第7話 じゃんけん大会に正義のヒーローがやってきた①
「とりあえず、息はしてるから、私とトライブで、交代で見守ろうか……」
「オメガピース」の救護室の中で、目を開かないアリスに付き添っていたソフィアが、ふと顔を上げた。
そこで、息を飲み込んだ。
「……って、トライブ?」
トライブの姿が救護室から消えるのを、ソフィアははっきりと見た。
いや、ソフィアの正面から消えただけで、次の瞬間には救護室全体に聞こえるようなトライブの叫び声が、大きく響いたのだ。
「はああああああっ!」
シャウトが終わった瞬間、トライブが救護室の床に着地した。
しかも、アルフェイオスを下に向けて。
「トライブ……、いま戦ってた?
相手もいないのに、なんで戦ってるのよ?」
壁に向かって着地したトライブが、ソフィアの声で後ろを振り返り、今いる場所がどこかを悟った。
アルフェイオスを鞘にしまい、ソフィアの前に立つ。
「戦ってた。
これじゃ、転送されたって簡単にバレるわよね」
「バレるに決まってるじゃない。
転送されている時間は1秒でも、前と後で全然ポーズが違ったら、簡単に分かる」
「やっぱり……」
すると、不思議そうな表情を浮かべたソフィアがトライブに尋ねる。
「でも、どうして着地のポーズで戻って来たの?」
「それはたぶん、転送が時間切れになったからよ。
私、ホントにさっきまで、獰猛な鳥と戦ってたんだもの」
「それで、バスターウイングから着地する姿勢になったわけね」
「そういうこと。
転送できる時間が3分しかないってことを考えたら、アリスはかなり遠い世界にいるのかも知れない」
これまで3回召喚されたトライブは、どれもほぼ同じ時間で元の世界に戻されたように思えた。
そこで、ソフィアに尋ねた。
「ソフィア。
ちょっと気になるんだけど、私がこの世界から消えていた時間、どれくらいだった?」
「1秒もない。たぶん。
2回目なんて、ほんの一瞬固まっただけだもの」
「やっぱり……。
かなり遠い世界じゃなかったら、もっと長くこの世界で固まってはずだもの」
「それは言えるわね……」
ソフィアが、トライブの仮説に納得した時、ふとベッドの上で眠るアリスと目が合った。
そこで、再び息を飲み込んだ。
「トライブ……。
ちょっとまずい仮設を立てたの。
私の仮説が合ってないことを願いたいけど……」
ソフィアがトライブに耳打ちをする。
トライブは、「そうかも知れない」とだけ短く言い、目を覚まさぬアリスを見続けた。
「アリスは、ただの転送じゃない……。
向こうの世界で、なんかまずいことが起きてるのかも知れない……」
この時点で、アリスが最初に倒れてから33分……。
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「チョコおおおおおお!」
朝の光が差し込むグロサリの家。
その静寂を破壊するかのように、バカ領主の叫び声と、離れの扉をドンドン叩く音が響く。
よその領土の人間のためバルゲアに泊まれず、峠を越えて、完全徹夜で戻ってきたアリスは、眠い、足がボロボロと、見るからに悲惨な状況だったが、それ以上にお腹が空いていた。
「チョコ、チョコおおおおおお!」
すると、アリスの後ろからグロサリらしき人物の影が伸びた。
「おかえり。
ビリーは、ここにはいないわよ」
アリスは「まずい」と声を上げて、グロサリに頭を下げた。
「あっ、おはようございます。すいません、起こしてしまって……」
「いいのよ。
農家の朝は早いから、真夜中に叩かれるよりかはずっとマシ」
「本当ですか……。
怒ってないですよね……」
グロサリは、首を横に振る。
「ちゃんと、イオリ草を売ったんでしょ。
それも、領主さん一人の力で。
ビリーが言ってたわよ。一応は、ビジネスとしては成功したって」
「そ、そうですか……。
あぁ、私がバルゲアまで往復したの、無意味じゃなかったし……」
そう言いかけて、アリスはポケットからお金を出し、その全てをグロサリに差し出した。
ナリアとバルゲアでイオリ草を売り上げた金だった。
「残金、260リアです。
あと、召喚で持ってきたチョコ7箱が70リアしたはずです」
「あぁ、召喚で持って来てきれたチョコね。
ロッジ食品でしょ。おいしくて、1箱全部食べたわ」
「あ……」
