第10話 紅炎の王者、降臨!④
「キングブレイジオン、募集。お仕事用意してます」の貼り紙が、領主の館に貼られてから半月以上が経った。
幸い、この期間に雨が降らなかったので、貼り紙の文字がにじんでいかなかったが、例によってアリスが鉛筆で書いた紙ペラなので、雨が降ればぐちゃぐちゃになり、強い風が吹けば飛ばされてしまうような告知だった。
「来ないですねぇ、キングブレイジオン……」
「ここ以外、特にどこにも行ってないし、赤魚が入ってきてから数人しか領主の館に来てないだろ。
ここに貼ったって、そもそも領主に用がない人は来ないだろうし」
「でも、一番大事な書類は……、領主の館に貼りませんか?
『オメガピース』だって、『本部呼び出し アリス』というのが、本部棟にありました」
「それは、組織に属してる以上、見なきゃまずいものだから、本部に何か貼ってないか見に来るだけ。
アレマ領は、領主が何を言おうがそこまで自分に関係ないから、こんなところにも来ないんだって」
「ビリーの言うとおりです……」
アリスは、執務室のソファに座ってため息をつく。
「オメガピース」以外での集団生活をしたことがないアリスにとって、ビリーの言うような「そこまで関係のない」書類が何であるのか、なんとなくでしか分からなかった。
「でも、本当に読めなくなるまでは貼っておきますね。
私、絶対もう一度会いたいですもの」
「アリスらしいよ……。
出会ってから大分経つのに、キングブレイジオンに一目惚れしてるわけだし……」
アリスが何も言わずうなずいた、その時だった。
『ごめんくださーい!』
あまり聞いたことのないトーンの声で、入口で誰かが呼んでいるのがアリスの耳に響いた。
入口の鐘が、普段よりも小さな音で鳴る。
「誰だろう……」
アリスは、執務室から飛び出し、急いで階段を降りて玄関へと向かった。
だが、訪問した人の姿を遠目で見た時、アリスは思わず立ち止まった。
「もしかして……」
緑色の長髪。微笑む笑顔。背が高く、若々しく見える30歳前後の青年が玄関に立っていた。
アリスの脳裏で、それほど昔のものではないその人物の記憶が蘇る。
「外の貼り紙を見て来た者ですが……、領主さんですよね」
「貼り紙……。
もしかして、あなたがキングブレイジオン……を召喚できる人ですか」
「そうですね。自分、ハイト・グリーザーって言います。
たぶん、プランテラの街で出会ったかも知れません……」
アリスは、心の中で「よしっ!」と叫んだ。
容姿といい、要件といい、プランテラで会っていることを明言したことといい、お目当ての人物で間違いない。
「これはどうも……、ありがとうございます。
私、キングブレイジオンにどうしても会いた……、じゃなくて、必要だったんで……」
「そうですか……。
でも、必要だからと言っても……、ちゃんとした用事じゃないと、キングブレイジオンは答えてくれないです」
「ハイトさん。私も、一応召喚術使ってるので、それは分かってます。
お仕事というのは、あれをちょっと……、燃やして欲しいんです」
アリスは外に出て、ブルーシートで覆われたブロックの山をハイトに見せた。
「なんか、どう見てもモンスターと思えないけど……。
キングブレイジオンは、世界の平和を守る任務じゃないと、出てきてくれないんだ」
アリスは、ハイトに見えないようにため息をついた。
トライブとキングブレイジオンが、勝手が全く違うのは当然のことだった。
とりあえず、アレマ領がピンチにならなければ、ハイトのところで門前払いのようだ。
だが、数秒後にアリスは「待てよ」と呟き、何かを思い出したようなしぐさでハイトに事情を説明した。
「実は、私の中に……、猛獣が潜んでしまったんです……。
危ない気体を放つ、漆黒のドラゴンが……」
「えっ……、領主さんの中にモンスターが潜んでいる……。
それはまずいですよ、領主さん……。
もしドラゴンに体を乗っ取られそうなら、そのドラゴンを出して下さい。
キングブレイジオンの力で阻止します!」
「分かりました」
アリスは、ハイトに背を向けるように立ち、空に手を伸ばした。
やろうとしていることの意外性もあり、今にも心の中で笑いたい気分だ。
「この地を絶望に陥れ、人々の心を汚す、屈強たる漆黒の龍よ。
我が魂から解き放たれよ……!
