第8話 10万リアができるかな②
――まぁ、そもそもアレマだってバルゲートの支配下になっている以上、領主の権限でもそんな大金を作ることはできないわけだが。
ロッジ食品で社長に言われるまで全く知らなかった「この世界の常識」に、真っ向から対立することになる、アリスの10万リア紙幣計画。
ビリーは、「うーん」と唸りながら、アリスに考え直してほしいと訴えるものの、アリスは便箋の上で1の後に0が5つ並ぶ数字を書き続けては、その度にビリーの顔色を伺う。
そして、6回目の数字を書き始めたところで、アリスはビリーが床をドンドン叩く音で手を止めた。
「ダーメ!」
ビリーが、ため息と一緒に言葉をこぼす。
こうなると、アリスはもう下を向くしかないが、ビリーの目を見つめたまま踏みとどまった。
「裏金を大量に作ったことがバルゲートにバレたら、怒られるってことですか……?」
「そういうこと。
僕も聞いた話で言ってるだけなんだけどさ」
ビリーが吐き捨てるように告げる。
アリスは、バルゲートの方向に体を回して、まっすぐ腕を伸ばした。
「バルゲート、ウザいです!」
「ウザいっていうか、アレマ領が支配されてるだけというか……」
すると、アリスはビリーに向けて体を戻し、顔をビリーに突き出した。
「言わせてもらいます!
やりたいことを好き勝手にできない領主なんて、つまんないです!」
「そりゃ、つまんないけど。
その中で、僕たちは楽しくやるしかないんだよ……」
ビリーの言葉が終わらないうちに、アリスは腕組みを始めた。
「ビリー、前に『領民に媚びてみる』って、私の知らない言葉を使ったじゃないですか」
「あぁ、就任式の日だっけ」
「たしか、そうだったと思います。
私たちが媚びていいのは、領民だけです。
どんなにバカなことをやっても、領民から支持されればいいんです。
逆に、私たちを締め付けるものに対してまで媚びる必要なんてないです」
アリスは「えっへん」と言って締めた。
その言葉の途中から、ビリーが困ったような表情を浮かべ始めた。
「それが正論だけどさ。
僕はただ、バルゲートに見つかったらヤバいって思って言ってるだけなんだよ」
「……だから、見つからなきゃいいんですよ。
見つかってもバレなきゃいいんですよ」
すると、アリスは文房具の入った引き出しを開き、消しゴムを出した。
「さっきの10万リア紙幣で、私、いいことを思いついたんです。
この消しゴムを、さっきの『100000』って数字の上からゴシゴシやります」
アリスは、早速実演しようと、便箋の前に座った。
その瞬間に、後ろからビリーの声が飛んだ。
「そりゃ、消えるよな。鉛筆で書いたんだから」
「そういうことです。
つまり、私が思いついたのは……、バレそうになったら証拠隠滅です」
アリスは実演すらせずに、ビリーの前にたって「ねっ」と優しく声を掛けた。
「消える……、お札……。
アリス、なかなかいいこと思いつくじゃん……。
それだったら、バルゲートにバレないよ」
「……でしょ!
で、バルゲートの偉い人がアレマ領からいなくなったら、また『100000』って書けばいいんです!」
「まぁ、アイデアとしては面白いけど、お札に使う紙はどうするの?
それも、たしかバルゲートから仕入れてこないといけないんじゃ……?」
「白紙で大丈夫ですよ。
同じサイズになるようにカッターで切り抜いて、私のサインを鉛筆で書けばいいんですから」
「エグいな、アリス……」
ビリーは、苦笑いを浮かべながらもアリスにうなずいた。
そして、アリスがやや厚みのある白紙を1枚取り出して、その上に定規で線を引くと、ビリーもその横に座って、アリスの作ろうとしているお札のサイズに合わせるように線を引き始めた。
その様子は、アリスにもはっきりと見えていた。
「ビリー、私が見本作るから、それに合わせて切ってください。
私の分の見本と、ビリーの分の見本」
「たしかに、そうだよね……」
アリスが、最初のお札を紙から切り取る。
「オメガピース」で何度も見てきた1リア紙幣とほとんどそっくりのサイズに切り取って、それを紙の上に置いて、もう一枚同じサイズの見本を作る。
「これがビリーの見本。
だいたいこのサイズに作っておけば大丈夫だから」
「いや、だいたいじゃまずいだろ……。
バルゲートとかで作ってるお金は、ほとんどサイズが変わることなんてないんだから」
「そうですね……。
お金だから、サイズ合わせないとまずいですかね……」
アリスは、ビリーに見本を渡して、早くも三つ目のお札を作る。
紙の上に数字を書くのは、全部終わってからだ。
「アリスさ……、10万リア紙幣、いったいいくつ作るの?」
「15枚か20枚か……、私が管理できるくらいの枚数でいいと思います」
ビリーは、アリスの何気ない言葉に思わず目を細めた。
10万リア紙幣が15枚あれば、ロッジ食品から提示された工場建設費150万リアになる。
ただ、もしそのように使うとなれば、いまアリスたちが作っているお札がスワール領にも流れることになる。
「管理できるって……、どう管理するんだろう……」
ビリーが細々と呟く声に、アリスは全く見向きしなかった。
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「さぁ、これで20枚完成!
