をもらえる夢など遠くに消えてしまうのだった。
「い……、いらっしゃいませ……」
入口の錆びたドアがギィと鳴るまで下を向いていたビリーは、数日ぶりの来訪者に驚いた。
オレンジ色のロングヘアを、ドアの閉まるときの風になびかせた青年こそ、この時からビリーにとっていなくてはいけない炎の戦士、バージルだった。
「う……、うちにはこんな案件しかないですが……、うちでいいのですか?」
バージルは、首を縦に振った。
見た感じ、オレンジ色の髪を除けば、どこにでもいそうな冒険者の体格をしている。
ただ、剣を差しているわけでもないのに、肩には白いショルダーアーマーを装着しており、ビリーには見た目が武器使いであるかのように思えた。
そして、ビリーの店でその時一つだけ残っていたのが、「ステルスドラゴンの群れ5匹 1500リア」という依頼だけで、武器を使う人間が空を飛ぶドラゴンに立ち向かえるわけないと、ビリーは内心思っていたのだった。
「俺の名は、バージル。俺に倒せない相手なんて、ない」
「ものすごく自信ありますね……。
これ取り下げるわけにはいかないから、1年くらい飾ってるのですが……、何故かこれだけ誰も倒せなくて」
「あぁ、心配ない。俺は、他の紹介屋から恐れられるほど強い、炎の戦士だからな」
「ヒッ……!」
ビリーは、バージルの一言でカウンターから一歩引いた。
体を震わせながら、ビリーは店の片隅に飾った、ステルスドラゴンの依頼が書かれた紙の前に立って、小声で呟いた。
「冷静に考えろ……、僕……。
僕のところに、今まで見たこともないくらい強い戦士がやって来てしまった……。
言ってることが本当なら、僕はこの先紹介屋で食っていくことが出来なくなってしまうんだ……」
依頼する人も、依頼に挑む人もほとんど来ない現実と、通常の紹介屋では対応しきれないバージルが目の前にいるという現実。
それらがリンクするだけで、そこは別世界、いや別の商売であるかのようにビリーには感じるのだった。
そこに、バージルがカウンターから体を前に出して、ビリーに頼み込んだ。
「お願いだ……。他を追われた俺には、もう、ここしかない……。
あまりにも強すぎて、紹介屋はみんな俺のことを出入り禁止にした……。
だから。ここで再出発させて欲しいんだ……。ここで、平和な世の中を作りたい……!」
ビリーは、首を横にも縦にも振れなかった。
足はバージルから遠ざけようとしていたものの、手はステルスドラゴンの依頼が書かれた紙に伸びており、せっかく訪れてきたバージルの念力でも働いているかのような動きをしていた。
「これ、僕の運命が動き出したような気がする……」
ビリーは、声に出さずに言おうとしたものの、その言葉はバージルにはっきりと伝わっていた。
「な、この紹介屋を一緒に大きくしていきたいだろ……。
俺は、そのためならいくらでも力になる。
弱いものを見たら、放っておけない性格だから」
「なら……、僕もその言葉を信じるよ……。バージル……」
ビリーは、依頼の紙を持ってカウンターまで歩き、大きくうなずいた。
その後ビリーは、紙をカウンターの上に置いてバージルの手を握りしめた。
「なんか、手、温かいですね……」
「俺は、自由自在に炎を操るからな。
会う人会う人、冷たい手って言われたことは一度もない」
バージルの笑顔を、ビリーは初めて見た。
紹介屋のドアを開いたときはバトルに挑むかのような真面目な表情をしていたバージルだったが、いざ引き受けることが決まれば、心の優しい青年のように見えた。
「だから……、とても強い炎を放つんですね……」
「あぁ。俺は、手で炎を集めているから、必然的にそうなるよ」
そこで初めて、バージルがステルスドラゴンの依頼が書かれた紙を手に取る。
バージルは、一目見ただけで小さくうなずいた。
今まで、店に来た冒険者の誰もが数秒は立ち止まっていたこの依頼を、簡単にやってのけようという意思だ。