アリスは、その言葉を聞いた瞬間、足がへなへなとなった。
ビリーがここにいない、イコール、ビリーがチョコの行商をし始めたということだ。
――僕は自分と、グロサリさんと、あとプランテラあたりでこのチョコレート配ってくるよ。
「あんにゃろおおおおおおお!」
ぐううううううぅぅぅぅぅ……。
叫んだと同時に、アリスの体力はゼロになってしまった。
肩を落とすアリスの横に、グロサリが立った。
「あらあら、食いしん坊の領主さん、おなか空いてるのね。
朝ごはん、多めに作ってあげるから、ちょっとだけ休んでいきなさい」
「ありがとうございます……」
ビリーを追いかけることすらできず、アリスはグロサリが即興で作る朝ごはんを待つしかなかった。
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「グロサリさん。
ビリーは、プランテラに行くって言ってましたか?」
「そうね……。この近くの街と言ったら、プランテラぐらいだと思うし、アリスが帰るまでには戻ってくるとか言ってたから、あまり遠くには行ってないと思うけど」
「そうですか……」
以前、プランテラで野宿した後にグロサリの家を訪れたときは、歩いて2時間もかからなかった。
途中にはほとんど人家がなく、すぐ東側に山がそびえていることもあって、グロサリの家周辺の集落まで続く街道は、その大半が緑に覆われている。
「昨日の夕方には出て行ったから、向こうで泊まって、朝一番に売り出したとしたら、そろそろ戻ってくる頃だと思うけど……」
「そうですよね。
ビリーが、バカな私の召使いを辞めるわけないですもの」
すると、グロサリの家に誰かが近づいてくる音が聞こえてきた。
歩くスピードを考えると、それは間違いなくビリーだった。
「ビリー、私にチョコをくれるかな。わくわく」
アリスが手を頭の後ろで組むと同時に、外の足音が突然止まった。
何か気まずそうな雰囲気を、ビリーが感じたに違いない。
そこで、アリスは自ら玄関に行き、ドアから顔を覗かせた。
「ばあっ!」
「アリス……。やっぱり、帰ってたんだね……」
「はい。だって、バルゲアでは部外者は泊まれないんです……」
アリスはやや下を向くものの、目線はビリーの顔ではなく、背負っているバッグだ。
ビリーが背負うバッグは、見るからにしぼんでいた。
「ビリー、聞いていいですか……?」
「ひょっとして、僕のところにチョコが残ってるかどうか?」
アリスは、無言で首を縦に振った。
バルゲアから持ち出せなかった以上、このビリーが最後の希望だった。
「ロッジ食品のチョコ、完売したよ!
あんなおいしいチョコレートだし!」
アリスの頭の中で、冷たい風が駆け抜けていった。
朝食にありつけたばかりなのに、アリスは玄関先でふらつき、壁にもたれかかった。
「チョコ……、完売……。かん……」
そこに、何も知らないビリーが、目を丸くしながらアリスを見つめる。
「アリスは、たくさん食べられるじゃん! 13箱も残ったんだし」
「ビリー、それが……。
バルゲアの外に、よそからの特産品を持ち出しちゃいけないそうなんです」
「本当に……?」
「はい、出口で没収されました……」
アリスは、意識しなくても残念そうなトーンにならざるを得なかった。
その横で、ビリーはアリスに右の人差し指を伸ばし、突然笑い出した。
「あはははははははははははははは!
あれだけチョコを欲しがってたアリスが、もしかして1箱も食べてないの!
笑い話にするしかないよ」
「はい……。食べてません。
ビリーは、食べたんですよね……」
「……もう胃の中だよ」
アリスは、ビリーから顔を背け、ため息をついた。
そこに、ビリーが唸りながら近づき、肩を叩いた。
「アリスさ、ちょっといい案が浮かんだんだ。
聞いてみないかい?」
「どういう案ですか……?」
「簡単に言うと、アリスのボーナスチャンスだよ」
「ボーナスチャンス……。いったい何だろう……」
突然ビリーの口から出てきた言葉に、アリスは思わず目を丸くした。
バカ領主アリス……、ではなく今度はビリーが変な計画を立ててしまうようですよ。
こういう時は、いつもろくなことがないわけですが……。
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