第8話 10万リアができるかな③
「アリス……、なに書いてるの?」
アリスが突然ノートを取り出し、何も書いていないページに「シラオさん」と書き始めたとき、ビリーが玄関に近づいてきた。
「私たちの作ったお札をあげた人です。
もしバルゲートから変なこと言われても、あげた人に声を掛ければバレはしません」
「あのさ……、さっきから気になってるんだけどさ……」
ビリーが、やや下を向き加減にアリスに告げる。
「あんなものを作った以上、お金がどこにあるか管理しなきゃいけないじゃないですか」
「いや、いまシラオにあげたじゃん……。
そのシラオが、買い物でその10万リア紙幣を使ったら、アリスの知らない人に渡るんじゃない?」
「そんなことないですよ。
この世には、100リア紙幣までしかないですから。
アレマ領で、10万リアを崩せるような人なんていないです!」
アリスは、先程有り金を見た金庫に向かい、中に入っている紙幣を数えたが、そこに入っている「本当のお札」は100リア紙幣までしかなかった。
「千リア紙幣とか、1万リア紙幣とか、そういうのがない時点で、もらっても使うことが出来ないです」
「えっ、なんで?」
「もし買えたとしても、家とか高級車とか……、そんなところですよね。
そんな買い物をしたら、誰から買ったかすぐ分かると思います!」
「あー、だから10万リア紙幣かよ……」
ビリーは、一枚上手を取られたかのような表情をアリスに見せる。
「で、これからどうするんだよ」
「10万リア紙幣をあげる人を見つけたいんですけど……、せっかく買ったものを本物の10万リアに変えないと意味がないから……、この魚を行商に出すしかないですね」
アリスは、そこまで言い終わるとビリーの肩を叩く。
「今度は、ビリーが行商役で、私が物運びの方。
箱に入った状態だから、召喚で飛ぶこともないです!」
「……やっぱり、アリスはバカなの?」
ビリーが首を傾けながら、アリスに迫る。
「バカって言われること、言いましたか……?」
「アリスさ、この赤魚、本当に10万リアの値打ちがあるもの?
このサイズだと、たぶんいって500リアくらいの値打ちしかないんじゃないかな……」
「あっ……」
アリスは、ようやくビリーの告げた意味が分かり、その場で頭を抱えた。
「アリスは、10万リア紙幣をもらっても使い道がないとか言ったじゃん。
でも、アリスだってその紙幣で10万リアの買い物をしないと損をするってことだよね……。
アリスの言ってたような車とか、家……、例えば領主の館のリフォームとか……?」
アリスは、うなずくしかなかった。
10万リア紙幣を出すということは、最初に使うアリスがそのような買い物をしなければならないのだ。
一番手にしたいはずのお菓子工場は、支払先がアリスの管理できない領地であることが痛すぎる。
しばらく下を向いた後、アリスは小さな声で口を開いた。
「じゃあ、作戦変更ですね。
10万リアの現金を持っている人に突撃して、この10万リア紙幣と交換する」
「……露骨だな、オイ」
「露骨に行かないとダメですよー。
私が欲しいのは、お菓子工場を買うためのお金なんですから」
「まぁ、さっきと比べたらマシだな……。
アリスがそういう作戦なら、とりあえず海の方で探してみようか……」
ビリーは、何としてでも10万リア紙幣を使いたいアリスに、ついに首を縦に振った。
それから、赤魚の箱を冷凍庫に入れて、アリスと一緒に玄関を出た。
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アレマで最も活気づいていると言っていい港町、シーショア。
街には、数多くの魚介類や、他の領土から船で仕入れてきた輸入品が売られている。
途中で数時間仮眠を取っただけで、アリスたちは早朝にシーショアの街に入った。
店の前を通るたびに、アリスは匂いに引きずられてしまうものの、店に入るアリスをビリーが引き留める。
10万リア紙幣の引き取り手を見つけることに専念しろ、と言わんばかりに。
「アレマ領に、こんな活気づいた場所があったんですね……」
「アリス。それすら知らないで、よく1ヵ月半領主をやって来れたな……」
ビリーも、アリスが領主だとなるべく悟られないように、小声で注意する。
だが、アリスはビリーが注意している間も「あぁ、じゃがバター……」と言いながら、首をあさっての方に向けてしまうのだった。
それから10秒も経たないうちに、アリスの右腕が真っすぐ伸びた。
「あ、豪邸がある……」
「ご……、豪邸って……。
普通に『海鮮料理の店 アレマの台所』って書いてあるだけじゃん」
ビリーがため息をつこうとすると、アリスは首を小さく横に振って、店の屋根を指差した。
「たしかにおいしそうな感じはしますけど、建物が立派じゃないですか。
それにほら、朝から行列ができてるじゃないですか……!」
「飲食店で、朝から行列ができてるの……?」
ビリーは、その行列の先を目で確かめ、思わず体を引いた。
「シーショアの街で陸揚げされる時間がいつか分かりませんけど、
やっぱり陸揚げされたばかりの魚を食べたいじゃないですか。
だから、港町はにぎわう時間は本当ににぎわうんです!」
「だね……」
ビリーはうなずくも、すぐに息を飲み込んだ。
「もしかしてアリス、こんな混んでる時間に10万リア紙幣を引き取ってくれって言うんじゃないよね?」
「その、もしかしてですよ?」
「それはやめとこうよ。店の人からウザがられる」
アリスは「たしかに……」と呟いて、豪邸のように見える飲食店をいったんスルーした。
その店を通り過ぎると、すぐ先に「シラオ’sキッチン」と書かれた看板がアリスの目に飛び込んだ。
「あ、あのシラオさんの店だ……」
アリスは「赤魚おいしかったです」と、ありもしない感謝の言葉を頭の中に思い浮かべながら、シラオの店の前を通り過ぎようとした。
そこに、シラオが誰かと言い争いをしている声が耳に入ってきた。
――10万リア紙幣、本当にもらったんだって!
かわいい領主さんから、シンプルなデザインで『100000』って書かれたお金をもらったんだから!
――バッグ、どこ探してもないわよ!
あなた、寝ぼけて言ってんじゃないの?
――俺、この手でちゃんと触ったってさぁ!
しかも、昨日からアレマ領で出回ってるんだ!
信じてくれよ!
10万リアが手に入ったのに、なくなったら、それこそショックだもん!
――ないものはないわよ。
お札だから、風で飛ばされたんじゃないの?
「げ……」
アリスは、シラオに姿を見られないようそそくさと店の前から離れ、道の反対側にある家と家の間に入り込む。
身を潜めたアリスの膝は、震えていた。
「アリス……、これで10万リア紙幣、管理できなくなったね……」
「ですね……。
お金が飛んでいくなんて、普通はありえないのに……」
「普通は、ね……。
でも、財布じゃなくてポケットに入れちゃってたもんね……。
あんな高額なお金をもらえたわけだから……」
アリスは、ビリーの言葉が終わるとため息をついた。
バッグに入った10万リア紙幣の束が、ずっしりと重く感じた。
だが、そこで話が終われば、まだ傷口が浅く済むはずだった。
いよいよ、次回がアリス最大級の醜態回です。
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