そして、再び絶望の時をもたらせ……!」
アリスは、その「危ない気体を放つ漆黒のドラゴン」をイメージし始めた。
そもそも、そのドラゴン自体が96年前の世界にいるもので、トライブが倒す瞬間もアリスは見ている。
だがそれは、その当時、ほとんどの冒険者が立ち入らない「ドラゴンの眠る谷」に時折現れる、神出鬼没の強敵と言っても過言ではなかった。
「しょうk……、じゃない! 出現! デスディバイドドラゴン!」
アリスの目の前で、青白い光は現わるものの、それが天に駆け上った。
高さ20mは下らない、あまりにも巨大なサイズの存在のため、出現させるための青白い光も縦長になる。
ドラゴンのシルエットがはっきり見えた頃、まるでデスディバイドドラゴンが闇をおびき寄せたかのように、領主の館の上空が真っ暗になり、その闇に向かって空気が流れていくのをアリスは感じた。
「オイオイオイ! いったい、何が起こってるんだよ!」
空の色が突然変わり果てたのを見て、ビリーが慌てて館を飛び出すも、アリスの前に出ようとした瞬間にビリーが凍り付いた。
「おい……、冗談だろ……。
領主がモンスターを……?」
すぐにハイトがビリーに「ウソの真実」を告げるも、ビリーは耳を貸す間もなく凍り付いてしまった。
それを見計らって、アリスはハイトに告げた。
「これが……、私の中に潜んでた……、ドラゴンです。
だから、キングブレイジオンを呼んで下さい……」
「呼ぶしかないですね……」
ハイトは、アリスの一連の行動が茶番だと気付かないまま、キングブレイジオンを召喚することを決めた。
そして、アリスよりもはるかに慣れた手で、空に祈りを捧げた。
「その体に纏うは、正義を貫く一途な情熱。
その体が解き放つは、邪悪を焼き尽くす勇ましき炎。
熱き心を授かりし紅炎の王者よ、いま汝の力を大地が欲するとき。
いま、永久に燃える汝の生命力で、この地を絶望から解き放て!」
「これが……、キングブレイジオンの詠唱……」
アリスは、頭の中で詠唱の言葉をメモしようと思ったが、アリスがトライブを呼ぶときよりも複雑な言葉が使われそうだと気付いたときから、頭の中が真っ白になっていた。
その中で、ハイトは最後の祈りを発した。
「降臨! キングブレイジオン!」
ハイトの前に青白い光が浮かび上がるも、その青白い光がたちまち赤くなり始めた。
金属で出来た体が、青白い光にほんのりと輝く。
すぐ目の前に敵がいると察したからか、この時点でキングブレイジオンの体が炎に包まれているようだ。
「すごい……。こんな間近で、キングブレイジオンの召喚を見ている……!」
アリスの体は震えていた。
炎をイメージさせるような、逆立つような髪が、デスディバイドドラゴンに向けて湧き上がっていく空気の流れに追随するように、より一層「燃え上がって」いる。
そして、青白い光が見えなくなった瞬間、キングブレイジオンの体に纏っていた炎が、激しく燃え上がった。
「みんな、危ないです。ちょっと離れましょう」
アリスがキングブレイジオンの近くにいれば、デスディバイドドラゴンが攻撃できない。
それを分かっているアリスが、ビリーとハイトを領主の館の中に入れる。
ビリーの目が、アリスを突き刺すように見つめていることに、アリスには今更になって気が付いた。
次回、アリスによるでっち上げバトルに、キングブレイジオンの力が炸裂します!
応援よろしくお願いします!




