第7話 じゃんけん大会に正義のヒーローがやってきた③
――それでは、最初の勝負です!
じゃん、けん、ぽん!
アリスが覗く双眼鏡の先には、グーの手を挙げる司会の姿が映った。
「本物のじゃんけん大会」の参加者は、数えたところ200人くらいいるようだ。
「アリス、向こうは結構多い?」
「多いです。200人ぐらいいます。
子供が多いと思ったんですが、親子連れが多くて、大人もじゃんけんやってるみたいです」
「なるほどね……」
アリスたちの声が向こうに届かないのはもちろんのこと、アリスたちが勝手に企画した「ドッキリじゃんけん大会」の存在すら知らない可能性もある。
適当に作った貼り紙で場所を知らせてはいるものの、これまでのところ、特段誰かに周囲を偵察されている様子はない。ある程度参加者の人数が絞れるまで、しばらく様子見だ。
――それでは、次行きまーす!
じゃん、けん、ぽん! はい、次もグーです!
司会が2回続けて同じ手を出すとは思っていなかったようで、最初に残った参加者の8割ほどが座った。
立っている人の数は30人ほどとなる。
召喚で呼び出すために必要な「人物の特徴」が、少しずつ双眼鏡でも分かるようになってきた。
「ビリー……、なんか私たちへのプレゼントを持ってない人、結構いますよ」
「僕たちへのプレゼント、じゃないでしょ。
アリスの中で、『最近買ったもの』が『プレゼント』に変わってるし……」
「あー、たしかに。
まだあのチョコを買った人に出会えるという確証はないですよね……」
二人が小声でやり取りを続ける中、本物のほうは3回目でのじゃんけんで参加者が10人ほどに絞られた。
「じゃあ、この中からスカウトしますね」
アリスが、左手で双眼鏡を構えながら、右手を空に伸ばす。
その瞬間、本物のじゃんけん大会で、司会者が声を張り上げた。
――さぁ、ここまで残った人は、本当に、本当にラッキーです!
この後、ここで自分と1対1の勝負をして、勝てば素敵な景品がもらえます!
それはなんと、ここアレマ領ではほとんど味わえない、こちらです!
「アレマ領では味わえない……?」
公園では、「わぁっ!」とか「欲しいっ!」とか声が上がる。
アリスは思わず右手を下ろした。嫌な予感がする。
――こちらは、スワール領の超有名お菓子メーカー、ロッジのチョコレートです!
ここプランテラに、今朝入ってきたばかり! 限定5箱!
次の勝負に勝てば、このチョコを差し上げます!
「ビリー……」
アリスの足が震え、路地の壁にもたれかかった。
司会の声が響けば響くほど、アリスから力が消えていきそうだった。
ビリーも、ガックリと肩を落としている。
「だからか……。
僕が『チョコ売ります』と言ったら、次々と人が集まって来たのは……」
「全員、本物のじゃんけん大会の関係者だったというわけですね」
「僕の行商から買った商品をじゃんけん大会の賞品にしたの、確定じゃん……」
ビリーもアリスも、頭を抱えてしまった。
アリスの提案で「ドッキリじゃんけん大会」という「裏番組」を始めたにもかかわらず、その前からビリーがドッキリを仕掛けられているとは思っていなかった。
そしてアリスもアリスで、このような裏イベントを企画せずに、素直に本物のじゃんけん大会に参加していれば、じゃんけん運がないとは言え、ロッジ食品のチョコを買い戻せるチャンスがあったのだ。
「どうする、アリス……。
こんな裏イベントをやらない方がよかったじゃん……」
するとアリスは、もう一度双眼鏡を覗き、そこに映った見覚えのある箱を見てうなずいた。
「ビリー、手はありますね……」
「どういう手だよ。
召喚したとしても、参加者がチョコを買ってないんだから、もらえないだろ」
「いや、司会に勝った人を召喚すればいいんですよ」
「……って、つまり賞品強奪ってことじゃん……?」
ビリーは苦笑いをするしかなかった。
それを見て、アリスは両手を小さく振りながら、その説を否定した。
「強奪じゃないです!
