第2話 就任式はドタバタだ②
「これは3年前……。これは7年前……」
大好きなお菓子を前にして、アリスは賞味期限が切れているか切れていないかを、クローゼットのランプを付けて一つ一つ確かめた。
過去の領主が集めたもの、としかビリーから伝えられていないし、そもそもアレマ領が何年続いているかもアリスには見当がつかないため、前日にアリスが食べてしまったような98年前のポテトチップスが出てくる可能性だってある。
そのような恐怖と隣り合わせになりながら、アリスは包装裏の賞味期限の日付に目をやっていた。
「ない――――――っ!」
30分経っても、賞味期限が切れていないお菓子は一つも出てこない。
2年前に賞味期限が切れたものが、ここまでのところ一番近いが、品質的によろしくないことには変わらない。
「これだけ探してもないの、信っじられない!
もう、賞味期限内のものが出てきたら、ビリーに内緒でこっそり食べちゃおうかなー」
アリスは、一度天井を仰ぎ、それからクローゼットの奥まで一つ一つ調べた。
そして、クッキーの箱が積んである場所に脚立の上から手を伸ばそうとしたとき、つい手が滑って箱を二つ、三つ落としてしまった。
「あ……、もしかして、クッキーが呼んでいる……?」
アリスは、脚立から降りて、床に落ちたクッキーの箱を取った。
裏返して賞味期限を見た。
よだれが出た。
「あったあああああああっ!」
朝食を食べたダイニングに書いてあった今日の日付と、ビリーに告げられた年が完全に一致していた。
まさに、今日が賞味期限のものだった。
これはもう、アリス絶叫案件。
さらに、その横に落ちたクッキーの箱もひっくり返す。
これもまた、賞味期限が今日の日付。何も気にせず食べられる。
だが、アリスはクッキーの箱を開けようと伸ばした手を止めた。
「ひょっとして、このあたりのクッキー、全部同じ賞味期限……?」
アリスは、再び脚立に上がって、落としてしまった箱の周辺を手当たり次第に探す。
すると、同じ山から30箱以上、今日が賞味期限のクッキーが出てきたのだった。
「嬉しい……! これだけのクッキー、今日中に食べられるんだー!」
アリスは、過去の賞味期限のお菓子が再び出てきたところで探すのをやめ、一気に見つかったクッキーの箱を開けた。
「いっただっきまーす!」
そこに、ビリーがクローゼットに入ってきた。
「どう、アリス。賞味期限が切れてないお菓子、見つかった?
……って、食べてるし」
「ビリー、先に食べちゃった!
だって、ほら! ここにあるの、全部今日が賞味期限です!」
アリスが、この日賞味期限を迎えるクッキーの箱を横一列に並べて、両腕を広げながら紹介した。
「えええええ? ぜ、全部今日?」
「そう。だから、これから今日が終わるまで、ぜーんぶ食べなきゃ!」
そう言いながらも、アリスは早くも3箱目のクッキーを開けようとした。
そこに、ビリーが腕を組みながらアリスに告げた。
「アリスさ。これだけあるんだから少しぐらい、領民に媚びてみない?」
「こびる……、って何ですか?」
「えっと……、領主として気に入られるようなことをやるんだよ。
せっかくこんなに出てきたんだから、来た人にクッキーを一つずつあげるとか」
「えーっ、嫌だー! 私が見つけたんだもん」
アリスがそう言った瞬間に、ビリーは首を横に振った。
まるで、むしろアリスがそう返してくると待っていたかのように。
「でもさ、もしこのクッキーをもらった人が、アリスのことを『ここまで領民を大事にしてくれる領主』なんて思ったら、どうしてくれると思う?」
「あー……。たぶん、私のこと大事にしますね」
「だろ? 野菜を今までより多く領主の館に入れてくれるとか、きっとその恩を返してくれると思う」
「なるほど……。ビリーの言う通りかもしれません」
気が付くと、アリスはビリーの話に二度、三度とうなずいていた。
今まで、ルームメイトが一人しかいなかった分、そこまで人のことを意識してこなかったアリスも、そこまで言われると、領民の存在を考えるしかなかった。
