第6話 潜入!バルゲートの首都④
アリスは、両手にお菓子の袋を持った状態のまま、腕をバルゲート兵に掴まれて、アリスがバルゲアに入った場所まで連れて行かれた。
バルゲート兵はアリスの袋やバッグを取り上げ、アリスをその場に立たせたまま、護衛のところに向かった。
『ウィズ。この女に見覚えはあるか』
『ある。行商でこの街にやって来たって言ってた』
『この女に、不審な動きはなかったか』
『最初来たときはスプレー缶を持っていたけど、それが野菜にすり替わる、奇妙な真似をした』
完全に筒抜けになっている会話に、アリスは息を飲み込むしかなかった。
会話の内容が完全に事実なだけに、アリスは遠くから言い返すこともできない。
『で、こいつはバルゲート本国の人間か。それともよそ者か』
『よそ者って言ってた。
アレマ領と言いかけて、よそ者と言ったはず』
「ああああああ!
そこまで聞かれてたあああああ!」
アリスは、護衛たちに聞こえないくらいの声で、真っ青になった。
この数時間でアリスがやったことが、否応なしに思い出される。
『ということは、この女が、スワール領特産品のチョコレートを密かに持ち出そうとしているのは確定か』
二人が同時にうなずくと、バルゲート兵がアリスの前まで戻ってきた。
「どうやら、チョコレートの没収だけでは済まないようだな」
「えっ、そもそも没収ですか……。
行商の売上金で買ったのに……!」
「その証拠になるものはあるのか。まさか、店から盗んだとかじゃないよな」
バルゲート兵の口調が、徐々に強くなる。
アリスは「盗んでません」と言いたかったが、あれだけの量の箱をどう持てばいいのかだけに夢中になり、レシートを受け取ることを忘れていた。
だが、バルゲート兵はすぐにアリスの盗みを断定しない様子だ。
「おそらく、あのお店だということは間違いない。
店に確認してくる」
「どうしょう……」
アリスは、それ以上のことを詮索される可能性に怯え始めた。
店にあるロッジ食品の商品を買い占めた時点で、店の人には個数まで記憶に残っている。
そして、アリスがいま手元に持っているのが13箱。7箱は召喚でビリーに渡している。
その事実は、10分も経たないうちにバルゲート兵が掴んでしまった。
「20箱も持ち出そうとしたのか。
店が仕入れたロッジ食品のチョコレート、全部らしいな」
「は……、はい……。おいしくて……」
「おいしくて……、か。
そんな単純な動機でないことも、もうお見通しだ」
「ふぇ……」
アリスは、動機という言葉を聞いた瞬間、右手で口を塞いだ。
「買収できなかった仕返し、って言ったじゃないか」
終わった……。
アリスは、その場で崩れ落ちそうになった。
言うまでもなく、7箱召喚で持ち出したことも、店から聞いたのだろう。
店が召喚用にとバッグを用意したのだから。
「とりあえず、お前の容疑は固まった。
あのチョコレート、7箱を召喚でバルゲート外に持ち出し!
そして、バルゲートと取引関係のあるロッジ食品の買収計画を企てた!
間違いないな」
「はい……。すいません……」
「すいません、で済むならルールはいらない。
召喚術の悪用という禁じ手を使ったお前には、獣刑という罰を受けてもらうしかないようだ」
すると、バルゲート兵が右手を真っ直ぐ伸ばし、告げた。
このバルゲート兵も、召喚術が使えるようだ。
「天を舞い、幾千もの生命を従える輝緑の翼よ。
聖なる都を守る力を、我らに授けたまえ。
そして、邪悪なる力を滅ぼす風の先に、未来を灯せ」
「召喚……。しかも、空を飛ぶものが現れそう……」
アリスは、バルゲート兵に続いて召喚を始めようとしたが、そこで一瞬だけ手が止まった。
剣士にとって、地面から離れているものを相手にすることは、かなり苦戦を強いられる。
それが、歴戦で敵を圧倒してきたトライブであっても。
対するバルゲート兵は、ためらうアリスを全く気にすることなく、最後の祈りを告げた。
「召喚! エメラルドスカイハンター!」
アリスの目の前ではなく、頭上から召喚の証である青白い光が舞い降りた。
大きな翼を広げたシルエットが、はるか上空に現れる。
それがはっきり見えたとき、アリスは息を飲み込んだ。
「大きいし……、強そう……」
夜空に向かって、輝く緑色の胴体を見せたエメラルドスカイハンターが、空からかすかに羽ばたいただけで、地上に鋭い風が吹きつける。
目を開けるのもやっとだ。
そこに、バルゲート兵がアリスに向かって叫ぶ。
「さぁ、罪人よ。
召喚術が使えるんだよな。
この鳥を倒せるだけの刺客を、送り届けるがよい」
そう強く言われたアリスは、うなずくしかなかった。
「やるかしかないですね……」
アリスは、手をゆっくりと空に向ける。
「不可能を斬り裂く風を呼び、未来へと導く光を纏う、剣の女王よ。
我が大地の命運を、いまその腕に託す。
その魂が許すなら、我が声に応え、凛々しくも勇ましき一撃を下せ。
そして、この地にもたらせ! 穢れなき、正義の輝きを!」
アリスの目の前で、青白い光が浮かび上がる。
エメラルドスカイハンターの翼が奏でる風がその光を揺らすが、アリスの祈りは風で消えることはなかった。
召喚できなければ、間違いなく死ぬ。
アリスは、最後の祈りを叫んだ。
「召喚! トライブ・ランスロット!」
青白い光の中から、金色に輝く髪がかすかに浮かび上がり、徐々に長身の女剣士が姿を現す。
それを見たバルゲート兵が、かすかに笑う。
「なんだ。
空を舞う獣を相手に、そっちは女剣士か……。
あっさり勝負が付くようだな」
「それでも、私の女剣士は、戦うはずです!
空を飛ぶ敵でさえ、いくつも倒してきました!」
アリスがそう言い放った時、光がフェードアウトし、トライブがそこに立った。
「嫌な雰囲気ね。
アリス。敵はどこにいるの」
「上です……」
アリスの指差す方向に、トライブは顔を向ける。
そこに、エメラルドスカイハンターの強い羽ばたきが二人に襲い掛かった。
「くっ……」
トライブは腕で風を遮りながら、アルフェイオスを鞘から抜き、空に向ける。
「空を駆ける猛獣かしら?
敵はここにいるわ。かかってらっしゃい」
すると、上空で『フワァ~!』と鳴く声がはっきりと響いた。
剣を向けたトライブをじっと見つめ、攻撃のタイミングを伺っているようだ。
そこに、バルゲート兵が静かな声で言い放つ。
「やれ」
その声を合図に、エメラルドスカイハンターの翼が強く羽ばたき、トライブの立つ大地に突風が襲い掛かった。
アルフェイオスを真っ直ぐ構えるトライブも、やや体を後ろに反らされる。
トライブの後ろで縛った髪が、今にもほどけそうなほどに風で激しく揺れる。
その中を、エメラルドスカイハンターが急降下した。
「剣の女王」vs天空を駆ける翼。
勝負が始まる。
ドジばっかりやらかしたアリスの運命は、このバトルに託された!?
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