第5話 こちらビリーの宅配便です!④
アリスの目の前で、青白い光が湧き上がる。
その中に映し出されるシルエットからして、その姿は完全にビリーだった。
「あとは……、野菜……」
アリスが、ぼそっと口にした時だった。
光の中から、聞き慣れた声がアリスの耳に響いた。
「アリス、早すぎだから!」
「へ……?」
光の中から出てきたビリーの目は、まるでアリスを睨みつけるような形をしていた。
手には、イオリ草を持っていない。
「ビリー、イオリ草は……?」
「まだグロサリさんの家を出てから4時間ぐらいしか経ってないから、準備してないよ。
まさか、こんな小さな街で店を広げるなんて思わなかったさ!」
「あ……、ごめんなさい……」
そもそも、念入りに打ち合わせをせずに話を進め、暗黙の了解が通じると思い込んで出てきたアリスが全面的に悪かった。
「とりあえず、今の僕を消そう。
3分ぐらいで準備して、カゴを手に持つから、そこでもう一度呼んで欲しいんだ」
「分かりました!
エアカップラーメンができるまで待ってますね」
「だから、カップラーメンって言っても僕には分かんないって……!」
アリスは、ビリーに人差し指を向け、ちょうど初めての召喚で失敗した時と同じように「3、2、1……」とまじないをかけた。
すると、アリスの目の前からビリーが消えた。
そこに、無数の拍手が聞こえた。
ナリアの街の人々に囲まれていたようだ。
「お嬢ちゃん、今の面白かった!」
「召喚術を使ったコント、本当に面白いって……!
僕、こんな面白い女芸人、尊敬する!」
「え……、あれ……?
私、いつから芸人でしたっけ……?」
どんな時もボケてしまうアリスだったが、見ず知らずの人から女芸人呼ばわりされたのは、これが初めてだ。
だが、逆を言えばあと数分つなぎ留められれば、イオリ草を買ってくれるお客さんに早変わりだ。
そこで、アリスは3分という時間で、路上お笑いライブをすることにした。
「私、アレマ領から来た、アリス・ガーデンスです。よろしくお願いします!」
パチパチパチパチ……。
「では、早速いきますねー。
布団が、ふっとんだ――――――っ!」
クスクス笑いだけが、アリスの耳に聞こえる。
少し面白くないか、とアリスは心の中で呟き、今度は中腰になって観客の前を歩いた。
「ガチョウが驚いた。ガッチョ――――ン!」
ひゅうううううううううう……。
アリスの正面から、冷たい風が吹きつけた。
あれだけ召喚コントを見ていたはずの人々の波が目の前から消え、その風を遮ってくれる人は誰一人としていなくなってしまったのだ。
「あれ……、私、なんかまずいこと言いました……?」
知らんぷり。
少なくとも、「女芸人」と言ってくれた20歳前後の男子は、今やそう言ったことを後悔しているかのように、ため息をついた。
「あの……、私、これからアレマ領の名産品を売ることになっているんで、皆さんぜひ買いに来てください。
お願いします……」
アリスは、宣伝したくても声にならない。
そうこうしているうちに、約束の3分が過ぎた。
「いけないいけない。ビリーを呼ばなきゃ……」
アリスは、再び空に右手を伸ばした。
「光のように優しき、アレマのおっとりした青年よ。
我が任務に従い、この地に姿を現せ……。
召喚! ビリー・エバーラスト!」
アリスが一気に言いきると、青白い光の中からビリーのシルエットが映し出された。
今度は、大きなカゴを背負っている。
「よし……、作戦成功……!」
あとは、光が消えるのを待つだけだ。
カゴの大きさを考えれば、もうすぐこの場所に、たくさんのイオリ草がやって来る。
……はずだった。
先に異変に気付いたのは、ビリーだった。
「ちょっと待って……。急に軽くなったんだけど」
「えっ……」
ビリーの慌てた声に、アリスは思わず息を飲み込んだ。
そして、震え上がった。
「イオリ草がほとんど入ってなああああああいっ!」
腰から肩の高さまであるカゴを、たしかにビリーは背負っていた。
