第6話 潜入!バルゲートの首都⑤
「はああっ!」
エメラルドスカイハンターが高速で襲い掛かるのを見て、思わず閉ざしそうになったアリスの目は、それに臆することなく叫んだトライブの声で、再び大きく開いた。
トライブの相棒・アルフェイオスが、強い風をも斬り裂き、敵の体に迫る。
ガルッという音が重く響いたが、直後にはエメラルドスカイハンターの翼が再び上空に飛び上がった。
「素早いじゃない……」
タイミングは合っていたものの、アルフェイオスの動きに気付いた相手が即座に軌道修正したのか、トライブは足の下で小さなダメージを食らわせるだけだった。
それから数秒も経たないうちに、エメラルドスカイハンターが、空中で大きく宙返りし、再びトライブに向けて急降下した。
「はああっ!」
トライブが、今度はよりスピードを上げてアルフェイオスを振る。
だが、今度も相手の足に何とか当てるだけで、胴体まで剣先が達しないうちに相手が過ぎ去ってしまう。
「時間が……、かかりそう……」
アリスは、早くも「時間」を気にしていた。
アリスが96年前の世界からトライブを呼べるのは、わずか3分。
そこで決着がつかなければ、魔力切れ、つまりアリスの負けだ。
そして、2回の攻撃でほとんどダメージを与えられなかった時点で、その不安は大きくなる。
「ソードマスター……、強そうな相手には隙を見せるまで待つ……。
でも、今日だけはそれをやって欲しくない……」
トライブの強さの一つであり、悪い癖である、強い相手に対してどこまでも戦い続ける集中力。
相手が隙を見せる瞬間に、力のピークを合わせていく、トライブの独特の戦術だ。
だが、そのようなバトルに持ち込まれれば、本当に時間切れになってしまう。
アリスとしては、勘弁してほしい。
その中で、3回目の急降下が始まった。
「ソードマスターっ!」
その声に反応したのか、アルフェイオスの空気を切り裂く音が先程よりも高くなり、剣の軌跡も少しだけ上を描いていた。
そして、ブシャッと音が響き、エメラルドスカイハンターの口から苦しそうな声が吐き出された。
「やった……。ダメージだ……!」
高速で迫ってきた相手の体を、トライブがアルフェイオスでかすかに斬り裂いた。
エメラルドスカイハンターが逃げるように上空へと飛んでいく。
ダメージを食らったものの、まだふらついてはいないようだ。
だが、そこに召喚したバルゲート兵が低い声で告げる。
「一度ダメージを食らわせた相手は、もう容赦はしない。
それが、守るための本気!」
バルゲート兵が腕を振り上げると、エメラルドスカイハンターの頭が下を向いた。
輝くような黄色の目が、アリスの瞳と一直線になる。
目は、二人に照準を定めているようだ。
そして、嘴が大きく開いた。
「あれはっ!」
目の輝きよりも、はるかに眩い光が嘴の中で輝いていた。
エメラルドスカイハンターの体よりもはるかに薄い緑の光線が、その嘴から解き放たれようとしている。
「危ない!」
アリスがトライブに告げるものの、トライブは相手の体を見つめたまま動かない。
まるで、相手の動きを待っているようだ。
アリスは、震えながら息を飲み込む。
トライブがどういった作戦を考えているのか、それだけを気にしながら。
『グワァ~』
「ああっ!」
白に近い緑色の光が、トライブに向けて一気に吐き出された。
本体の迫るスピードよりも速く、光線が降り注ぐ。
その真下で、トライブが叫んだ。
「バスターウイング!」
アルフェイオスを真上に向けたまま、その剣の力で、トライブが翼を広げたように飛び上がった。
そして、光線のちょうど中心に剣を突き刺すと重い音を立て、光をバラバラに解放させた。
トライブの体は光そのものからかすかに逃れている。
完全に作戦通りだ。
「おのれ……」
バルゲート兵が唸る中、トライブが軽々と地面に着地し、再び空を見上げる。
エメラルドスカイハンターは、トライブの真上で飛ぶのを諦め、やや離れたところで翼を羽ばたかせる。
「まずい……」
トライブも、エメラルドスカイハンターも、バルゲート兵もバトルに集中している。
完全に長期戦の様相を呈する中、アリス一人だけが時間を気にしていた。
少しずつ、胸が重くなってくる。胸が痛み出せば、負けだ。
すると、エメラルドスカイハンターが翼を広げながら、トライブ目掛けて一気に斜めに降りた。
だが、「剣の女王」も、4度目となれば作戦を簡単に組み立てられる。
「はああああっ!」
アルフェイオスの刃が、相手の軌跡に斬り込んでいく。