「なんか、ビリーが今日、すごくいいことを言ってるような気がする」
「気のせいだよ。アリスが、逆にそういうことにまで目を向けるようになったから、じゃないのかな」
「ホント、そう? なんかビリー、領主の就任式で何をやるか決めていたりしてない……?」
アリスがそう尋ねると、ビリーが思わず息を飲み込む音がアリスの耳に響いた。
「余興で『大食い領主おすすめ・お菓子プレゼント』ということを考えてたよ。
何度やっても、アリスが負けるようになっているビンゴゲームとか」
「それ、完全に私に対するいじめじゃないですかー!」
「冗談! 冗談! 僕はそんなこと、ホントにやらないって!」
ビリーは頭を撫で、少し笑いながらアリスを見つめると、すぐに落ち着いた表情に戻った。
「ところでさ、アリス……。
就任式、こんな感じでもう今日の昼に決めたんだけど、いい?」
ビリーは、手書きで書いたカードをアリスに見せた。
そこには、今日の日付どころか、昼12時という時間までしっかりと指定されていた。
「えええ? い、いま何時?」
「もう11時45分。だから、僕がアリスを呼びに来たんじゃん」
「あ……」
クローゼットにあるはずのない時計を目で探しながら、アリスは呆然とした声で言った。
「てか、今日の今日で就任式って大丈夫なんですか?」
「ほら、こういうのは、領主アリスが新鮮なうちにやった方がいいじゃん。
招待状のテンプレートもあるし。ほらっ」
ビリーの手には、「新しい領主が誕生しました」という文字と、いつの領主をモデルにしたか分からないイラストが描かれた、カード大の招待状があった。
新しい領主の名前も顔写真もいらない、悪く言えばケチな招待状だ。
だが、招待状を手にしたアリスは、ものの1秒で首をかしげた。
「あれ、時間が空白だ……」
「いらないじゃん。
僕が配ってる限り、今日の12時にやりますって、口で伝えられるんだから」
完全にケチな召使いだ。
アリスは、ついにそう言おうとした。
だが、一足早くビリーが言葉を続けた。
「それに、アレマ領って新しいものを作るとか一苦労だからさ。
前の領主が残したものは、遠慮なく使っちゃっていいんじゃないかな」
「あー、たしかに。新しいデザインを作るだけでも面倒くさいですからね」
「というわけで、アリス。もう時間。ドレスに着替えて、デッキに出る準備をしようか」
「はいっ!」
この日が賞味期限のクッキーの箱を、アリスはダイニングから持ってきた大きな袋に入れ、それを右腕で持ち上げようとした。
そこで、手を止めた。
「いま、ドレスって言ってませんでした……? 私、着たことないです……!」
「着たことないんだ……。あ、たしかに……」
ビリーは、アリスに振り向いて、アリスのお腹周りを見た瞬間に大きくうなずいた。
食べ過ぎでぽっちゃりしたアリスは、普通のドレスを着た瞬間に、ドレスが破けてしまうのだった。
「ビリーの前に、何十人もの女に、同じこと言われました……」
「ごめんごめん。だったら、男性用のタキシードとかどうだろ。
大きいサイズもあるし、テラスだからズボンの丈が長くても外から見えない」
「それいいかも知れません!」
アリスは、ビリーに急かされるように、普段あまり使っていなそうな試着室に向かい、男性用のタキシードを手に取った。
一応、女子として生活しているアリスが、男性用のファッションに触れること自体、初めてだった。
「なんか、今日から男子になりそうです……」
「大丈夫、大丈夫! 就任式が終わったら脱げばいいんだから!」
そうこうしているうちに、試着室の柱時計が、約束した時間の1分前を告げる。
その時になって、ようやくアリスの身だしなみが整った。
「さぁ、行こう! 新しい領主!」
「はいっ!」
アリスは、ビリーの手を取って、テラスへと続く廊下を一歩ずつ進んだ。
アリスがドレスを着るシーンを今まで書いたことがないのに、いつの間にか「ドレスを着たら破ける」という設定になっていたりするのは何故なのでしょう。
こんなバカ領主を気にして下さる方、ブクマお願いします!