第1話 追放から始まる異世界領主⑤
「ありがとうございます。女神様……」
痛みや苦しみが消え、自然と起き上がっていたアリスは、癒しの光を放った女神に軽く頭を下げた。
「こちらこそ。随分、苦しそうでしたね」
女神の声は、魔術を詠唱した時と全く変わらない、透き通った声だ。
その声でさえ、アリスには生きる力に思えてきてならなかった。
「あと……、せっかくの命の恩人なので、名前聞いてもいいですか……?
私の知らない世界の、女神様ですから……」
名前を言わない存在であれば、失礼な質問になってしまうと思ったが、アリスは敢えて聞いてみた。
すると、女神はそれくらい大した用ではないかのように、アリスに告げた。
「私は、永遠の生命を司る女神、ライフシア。今まで、数多くの尊い生命を救ってきました」
「エターナルライフ・ゴッデス……。もしかして、治癒魔術を専門にされている女神ですか……」
ライフシアがアリスの問いかけにうなずくと、ここでビリーが間に入ってきた。
「ライフシアは、僕もすごい存在だと思うよ。
僕が今まで召喚した治癒の女神の中でも、一番力を持ってる」
「ビリー、ライフシアを指名で呼んだんですか?」
「そう、名前で呼んだ。かなり高度な魔術になるけどね。で……」
ビリーがライフシアにうなずき、小さな声で「僕にも」と告げた。
その声に誘われるように、ライフシアの右手がビリーに伸び、アリスと同じように祈るように詠んだ。
「命を蝕むあらゆる鼓動よ、静まれ……。サイレンスヒーリング!」
食べてしまったもののレベルが違うからか、今度はライフシアのサイレントヒーリングがたった2秒で消え、時々お腹を押さえていたビリーの体もすっかり良くなった。
「ビリー、ちょっと聞いていいですか?」
アリスは、ビリーが元気そうな表情になったのを見て、すぐさま話しかけた。
「いいけど」
「このライフシアさん、ずっとこの世界にいるんですよね」
「……ん?」
ビリーが首をかしげる。
そんなことなどお構いなしに、アリスは話を続けた。
「ここには、たくさんの期限切れのお菓子があります。
私が食べます。お腹壊します。
ライフシアさんが魔術で治してくれます。
……すごくいい食物連鎖じゃないですか」
「……バカあああああ!」
ビリーが笑いながら、アリスに叫んだ。
「な、何でですか……?」
「そんなことやったら、ずっとこの世界にいなきゃいけなくなるライフシアがかわいそうだろ」
ビリーが、ライフシアに軽く顔を向ける。
ライフシアは、アリスではなくビリーにうなずいた。
「だいいち、ライフシアをこの世界に置いておくだけでも、僕の魔力が減っていくんだ」
「そうなんですか……?」
アリスが聞き返したと同時に、ビリーの呼吸が突然荒くなった。
「ビ、ビリー……。またライフシアさんに治してもらわなきゃ……」
「ち……、違う……。魔力切れだ……」
「魔力切れ……。つまり、魔術師の限界……」
その時だった。
アリスの目の前にいたライフシアの体が、まるで最初からそこに存在しなかったかのように消えていった。
「ライフシアさん!」
「アリス……。もう女神は、この世界にはいなくなったよ……」
「えっ、そうなんですか……」
ビリーの呼吸は、ライフシアが元の世界に戻っていくのと引き換えに元に戻った。
それから、ビリーはふぅと息をついて、アリスに告げた。
「で、アリス。いま、ライフシアが出てから消えるまで、ずっと見ただろ。
これが、一つの召喚の流れ。
どんな魔術師も、魔術が続く限りしか召喚できないから、必ずこうなる」
「召喚、なんか面白そうですね。
時空転送とは、また違うんですか」
「いや、召喚と時空転送は同じ。
厳密に言うと、時空転送は実在世界の中で時間軸だけを動かす召喚。
異世界とか幻の世界とかから呼び寄せるのは、広い意味での召喚だ」
「じゃあ、私も誰かから召喚された……、ってことになるんですね」
ビリーが、小さな声で「だね」と返すと、アリスはビリーに頭を下げた。
「あの……、嫌でなければ、もう少し召喚について聞いてもいいですか。
なんか、ものすごく興味ある分野なので……」
「興味あるんだ……。てか、もしかしてアリスも召喚魔術使えるとか?」
