第2話 就任式はドタバタだ①
賞味期限切れのお菓子を食べてしまう、という最悪の門出となった、アレマ領の新領主、アリス。
「オメガピース」にいた頃は考えられなかったほどの、ビッグサイズのベッドで眠り、翌朝も召使いビリーの手料理の匂いで目が覚める。
「あぁ……、こんな生活がいつまでも続けばいいのに……」
「おはよう、アリス。寝言ちゃんと聞こえてるよ」
「あっ……! お、おはようございます! いつものように起こされないの、いいですね」
「まぁ、僕は領主のアリスを起こすことなんてできないからね」
つい「昨日」までは、朝の光が差し込んでくる頃にルームメイトのトライブに叩き起こされ、眠い目をこすりながら任務に出かけるような生活が当たり前だっただけに、アリスは領主という、ある意味で自由な立場になったときのギャップを感じずにはいられなかった。
「……で、なんか朝ごはんが私を呼んでいるぅ……」
「アリス、やっぱり食べることになるとすぐ動くね。昨日のお菓子と言い……」
「だって、食べるって幸せなことじゃないですか! いっぱい食べられたら、それだけで人生楽しいです!」
アリスは、昨日クローゼットで見つけたお菓子の山を思い浮かべていた。
あれだけの量を食べるということは、きっとビリーにも分かっているのだろう。
そうアリスは計算していた。
そしてビリーに案内されるままに、アリスはダイニングに入った。
「えっ……? これ……、だけ……?」
テーブルの上にあったのは、普通のパンとグリーンサラダ。そして、スープかジュースか分からないような汁物だけだった。
明らかに、「普通の人間が想像する」一人前の食事だった。
「アレマ領の領主契約農家から採れた小麦で作ったパン、それに野菜。それに、山の方に生息しているゴブリンのエキスが入ったスープだけど……、お口に合わない?」
「まぁ、それは大丈夫なんですけど……、私、一人前だと全然足りないです」
「そう……、だね……」
ビリーが、ここでようやく「しまった!」という表情を浮かべながら、アリスに頭を下げた。
「ごめん、アリス。そう言えば、昨日あれだけポテトチップスを食べてたよね。でもさ……」
何かを言いたそうな表情を浮かべながらも、ビリーの口からなかなか言葉が出てこない。
それを、アリスがじーっと見つめる。
「あのさ、アリス。そう見つめられると、怖いな……」
「ビリーが私を見て、何か思い出すかなーって思ったので、つい……」
「アリスの顔を見たって、変わらないよ。で……、アレマ領、そんなに食べ物作れないんだよね」
「えっ……」
ビリーが突然告げた真実に、アリスは息を飲むしかなかった。
「そもそもここは辺境だし、雨が降らないから作物の栽培も適さない。
その小麦と野菜だって、海沿いにある数少ない農園から採れてるし、
僕たちがこれ以上取ってしまうと、領民がかわいそうだと思うんだ」
「そこは……、私が領主ですから、そのー……」
「ちょっとストップ。アリスが言いそうなこと、分かっちゃった」
「えー、いいところじゃないですかー。話を止めないでください」
右の手のひらを前に出して話を遮るビリーに、アリスは頭を抱える。
すると、ビリーは少し考えるしぐさを見せた。
「じゃあ、領民を見捨てるとか、そんなんじゃなかったら、言っていいよ」
「領民は見捨てないですよ。かわいそうですもの」
アリスの声がダイニングに響いたとき、ビリーはアリスの顔を覗き込むしかなかった。
「アリス。いま、何と言った……?」
「領民がかわいそうです、って……。下手なことをやったら、怒られます」
アリスは、そう言うと頭を撫でて、ビリーの表情を伺う。
すると、ビリーもその真似をしながら頭を撫でる。
「よかった。アリスが全面的にバカじゃなくて……」
「えっ……、私、バカですよ……。自分で自分のことをバカって言えるくらいに」