ついに、本体深くまでダメージを食らわせた。
『グワアアアアアアッ!』
苦しそうな相手の声の中で、トライブが体を後ろに回し、すかさず次の一撃を与えようとする。
対するエメラルドスカイハンターも、トライブから逃れようと翼を羽ばたかせるが、建物の5階あたりの高さで、苦しそうに羽ばたきながら、ダメージを受けた腹をひくひくさせている。
「やれ! エメラルドスカイハンター!」
バルゲート兵の低い声に応えるように、エメラルドスカイハンターの嘴が開くものの、そこに強い光線を浴びせるほどの光は残っていない。
対するトライブは、肩で呼吸することもなく、落ち着いて相手を見つめている。
そして、アリスにその時がやって来た。
「うっ……」
アリスは、なるべく時間を意識しないはずだったが、召喚して3分という時間が容赦なくアリスの胸に襲い掛かる。
胸を抑えつけながらも、何とかトライブを見守るアリスの目には、その姿が時間を追うごとに少しずつ薄くなっていくように見えた。
だが、トライブがアリスの苦しそうな呼吸に、うなずいた。
状況が分かっているようだ。
アルフェイオスの先を再び空に向け、女王はラストチャンスとなる一撃に集中力を注いだ。
「バスターウイング!」
空気を斬り裂くような叫びとともに、トライブの体がエメラルドスカイハンター目掛けて宙を舞う。
エメラルドスカイハンターも翼を動かしながら、攻撃から逃れようとするが、トライブの目が追いかけていく。
アルフェイオスを空中で巧みに操り、相手に迫り、そして激しい一撃で相手の体を深く斬り裂いた。
『アアアアアアアアア――――――ッ』
しぼんでいく声とともに、エメラルドスカイハンターが仰向けになりながら勢いよく落ち、アリスの目の前にドスンと落ちていった。
その時にはもう、トライブの気配はどこにもなかった。
「助かった……」
アリスは、激闘からの緊張感を脱し、思わず息をついた。
だが、その場で苦しそうに呼吸するエメラルドスカイハンターを見て、首をかすかに横に振った。
ビリーの言っていた、召喚術の「忘れちゃいけないこと」を思い出したのだ。
――召喚した存在にダメージを食らわせないこと。
特に死なせるのは絶対ダメ。
目の前で、死にそうな息を浮かべているエメラルドスカイハンターも、バルゲート兵が召喚したものだ。
トライブは、相手が召喚されたものかどうか分からないまま倒してしまったし、仮に召喚されたと分かっていても、猛獣を相手にすれば「仕方なく」息の根を止めることがほとんどだった。
だが、ここで死なせてしまえば、バルゲートにとって大問題になってしまう。
アリスは、召喚したバルゲート兵が震えて何もできないのを見ながら中腰になり、エメラルドスカイハンターの傷ついた体に手を伸ばした。
「ヒール!」
「……あ?」
アリスの手から、生命を癒す白い光が解き放たれ、傷だらけのエメラルドスカイハンターを包み込む。
明らかに攻撃とは違う雰囲気の中で、バルゲート兵も目を丸くしながらアリスを見つめる。
アリスは、バルゲート兵に小さくうなずきながら、深く負った傷に白い光を放ち続けた。
『キュエエエエエル……』
エメラルドスカイハンターの喉が、唸り始めた。
アルフェイオスで刺された体の傷が閉じていく。
やがて、翼を大きく羽ばたかせ、アリスを真上から見つめた。
「ど……、どうして助けた……?」
バルゲート兵がアリスに近寄り、アリスを見下ろした。
アリスは、申し訳なさそうに頭を下げ、それから言った。
「だって、召喚された生物を殺しちゃダメって教わりましたから……。
突然召喚されて、それが終わったら死んでたなんて、かわいそうです」
「なかなか、いい奴だな……。
これだけ召喚術に理解のある女だ。
既にやってしまったお菓子の持ち出しの件は、なかったことにしよう」
バルゲート兵が笑うと、アリスは大きく手を挙げて喜びそうになった。
だが、バルゲート兵が空になったバッグだけを持って戻ってきた瞬間、真っ青になった。
「あの……、13箱は……」
「それは、持ち出した瞬間に新たな現行犯になりますよ。
13箱分のお金はお返ししますけどね」
「あ……。
あああああああ……」
帰るためのお菓子を失うことが決まったアリスは、すっかり気が抜けて天を仰いだ。
初めての激闘(?)でしたが、この先出てくる敵はもっと強い……かも。
第7話では、新しい戦士が登場します。
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