「はい」
アリスは、勢い余ってうなずいた。
その直後、アリスが小声で「しまったー!」と言ったのを、ビリーは聞き逃していなかった。
「なんか、実は使えないとか言いたそうな感じだったね」
「ち、違います……。
転送魔術を使えたらいいな、って『オメガピース』で勉強してたので……、つい……」
「それだったら、アリス。今すぐにでも使えるかも知れないよ。
だって、アレマ領のあたり、転生魔術を使うための魔粒子が他の場所より多いもの」
「そうなんですか。『オメガピース』では、魔粒子は全世界同じだから、無視していいって言われました」
「それが、ここはどうもそうじゃないみたいなんだよ。
特定の属性の魔粒子が高ければ、本来扱えないレベルでも、
その属性の魔術を使うことができるんだ。
でも、アレマ領だと、召喚魔術の魔粒子が高めになってるんだ」
「なるほどー……。
じゃあ、私も、この世界にいるうちに夢の召喚魔術を使いたいので、教えてください」
「分かった。じゃあ、さっきの復習ね」
「……テスト、ですか?」
テストという言葉にいい思い出がないアリスは、すぐに聞き返す。
「うん、テストだよ。たった1問。
召喚魔術で召喚した存在を、永遠にその世界に留めておくことができる。○か×か?」
「……〇!」
アリスは、元気いっぱいの声で、「5分前に言われたことを忘れました!」宣言を言い放った。
「……はい、もうアリスには召喚魔術教えない。というか、教えるとヤバい」
「わあああああ、ごめんなさい! 今の、完全にボケです」
「ボケるなよー。こんな真面目なテストで。
じゃあ、再テスト。
召喚した存在が消える直前、召喚魔術を使った魔術師はどうなる?」
「えっ……、〇か×か、じゃないんですね」
アリスは、少しだけ苦笑いしつつ、今度は数分前のビリーを思い出した。
それから、重苦しく首を縦に振った。
「魔力切れになって、息が上がる……」
「……完璧な答えだよ。これは絶対忘れちゃいけないから。
それと、忘れちゃいけないことは、あと二つある」
「はい……」
アリスは、クローゼットの隅の方にあったペンとメモ用紙を取り、先程の「魔力切れ」の話を、「忘れちゃいけないこと1」としてメモ用紙の一番上に書いた。
その下に、2、3と数字だけ先に振る。
「じゃあ、言うよ。
一つは、時空転送で使われる魔力は、次の三つで決められる。
時間的距離、召喚している時間、それに召喚される存在の意思」
「それが、掛け算になるんですか?」
「そうだね。
例えば、僕がアリスを5分召喚したら、アリスは96年前の存在
×5分が、基本的な消費魔力ということになるんだ。
で、もしアリスが簡単に召喚に応じてくれなかったら、
召喚させるためにより多くの魔力をかけて働きかけをする」
「うーん……。
計算できるようで、簡単には計算できないんですね」
ビリーが、アリスの言葉に首を縦に振り、それから三つ目の注意に移った。
「もう一つは、召喚した存在にダメージを食らわせないこと。
特に死なせるのは絶対ダメ」
「召喚した先で死んだら、戻った時にも死んだまま、というのは聞きました」
「アリス、それは分かってるんだ。
だから、絶対に死なせちゃいけないし。
それをやったら、召喚術師として一生罪を背負わなきゃいけない」
そこまで言い切ると、ビリーがアリスに一歩近づき、うなずいた。
「その覚悟があるなら、アリスは召喚魔術を自由に使えると思う」
「……ありがとうございます。
というわけで、私は召喚のできる領主を目指します!」
「決まったね、アリス。僕はそんなアリスを支えるよ!」
召喚、という奥の手を自由に使えると知ったアリスが、いつその魔術を下手に使うか、この時は誰も知らなかった。
召喚の基礎を教わったアリスは、これからどんどん召喚魔術を使っていきます。
悪用しなければいいんですが……。
そして、これで第1話終了です!
1話は、今のところ5回構成にしようと思っています。
2話は領主の就任式で、アリスがやらかします。
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