「大丈夫ですか……、バージルさん。
今まで、うちで紹介してきて、誰一人倒せなかったドラゴンですよ……」
「その方が面白い。
火を灯しただけで逃げてしまうような相手と戦うの、俺は辛くなるから……」
「絶対の自信を持ってますね。
金庫の奥にしまってある、1500リア、僕は今から取ってきてもいいかも知れませんね」
「まだ俺の力を知らないのに、よく言ってくれるね。ありがとう」
そう言うと、バージルはビリーに背を向け、軽く右手を挙げて店の外に出た。
その手から、早くも炎が湧き上がってくるかのようだった。
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そして、翌日の夕方、店を閉めようとした時だった。
前日に感じた異様な雰囲気が、徐々に見せに近づいてくる気配がした。
「もしかしてバージル……、本当に倒した……?」
ビリーは、店の外に出た。
そこでは、人々が通りの両側に次々とよけ、その間を通る戦士に尊敬の目を浮かべている。
やがて、焦げて骨ばかりとなったステルスドラゴンの翼と、それを持ったバージルの姿がビリーの目に飛び込んできた。
「やっぱり、バージルは本物だった……」
ビリーがため息をつきながら見せに戻り、カウンターの下に潜めていた1500リアの札束を取り出し、遅れてやって来たバージルを出迎える。
「この通り、俺は賞金首を1分で倒した」
「鋭い牙に食われもしなかったんですね……」
「その前に、焼き尽くした。
口元を見ただけで、間違いなく俺を牙で襲ってくると思ったから」
「それが分かるって事は、バージルさん戦い慣れていますね……」
「別に、言われるほど戦ってない。
ただ、俺が賞金首を刈るようになってから、一度も負けたことはないのは確か。
敵を見た段階で、手に炎を宿すから、そう簡単にピンチになることもなかったから」
バージルがビリーに笑ってみせる。
戦いを終えた戦士の表情を何度も見ているビリーでも、ここまで涼しい表情を見るのは初めてだった。
もっとも、その手にはそれとは真逆の熱い力を宿しているのだが。
「で、他に依頼があるのか」
ビリーは、首を横に振った。
ノーザンクロスで一番小さな紹介屋だけあって、そもそもほとんど依頼は来ず、ステルスドラゴンの依頼が店に最後まで残った依頼だった。
「俺は、もっと戦いたいのにな……。
とりあえず、明日から毎日、一度はここに来る。
俺を戦力として認めてくれた紹介屋は、ここが初めてだからな」
バージルは、ビリーから賞金1500リアを受け取ると、錆びたドアを開けて外に出た。
ドアの向こうには、入口を取り囲むように10人ほどの人が待っていた。
「あいつら……、商売敵だ……」
店の床面積、取り扱い依頼件数、やってくる冒険者の数。
どうやっても、ビリーの店と桁が違うようなライバル店の店員がそこにいた。
そして、その誰もが現実に賞金を持って出てきたバージルに怯えたような表情を見せた。
『マジかよ……。ビリーのところ、こんな紹介屋殺しに、お金を出しやがった!』
『ここさえ追放されれば、紹介屋の世界からも消せたのに……!』
だが、バージルはそんな紹介屋たちに首を横に振って答えた。
「ここはただ一つ、俺の力を信頼した紹介屋。それだけだ。
一瞬で強敵を倒した俺を見放したお前たちとは、決定的に違う。
たとえ小さい紹介屋だとしても、俺はここで生きていくことに決めたんだ」
「バージルさん……」
バージルは、ビリーに振り向いてうなずいた。
その表情は、今まで見捨てられていたビリーの店に光を灯す、力強い炎さえ感じられるものだった。
次回(3/15)も回想編です。
バージルのことでビリーが気負ってしまうようになったきっかけは……。
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