第5話 こちらビリーの宅配便です!②
前回はアリスの方向感覚がつかめなかったおかげで、グロサリの家を訪問できたのが翌日になってしまったが、今回は方位磁針と、前から迫ってくる山の形などを頼りに、ほぼ最短距離で進んだ。
その結果、グロサリの家に着いたのは、空が夕焼けを見せ始めた頃だった。
「あら、領主さん。またいらしたのね」
「はい。イオリ草があまりにもおいしかったので……、今回はお金を持ってきました」
アリスが得意げになってグロサリに話し始めると、ビリーが横から飛んできて、耳打ちをする。
「お金、どこから持ってきたんだよ……!」
「子供銀行です」
ビリーは、アリスにツッコミを入れる間もなく、アリスの前に立ってグロサリに弁明する。
「あの……、領主はいつものように、タダでおねだりしてるだけです!
気にしないでくださいね、グロサリさん」
するとグロサリは、白髪を左右に動かし、手を叩きながら笑った。
「いいのよ、かわいい領主さんなんだから。
少しでもお金を払おうと思ったことだけでも、他の領主と全然違う」
「えっ……」
アリスは、呆然とした表情をグロサリに見せた。
むしろ、このような返事を全く想定していなかった。
「私、いつもの冗談のつもりで言ったんですけど……」
「冗談って言うのは分かるけど、領主さんの言ったのは心のこもった冗談だから、ちょっと許してしまうのよね」
「ありがとうございます!」
アリスは、グロサリに深く頭を下げた。
「で、今日のお願いなんですけどね……」
「また、イオリ草を領主さんの館で使いたいの?
まだ在庫はあるから、好きなだけ持っていってもいいわよ」
アリスは、思わず「バンザーイ」という言葉が出かかったものの、すぐに首を横に振り、本題に戻した。
「そのイオリ草、領主の館以外の場所で売ってみませんか?」
「売ってることは売ってるわ。
近いから、プランテラの市場に卸してるけど、それは売るってことにならないの?」
「そうですね……。
でも、そこ以外の場所には売ってないですよね」
「たしかに、そうね……」
グロサリはアリスに小さくうなずいた。
一応、興味は示しているようだ。
そこで、アリスは一気に畳みかける提案をした。
「だったら、売りませんか。大都会バルゲートで」
「いきなりそっちかよ!
しかもアリス、バルゲートがどういう場所かも見てないのに、簡単に言えるな」
0.1秒も経たないうちに、ビリーのツッコミがアリスの耳に響くが、アリスはそれを笑ってごまかした。
すると、グロサリがまるでよだれを垂らしそうな顔になって、アリスを見つめていた。
「ホント、私にそのアイデアはなかった……。
今まで、年がら年中イオリ草を食べないといけなかったのに、売ったお金を市場でいろんな食べ物に変えられるわ……」
「でしょ。だからグロサリさん、私たちイオリ草アンバサダーと一緒に、有名になりましょう」
「えぇ!」
アリスの提案に乗ったとばかりに、グロサリが大きくうなずく。
一方で、未だに困惑した表情を浮かべているのは、ビリーだった。
「でもさ、僕たちがバルゲートに行くってこと?
売る人とか決めてないじゃん。あと、輸送ルートとか」
「あ……」
工場誘致の話を進めているのにお金の話を全く考えないのと、全く一緒だった。
肝心の、イオリ草を売る人がいない。
グロサリをバルゲートに連れて行くことを考えたものの、これだけのモノを運ぶということに耐えられそうにない。
「あ……、これだったら、出来るかも知れません」
アリスは、思いついたことをビリーに耳打ちする。
ビリーがかすかに息を飲み込み、「たしかに……」と小さく呟くのを待って、グロサリに行った。
「私たちのどちらか、じゃんけんで負けたほうが、明日バルゲートに行きます。
バルゲートに着いた頃にグロサリさんの家で待っている人を召喚します。
その時、イオリ草を抱えてバルゲートに行って、バルゲートでそれを渡します。
これで、イオリ草はちゃんとバルゲートに渡るはずです」
「領主さん。それ、本当にできるの?」
「できると思います。
だって私、一人の女剣士、剣を持たせたままこちらの世界に転送できますから!」
「いいこと思いついたわね……。
それだったら、私も簡単にイオリ草を届けることができるじゃない」
「そ……、そうなりますね!」
アリスは、このプロジェクトが終わっても同様の手段で食べ物を調達できることを、今になって気が付いた。
適当な時に、農作物を持ったグロサリを召喚出来れば、領主の館に簡単に運ぶことが出来るのだ。
「これは、すごいことができるぞ……。うへへへへ……」
「アリス? もしかして、壊れた?」
「壊れるに決まってるじゃないですか?