あとは、鉛筆で10万って数字と、私のサインを書けばいいんです」
「イラストとか……、肖像とかないの? 多くのお札にはついてるけど」
「私の肖像をつけたら、私が遊びで作りましたってバレるじゃないですか。
だから、イラストも肖像画もなしです!」
アリスは、同じサイズのお札20枚を束ねて、上から順番に「100000」という数字と、右下に小さく「Alice.G」のサインを書き入れた。
筆跡が変わるから、という理由で、ここから先はビリーが見物に回った。
そして、アリスが最初に紙を切り始めてから、1時間半もしないうちに、勝手に作った10万リア紙幣が20枚完成した。
「よーし、これで……、お菓子工場に一歩近づいた!」
「うまくいくといいね」
ビリーの表情は、あまり笑っていない。
だが、どのように忠告していいか思いつかず、重苦しい表情でうなずくしかなかった。
「とりあえず、領主の館の外に出さないと、このお金が動き出しませんので……」
するとアリスは、そのお札を輪ゴムで止めて、既に机の横に用意してあったバッグに入れた。
「も、もう出るの?」
「当たり前です。
アレマ領で使えるお金が増えるのは、1秒でも早い方がいいですから……!」
そう言いながらも、アリスはいつものお菓子とスプレーをバッグに詰め込んで、「行きますよ」と小声で告げながら、入口に向かって歩き出した。
そこに、玄関の鐘を鳴らす音がアリスたちの耳に響いた。
「領主さーん!
アレマ近海で獲れた赤魚をお持ちしましたー!」
「あ……、食べ物だ……!」
アリスは食べられるものを耳にした瞬間に舌を出し、バッグを背負ったまま入口に向かった。
そこには、冷たそうな色をした箱を持った漁師がいた。
「赤魚――――――っ!」
「あの……、もしかして、領主さんの子供かい……?」
「いえ、今の領主は私です。アリス・ガーデンスって言います」
「俺は、漁師のシラオ。
こ……、こんなかわいいコが領主だなんて……、とんでもない時代になりましたなぁ……」
シラオが苦笑いしながら、頭を撫でる。
そして、箱を玄関に置いて、頭を下げた。
「じゃあ、次はまた活きのいいの持ってくるから、楽しみにしてな!」
「あの……、シラオさん?
いつもタダでもらっちゃ悪いから、今日はこの赤魚、10万リアで買います!」
「うえっ……?」
アリスの背後から、悲鳴にも近いビリーの声が聞こえてきたが、アリスはあえて無視した。
「領主さん、い、いいんかい……?」
「せっかく、アレマの海で獲れたものじゃないですか。
アレマ領が誇るおいしい海の幸に、今までお金を出さなかったことの方がおかしいです」
そう言うと、アリスは作りたての10万リア紙幣をバッグから取り出す。
「これ、今日から使われ始めた、レアものの10万リア紙幣です。
もしかしたら、シラオさん、新しい家が買えるかも知れません。大事に使ってください」
「すごいシンプルなデザインだな……。
領主さんのお墨付きじゃ、使うしかないな。もらっとくよ」
漁師シラオは、10万リア紙幣をポケットに入れ、ほとんどジャンプしながら領主の館を出て行った。
それを見て、アリスは「よーし!」と呟いた。
あぁ、裏金が流通し始めてしまいました!
さぁ、いったいどうなってしまうのでしょう!
アリスの活躍(?)を応援よろしくお願いします!




