第5話 こちらビリーの宅配便です!③
翌朝。
「今日一日が暇になるかならないか!
目覚ましじゃんけん行きますよー!」
朝の光が、グロサリの家の離れにかすかに差し込んだ瞬間、アリスがビリーの布団を剥ぎ取った。
夢の世界から突然現実に戻されたビリーは、目をこすりながらアリスを見た。
「あ……?」
「言ったじゃないですか。明日の朝じゃんけんしますよーって」
「それは、グロサリさんの前でやるんじゃないんだ……」
「やらないですよー。
だって、寝起きのビリーなんて楽勝ですもん。
勝てば、1日グロサリさんの家で過ごすパラダイスです!」
「ふぁ……。だからか……、昨日珍しくあんな時間に布団に入ったのか……」
ビリーは、まだ夢から意識が戻っていない。
ここまでは、完全にアリスの計算通りだ。
「はい、じゃんけんぽいっ!」
アリス、チョキ。
当然、ワンテンポ遅れるビリーの手は開いたままなので、アリスの勝ち。
……になるはずだった。
「おっと……」
ビリーが、反射神経で手をグーにしてしまったのだ。
「あああああああああああ!」
ガラッ。
「どうしたの領主さん! 朝からそんな声を出しちゃって」
グロサリが勢いよく離れのドアを開け、怯えたような声でアリスに尋ねた。
アリスは、逆に何が起きたのか分からないほどに震え上がった。
ようやく事の次第に気が付いたビリーが、この中では一番落ち着いていたのは言うまでもない。
「昨日……、じゃんけんをするって、僕たち言ったじゃないですか……。
言い出しっぺが負けたんです」
「領主さんが?」
アリスは、力なくうなずく。
その視界から、ドアの奥に見える野菜の貯蔵庫が霞んでしまうようだ。
「領主さん、結構頭の回転早そうなのに、こういう時に限って負けるのね」
「はい……。私、肝心なところでジョーカーを引くような人なので……」
アリスが下を向くと、グロサリはなだめるように両肩を掴んだ。
「バルゲートは、ここよりずっと都会よ。
だから、領主さんが食べるものはいっぱいあると思う」
「えっ……? 本当ですか……!」
数秒前まで下を向いていたアリスが、顔をグロサリに近づける。
「えぇ。私、一度だけバルゲートに入ったことがあるから分かるけど、プランテラより何十倍、何百倍も都会だから。
私の野菜を売って、いっぱい食べてらっしゃい」
そこに、ビリーが困惑したような表情でグロサリに告げる。
「グロサリさん、それでいいんですか……。
このアリス、食べてらっしゃいと言われたら、お金を食べ物に変えますよ」
「私は、特にお金なんて求めてないの……。
だって私は、作ったものをみんなに食べてもらえるだけで幸せだから」
グロサリの口から、生産者としての本音が飛び出した。
アリスは、その言葉でさらにグロサリに顔を近づけた。
「私も……、そのグロサリさんの姿勢……、というのかな……、大事にしたいです!」
「ありがとう」
楽しかったグロサリとの時間も終わり、アリスはじゃんけんの結果に従い、一人でバルゲートまで歩くことになった。
一応、ビリーから地図を渡されているが、峠道の至るところに「バルゲート本国まで あと〇km」などと表示されているので、道は簡単に分かった。
「なんか、本当に一人ぼっちになっちゃった……」
15歳にして、所属していた組織を追い出されたものの、何故か領主になってそこでビリーと暮らすことになる。
だが、召喚術で野菜を届ける、という案を考え出したがために、必ずどちらかが一人で、バルゲートに続く山を越えなければならない。
「一日中、野菜とか、グロサリさんの家にあるお菓子とか、食べたかったなぁ……」
「商品」すらバルゲートに転送されるだけなので、アリスの手持ちの食料は、バッグの底にあるお菓子だけだった。
お昼ごはんの当てもなければ、そもそも野菜を売らないと食べるお金がないという当たり前の現実を、アリスは今更になって思い知った。
「お腹空いたなぁ……」
大きい胃袋になってしまったアリスは、空腹を知らせる神経までそれ仕様になってしまったことを悔やんだ。
その、「お腹空いた」という言葉が、アリスの口から10回出てきた時、突然景色が開けた。
「あれ……? ここ、もしかして……?」
バルゲートまでの距離を意識せずに歩くと、意外とすぐに峠の頂上までたどり着いた。
ここから先は、バルゲート本国という扱いになる。
スワール領と同じで、ここから先のアリスは「単なる一領主」の扱いになるのだった。
「ここがバルゲート!」
遠くには、巨大な宮殿と、それを取り囲むように高い建造物が立ち並んでいるのがうっすら見えた。
さらに、その外縁には、外敵から町を守るような緑の帯が光に照らされている。
それどころか、そこからアリスの今いる峠まで、小さな街が点々としている。
おそらく、寂しい道にはほとんど遭遇することなく、バルゲートの中心部までたどり着けるようだ。
アリスが見た感じ、まる1日あれば中心までたどり着くことが出来そうだ。
「というか、私はどこで商売をすればいいんだろう……」
勿論、アリスにとっては、お祭りの屋台以外で初めての商売だ。
場所に関しては、グロサリやビリーと何一つ話し合っていない上に、かつてグロサリがどこまで踏み入ったのかも聞かずに出てきてしまった。
裏返して言えば、場所までアリスの自由だ。
「でも……、峠の上じゃほとんど人は通らないから……」
アリスは、峠から下を見た。
すると、5kmほど進んだところに一つ、小さな街が見える。
おそらく、峠に挑む人たちが立ち寄っているような、ある程度栄えた街なのだろう。
そこまで進んでから、商売を始めることにした。
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「へぇ……。ここがナリアの街なんだ……」
アリスがナリアの街に入ると、道の両脇に咲き誇る高山植物の香りが鼻をくすぐった。
アレマ領でも、峠道に同じような植物が生えているものの、ここはその数と匂いが違う。
おそらく、街が一つになって栽培しているのだろう。
だが、それは逆に、道端で商売をしようとしても、高山植物が邪魔になって広げられないということだ。
「ここで店を広げると、お花を踏みつけてしまう……」
誰も入っていない家を探して、その壁に寄り掛かって店を広げようとしたが、2分探しても空き家が出てこない。
そもそも、バルゲート本国では空き家がどのように管理されているのかも分からないので、下手に空き家ビジネスをすると捕まってしまう可能性もある。
そう考えながら歩いていると、アリスは街の中心部に噴水を見つけた。
標高が高いにも関わらず、噴水が勢いよく吹き出している。
「よし……、ここで商売をすることに決ーめた……っ!」
アリスはバッグを下ろし、右手を空に伸ばした。
召喚術を逆手に取った、とんでもない計画を実行する時だ。
「光のように優しき、アレマのおっとりした青年よ。
我が任務に従い、この地に姿を現せ……」
アリスは頭の中でビリーのことを思い浮かべていた。
他にもおっとりした男性がいれば、その人を呼んでしまう可能性がある。
だが、アリスはそのことを恐れずに、最後の祈りを天に捧げた。
「召喚! ビリー・エバーラスト!」
ビリーの宅配便(という名の荷物運び)がうまくいってくれるといいのですが……。
応援よろしくお願いしますっ!