だが、ビリーがその中に詰め込んだはずのイオリ草がなくなっていたのだった。
「どういうこと……」
ビリーは、何も言わずに首を横に振った。
やろうとしていた作戦が水の泡になるとは、アリスは思わなかった。
普段から浅知恵で物事を考えては来たものの、この案だけは必ずうまく行くと思っていた。
だが、それすらも浅知恵だということが、起きた現実によって証明されてしまった。
「僕、カゴのすれすれまで詰めた状態で、アリスの召喚を待ってただけなんだ……。
なくなるとは思わなかったよ」
「私も、なくなるなんて思わなかったです……。
だって、ソードマスターがちゃんとアルフェイオスを持って現れましたもの」
アリスは、ビリーが力なく下ろしたカゴに触って、首をかしげた。
考えても、理由が分からない。
だが、それから30秒ほど経ったとき、ビリーが何かを思い出したように息を飲み込んだ。
「心当たりがあるとしたら、召喚されるときかな……」
「えっ……。どういうこと……?」
「召喚されるときって、体が軽くなるじゃん……。
その時に、フワッと風が吹いたような気がするんだ……」
「あー……。
もしかしたら、体と一緒じゃないと思われたんでしょうか」
その法則に気付いてしまったアリスは、天を仰いだ。
体と一体になっていないものは、召喚の段階ではねられるということだ。
「たぶん、そうだね」
「でしょ。
ソードマスターは、剣を鞘にしまっているから、体と一緒。
でも、ビリーの場合はイオリ草が体に密着していないと思われたんです。
それで、召喚される時にその場に残された、としか思えないのです」
「間違ってないと思う。
じゃあ、モノを転送するにはどうすればいいんだろう……」
ビリーがため息をついて、カゴの上に手で触れる。
それを見たアリスは、「あっ」と息を飲み込んだ。
「蓋をすればいいんですよ。
それか、もし横から出てしまうなら、完全にバッグにしちゃうか。
そうしたら、出ないと思います」
「つまり、風の通り道を塞いで、背負ってるものが僕のものと認められるようになればいいんだ!」
「その通りです!」
アリスは、早くもバッグを地面に下ろして、中からお菓子や水など、グロサリの家から持ち続けていたものを全部取り出した。
「というわけで、はい、バッグ」
「は……?」
ビリーは、アリスから差し出されたバッグを取ろうと手を近づけて、そこで止めた。
「なんで、僕がアリスのバッグを持って戻らなきゃいけないんだよ」
「だって、ビリーはこの作戦でのパシリですから」
「パシリぃ?????
いや、僕はさ、召使いだけどさ、こうやって公然とパシリって呼ばれるのは、ちょっと違うような……」
ビリーが必死で抵抗するも、最終的にはビリーがアリスのバッグを手に取った。
明らかに、女子向けに作られたかわいらしいバッグを、男子が持って帰ることになる。
しかも、グロサリにその姿を見せながらだ。
「というわけで、もう一回、3分後に召喚しますので、バッグの中に入れられるだけイオリ草を入れて下さい」
「分かったよ……」
アリスは、ビリーが同意した瞬間に「3、2、1……」と告げ、ビリーを一旦元の世界に戻した。
それから、今度は変なギャグをせずに、ぼんやりと噴水を眺めながら3分を数えた。
だが、心の中で3分を数えたとき、アリスは気が付いた。
「さっき、ビリーは3分以上こっちにいたし、1回目も合わせたら5分ぐらい召喚している。
なのに、私の胸が苦しくならないのは何でだろう……」
これまで、トライブを3分間召喚しただけのアリスには、まだまだ召喚について分からないことが多すぎた。
「いずれ、召喚の計算式とか知ることになるのかな、私も……」
アリスは静かに呟き、そろそろバッグにイオリ草を詰めたはずのビリーを三たび呼び出した。
女子用のバッグを背負う青年ビリー、想像するだけでもおかしい感。
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