じゃんけん大会のラスボスは私っていう設定なんです!」
アリスは、再び右手を空に伸ばした。
「行きますよ……。いま、目の前で男の子が司会に勝ちました」
「こ、子供から……?」
アリスは、ビリーの震える声を完全に無視した。
「将来の希望に満ち溢れる、赤き髪の少年よ。
そのじゃんけんの腕は、4度も司会に打ち勝った。
いま、我にその腕を見せ、勝負をせよ!」
だが、アリスはそこまで言い終わった瞬間に口を閉じた。
しまった、と小声で呟く。
「アリス、もしかして何かやっちゃったとか……?」
「最後の祈りが分からないです……。名前、分かりませんから……」
「名前が分からないと、召喚はかなり厳しいよなぁ……」
相手の名前を呼ぶ呼ばないで、召喚される側の印象が変わってくるのは、召喚術の基本事項だ。
似たような姿や称号を持つ者が何人いたとしても、基本的には名前でその対象を特定するからだ。
逆に、名前を呼ばずに召喚するのは、召喚術の中でも相当高度なものになる。
だがその時、本物のじゃんけん大会から、司会の優しい声が聞こえた。
――じゃあ、ボクのお名前を教えてくださーい。
――ルドルフ・ジェントレ、7歳です!
「よし、きたあああああああぁ!」
アリスは、公園には聞こえないほどのトーンで叫んだ。
それから、空に伸ばし続けた右手に力を入れる。
「召喚! ルドルフ・ジェントレ!」
青白い光がアリスの前に現れ、アリスがつい1分前に双眼鏡で見た赤い髪の男の子がうっすら映り始めた。
両手にはロッジ食品のチョコレートの箱をしっかりと持っている。
「やった、召喚成功……」
アリスがビリーにうなずくと、青白い光が徐々に姿を消し、ルドルフが呆然と立ち尽くした。
「ねぇ、ここ、どこ……?」
建物と建物の間に囲まれた暗い空間に、ルドルフが戸惑っている。
すぐ後ろを振り向けば、先程までじゃんけんをやっていた中央公園である。
だが、いつの時代に、あるいはどの場所に連れて行かれるか分からない召喚術を、こんなに間近なところで使うとは、おそらくルドルフは気付いていないのだろう。
そんなルドルフの不安を消し去るために、アリスがやや体をかがめて、同じ目線で話しかけた。
「ボク、かわいいね。
ここにいるお姉さんとお兄さんは、全然怖くないから安心して……」
ビリーも、アリスが言い終わらないうちにアリスの横に立ち、一緒に微笑んだ。
だが、ルドルフはより恐怖に満ちた表情に変わり、一歩後ずさりする。
「ねぇ、ママは……? パパは……?」
「大丈夫。じゃんけん、あと1回やったら、戻してあげるから。
せーの、じゃーん、けーん……」
ルドルフは、手を出そうとしない。
チョコを大事に抱えたまま、不安そうに震えるだけだった。
「負けても、チョコの代わりにこのメダルをあげるよ。
チョコより、ずっとずっと貴重だよー」
アリスは、領主メダルを取り出してルドルフの前で左右に揺らした。
それからもう一度、「じゃんけん……」と言い出したものの、ルドルフの目には涙が溜まっていた。
「ママああああああああああ! パパああああああああああ!
お兄ちゃんとお姉ちゃんが、チョコ取ろうとしてるうううううううう!」
「泣かれたあああああああああ!」
アリスは、震え上がるしかなかった。
この場所に召喚したことが周りにバレるという、最悪の展開になってしまったのだ。
子供に泣かれてしまったアリスたち。
この後、どうなってしまうのでしょう!
アリスたちへの応援よろしくお願いします。