だって、友達さえ作れば、召喚でいくらでも操り放題ですもの」
「今のうちに釘を刺しておくけど、召喚術の悪用だけはするなよ」
「分かってますって」
そう言うと、アリスとビリーの二人はグロサリの前に並んで、同時に頭を下げる。
これは道中で決めていたことだった。
「もう日が暮れるので、今夜はグロサリさんの家にお邪魔してもいいですか?」
「いいわよ。
大食い領主さんが、たくさん食べてくれて助かるんだから」
「わぁい!」
グロサリがにっこり微笑むと、アリスは大きく手を挙げて飛び跳ねた。
「幸せだああああああ!」
久しぶりに家庭の味を堪能した後、二人はグロサリの家の離れに通された。
板張りの部屋に、既に二人分の布団が敷かれている。
「こういう布団を見ると、なんか修学旅行の雰囲気を思い出しますね」
「修学旅行? 何それ? 旅行なら分かるけど……」
アリスは、ビリーの返事に思わず声が裏返る。
年代も出身も違うと薄々は感づいていたが、まさかその言葉が世界レベルでないとは思わなかった。
「知らないんですか? オメガでは卒業前に学年みんなで旅行に行くんですよ?」
「いいなぁ……。
僕は、1日だけ全校生徒が学校に泊まるという日があったぐらいかな……。
数人の仲間と、卒業旅行には行ったけどね」
「卒業旅行、いいじゃないですか。
私は……、その前に『オメガピース』に行くことになっちゃったから、卒業旅行が羨ましいです。
入隊して、友達とも会えなくなりました」
「卒業する直前の人間関係って、その後の人生で結構重要になるもんね」
そこでビリーが、少しだけ固まる。
何かを思い出したように手で口をふさぎ、首を横に振った。
「ビリーは、友達のこと思い出しちゃいましたか?」
「いや……。なんかね……。
それから十何年も一緒に付きあうことになったバージルを思い出して……」
「バージル……。バジルのことですか?」
アリスが聞き返すと、ビリーが手を小さく振って否定する。
「人の名前で遊んじゃいけないって。
バージルは冒険者。というより、賞金取りで生活してる、僕の友達なんだよ。
炎の魔術を操る存在だ」
「なんか、私の姉と一緒で、戦いにはすごく真面目になりそう……」
「それはどうかな……。
僕は、働き口がないからって賞金首の紹介屋をやってたんだけど、バージルがたびたび店に来て、僕のところに来た依頼をみんな片づけてしまうんだ。
正直、商売にならないんだけど、バージルがいるから店をたためないし……」
「迷惑な友達ですね……」
「傍から見れば、ね」
ビリーは、深いため息をつきながら布団の上に体を投げ出した。
「でも、バージルは僕を頼ってる。
そもそもバージルが強すぎて、他の紹介屋から出禁食らってるし……。
だから、僕が頼りにされてるってことなんだけどさ……」
「大人になると、人間関係ってもっと複雑になるんですね……」
アリスは、ビリーから目を離し、天井を見上げた。
異世界に来てまで、強すぎるトライブに頼りっぱなしのアリス。
かたや、強すぎるバージルに頼られっぱなしのビリー。
二人の歩んできた道は、真逆だった。
「私だったら、バージルを頼ってしまう方です。
いつか、お互いがお互いを頼れるようになりたいですが……」
「その言葉、忘れないからね。アリス」
ビリーは、アリスに首だけを向けて、静かに告げた。
炎の使い手バージルは、そのうち重要になってくるキャラです。
仲間になるかどうかは……、お楽しみに。
明日は、アリスがイオリ草の行商を始めます!
応援よろしくお願いします!