「いや、この世界にやってきて2日目でそんなこと言えるなんて、本当に人間出来てると思うよ。
で、アリスはさっき、何を言おうとしたんだい」
ビリーに促されるように、アリスは数分前に頭に浮かべたことを思い出す。
それから、アリスは両手を合わせて、ビリーに頼み込むようなしぐさを見せた。
「はい。食べ物がないので、領民からお布施を……。お布施! お布施! お布施! お布施!」
「……前言撤回でいい? てか、人の話、聞いてた?」
「えっと、領民からブン取るわけじゃないですから、大丈夫です。お布施は自主的です」
「そんな問題じゃない。たとえお布施でやっても、アレマ領の誰かが泣くことになるじゃん」
「はぁい……」
アリスは、小さく「ダメか」と呟いて、ようやく朝食の席に座った。
朝食の量がこれ以上増えない、ということを受け入れたように、何も言わずに一口食べた。
その瞬間、アリスは閃いた。
「ビリー、思いついた! 輸入ってどうですか! 食べ物の輸入!」
「輸入……。それはいいかも知れないけど、隣の領土から運ぶうちに腐るよね?」
アレマ領は、海と山に完全に囲まれた、交通の面では最悪の場所に位置する辺境だ。
だからこそ、他から食べ物仕入れるという選択肢も、ほとんどなくなってしまうのだった。
「それもダメなんですね……」
「そういうこと。
とりあえず、アリスさ。クローゼットのお菓子に希望を託そうよ」
「あれは……、別ですよ」
「別……?」
ビリーが思わず聞き返すと、アリスはにやけた表情を作り出した。
「お菓子は、朝ごはんとお昼、お昼から晩ごはん、晩ごはんから寝るまでの間に食べるものです」
「その生活、デブ領主まっしぐらじゃん……」
「えーっ? 食べて太れば、それだけで幸せですよー!」
「まぁ、アリスに取っちゃ幸せかもしれないけどね。
話を戻すと、食べ物が入ってこないんだから、クローゼットのお菓子で何とかするしかないってこと」
「分かりました」
ビリーに言葉を返すと、アリスは再び一人前の食事を食べ始めた。
あっという間に食べきってしまうと、アリスはようやくビリーに「作ってくれてありがとう」と言い、それからその口で尋ねた。
「そう言えば私、領主として何の仕事をした方がいいんですか?」
「ん……? それもアリスの自由だけど」
「ビリーだったら、私がやったほうがいいことを言えるかなー、って。
だって私、まだこの世界に来てから2日目ですもの!」
アリスが、ビリーにねだるように尋ねると、ビリーが少し考えるしぐさを見せた。
「領主の就任式とかどうだろう」
「就任式……。あー、例えば『オメガピース』の総統が変わった時とかにやるやつ?」
「知らないけど、そんなようなものだよね。
領主の館、2階はテラスに出られるようになっているから、
そこから『私が領主です』と言うイベントとかあってもいいよね」
「よし、それだったらやりましょう……! ビリーは、日にち決めて宣伝してください」
アリスは、領主として初めてビリーに指令を出した。
ビリーはすぐに「分かりました」と言い、それから数秒ほど間を置いて尋ねた。
「アリスも一緒に行こうよ」
「私は、もっと大事なことがあります。お菓子です」
「はい……?」
一瞬、ビリーの表情が凍り付くのが、アリスの目に飛び込んだ。
「ビリー……、あの、食べることじゃないです。賞味期限を全部見ようかなって」
「あー……、それ大事だよね。僕たち、二人ともまずいの食べちゃったし。
その代わり、賞味期限調査と言って、お菓子を全部食べないように。
賞味期限切れのものを食べても、今日はライフシアを呼ばないからね」
「分かりました」
そう言うと、アリスは一人前の朝食の皿をシンクに運び、自分で洗うのだった。
アリス、きっとクローゼットでこっそりお菓子食べるんだろうなぁ……。
こんなおバカ領主をブクマとかで応援してくれると嬉しいです!