第12話 領主替えを台無しにする それがアリス②
明日の領主替えで、まだ伝えられていないことがある以上、アリスは会話から外れるわけにはいかなかった。
だが、ビリーが口を開こうとしたとき、領主の館の玄関で鐘が鳴り響く音が聞こえた。
「領主さん! 明日、どうしてくれるんだ?」
ドアを開けるなり、オジサンと言っていいような、アリスよりもはるかに歳の離れた男性が大きな声を上げる。
少なくとも、領主の館にこれまでモノを届けに来た人々の口からは考えられないトーンの声だった。
「いったい、誰だろう……」
アリスは、プレゼントではないと言葉から確信しつつも、ゆっくりと階段を降りていった。
階段を半分ほど降りたところで、アリスは突然その声のトーンを思い出した。
――ちょうどいいところに来た。素敵なお嬢ちゃん。名前は何と言うんだい。
「あの声かもしれない……」
アリス自身を領主に仕立てた、オジサンたちの声とそっくりだ。
そのことに気が付いたアリスは、その場で震え上がった。
領主を決定する会議が行われてからこの日まで、一度たりとも領主の前に姿を見せなかったにもかかわらず、この日突然やって来たということは、領主替えに何かしら関係があるということに他ならなかった。
「なんか、3ヵ月の評価とかされちゃうのかな……」
アリスが階段を下まで降り切ると、そこには顔に少ししわの入ったオジサンが立っていた。
「領主さんは、この嬢ちゃんだよね。明日、領主替えがあるって話は、聞いたか?」
ここで付き合っていると、話が長くなるどころか、また勝手に何かを決められてしまう。
アリスは、そのような嫌な可能性を思い浮かべた。
「あの……、領主替えって何でしたっけ……」
「はい……?」
オジサンが言葉を失った。
「領主替えって、私がクビになるってことですよね。
でも、私、ずっと領主でいられると信じてます。
この生活が、私とっても気に入っていますので……」
ビリーから伝えられているくせに、アリスはあえてそのように言いきった。
すると、オジサンがアリスを睨みつけながら、顔をアリスに突き出した。
「そうは言っても、我らアレマ領は、バルゲートの決まりにのっとって、領主が審判を下されなければならない」
「審判って、ホイッスルを鳴らすとか、そういう審判ですか?」
「それは絶対違う。
とりあえず、審判というのは、領主を解任させられた後バルゲートがお嬢ちゃんをどうするか、だ……」
「私が領主をクビになった後の話ってことですよね。
バルゲートに、そんなこと決められたくないです……!」
アリスは咄嗟に言い返したが、その後に言葉を続けることが出来なかった。
この領主替えの「主語」が、領民ではなくバルゲート政府になっていることは、もはや明らかだった。
「あの……、すいません。
私、領主をクビになって、どういった道を進むことになるのでしょうか……?」
「あぁ、今日こっちはそれを聞きに来たんだ。
とりあえず、毎回領主替えの時には、バルゲートに、アレマ領からの貢物を差し出すことになる。
それは、領主の財産か、領主の命。それよりも低いものは、いらないと言ってる」
「……?」
アリスは、首をかしげて、オジサンの言ったセリフを心の中で復唱した。
それから1秒も経たないうちに、魂が抜けるような感触を脳内で覚えた。
「えええええええ! 財産か命?????」
――意外と、領主はやることないのよねぇ……。
主人も、5年くらい前に領主をやったけど、仕事がなくて、
館のお金を一文無しにして帰ってきたけど
「あぁ……。なんか、グロサリさんが無一文とか言ってたのは、そういうことだった……」
アリスは、足元で何を踏んでいるか分からなくなった。
震えたくても、その力も出てこなかった。
なるべくオジサンの表情を見ずに、頭を抱えることしか落ち着く方法はなかった。
「私、命も財産も、どっちも差し出したくないです!」
「そうは言ってもな、向こうに取っちゃ一時代の領主の証になるものだから、欲しいんだ……!」
「そういうルールがあるっていうのなら、私、領主になった時から覚悟して暮らしてましたよ!
でも、領主替えの前日になってそんなことを伝えられるなんて……、私、何のために領主になったのか……」
ついにアリスはいたたまれなくなって、目の前に立っているオジサンを睨みつけた。
「だからだよ。
アレマ領のことを何一つ知らないお嬢ちゃんに、領主を引き受けさせたのは……」
「知らなかったから……。
つまり、『オメガピース』から転送で来たから、私が領主……」
「そういうこと。
3ヵ月後に、無一文になるか殺されるかという道しか選べないと分かってる人間は、誰も領主を受けない」
「ガ―――――――――ン! 騙されたああああああああ!」
アリスは、玄関で泣き崩れた。
領主になればどうなるかを、グロサリの言葉しかヒントがなかった中で、何も考えずにその前日まで過ごしてきてしまったことを、アリスは後悔するしかなかった。
それと同時に、2階からビリーがゆっくりと降りてくる音がした。
「アリス。ごめんよ……。
僕がさっき言おうとしてたこと、これなんだよ……」
「なんでビリー、黙ってるんですか……。
こんなことを知らせずに領主にさせたんだから……、私、名誉棄損で訴えますよ!」
「め……? 名誉棄損……?
なんでそんなことになるんだよ、アリス!」
すると、二人の間にオジサンが顔を近づける。
「まぁ、アリスは逃げ出さずに受け入れたから、まだマシだって。
このビリーって青年は、領主役からとことん逃げる、ひでぇ奴だ」
「酷い奴、ですか……」
「あぁ。
3ヵ月前に領主の館にやって来るなり、こっちが同じようにスカウトしたが、途中で逃げ出した。
領主の器がないと言ってるが、こうなると分かってて、うまく逃げたんだ」
ビリーの真実についても伝えられたアリスは、ビリーを見上げるだけでやっとだった。
「ビリー、それホント……?
だからあの時、倉庫に逃げてたんですよね……?」
「半分は正しいよ。
残りの半分は、責任のある仕事に就きたくないっていう、自分の心の弱さ……。
アリスはどこまでも真っ直ぐだったから、領主の仕事を簡単に受けてしまったんだ……」
「やっぱり……、そうでしたか……」
アリスは、とりあえずビリーの手を取った。
するとビリーは、アリスの手を思い切り引っ張り、アリスを立ち上がらせた。
「いつまでもクヨクヨしてるなんて、アリスらしくない。
アリスは、真っ直ぐ生きるのが、アリスだと思う」
ビリーの声に、アリスは静かにうなずいた。
それから、領主の館にやって来たオジサンに告げた。
「私は、どっちも嫌です。
それから逃れられる方法を、一晩で考えますから……」
「えっ……? ちょっ……、ちょっと……?」
アリスは一歩ずつオジサンに迫り、オジサンをドアの外に出した瞬間に、ドアをバタンと閉めた。
オジサンがドンドンとドアを叩く音を立てる中で、アリスは珍しく領主の館に鍵をかけた。
「で、どうするのさ……。
まさか、領主生活のラストも、バカで済ませようと思ってるんじゃないだろうな……」
「ビリー。私、思ったんです。
バルゲートは、そもそも私がバカだと決めつけてます」
「そんなこと、領主替えの時に考えてくれるかなぁ……」
「考えると思いますよ。
だって、行商人なのに売るものを持たずにスプレーだけで入ろうとするし、
6時になったらよそ者は出なきゃいけないバルゲアで野宿をしようとするし、
バルゲアのお菓子屋さんでロッジ食品のチョコを買い占めるし。
今までにないほど特大級のバカが、あの時バルゲート本国を歩いてましたから……!」
「あの時は、僕も使われたしね……。
でも、それを売ってしまうの……?」
「売りますよ。それが、私らしさだと思うんです。
少なくとも、私から領主の肩書きを取っても私が残りますけど、
私からバカを取ったら何も残りませんから……」
アリスは「えっへん」と言いながら執務室の椅子に座り、紙の上に何かを書き始めた。
ビリーは、アリスが領主替えに合わせて何を考えるのか、後ろからそっと見守っているだけだった。
そして、朝がやって来た。
次回、いよいよバルゲートからの使者がやって来ます!
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