第4話 お菓子工場買収計画⑤
肝心なところでバカを見せてしまったアリスを、ロッジ社長が工場の入口まで見送りに来ることはなかった。
アリスとビリーは、肩を落としながら工場の敷地内を歩いた。
「アリスさ……。ここまでお金に対して無知だとは思わなかったよ……」
「はい……。
だって、ほとんどごはんとお菓子しか、お金を使ったことがないので……」
「まぁ、あの社長の言ってたことをアリスに告げなかった僕も、悪いんだけどさ。
せっかく楽しんで領主をやっているのに、アレマ領でお金を作るにはバルゲートの許可が必要です、なんて言ったら、アリスが『えーっ!』とか言うの、目に見えてたし」
「私も、それを知ったことがショックです……。
私一人の力で、買収もできなければ、工場誘致もできなかったなんて……」
アリスは立ち止まって、お菓子の生産ラインが動いている音が響く、工場の建物を振り返った。
その後ろから、ビリーが声を掛ける。
「でも、アリスは一つだけいいアイデアを出せたじゃん」
「召喚の話ですか?」
「そう。労働力は、暇な人を工場に転送させるって話。
時間的距離がゼロなら、そこまで魔力は必要としないだろ。
召喚のことを教えて1ヵ月で、よくここまで思いつくなって、僕は思ったんだ」
「いま考えれば、それはいつものバカ発言です。
領民を召喚しなきゃいけなくなるビリーがかわいそうですもの」
アリスは、笑いながらビリーに告げた。
それから工場の建物のほうを向いたまま、拳を強く握りしめた。
「私、必ずロッジ食品を買収しますっ!」
「あのさぁ!」
ビリーはそう言うなり、アリスの腕を掴み、出口に向かって早足で歩き始めた。
「な、な、何が良くなかったんですか? ビリー……」
「ここで言っちゃいけないセリフだろ!
社長の前でだけいい顔してればいいって問題じゃないんだから!」
アリスは、「あ……」と息を飲み込んで、ビリーに連れられるまま出口に向かう。
だが、最悪のタイミングで工場のチャイムが鳴る。昼休みだ。
ビリーが思っていた通り、後ろから声が聞こえた。
「こいつだ!
俺たちの工場を買収するとかほざいた奴は!」
「ああああああああ!」
何人もの工員が、アリスたちを目掛けて迫ってくる。
アリスは、ビリーの腕を解いて出口に向かって走り出した。
だが、出口に近い生産ラインからもたくさんの工員が飛び出し、アリスたちの前に立ちふさがる。
二人は、出口を失った。
「バカ領主と噂された女が、わざわざこんなところに来て、買収か?」
「昨日の夜、街じゅうの人が困惑してたぜ……?
お前が、『買収! 買収!』とほざいてたから!」
アリスは言い返せない。
言われてから、否応なしに前日の夜の記憶まで戻ってくる。
「あの……、あくまで業務提携です……。アレマ領とロッジ食品との……。
あ、あと、ビリーお願い!」
「なんで僕に振るんだよ!
工場買収します、と最初に言いだしたのはアリスだろ!」
すると、アリスたちを取り囲んだ工員たちの中から、いかつい男性が前に出てきた。
明らかに、工員たちのリーダーだ。
「我が名は、チョコレート生産部門ラインリーダー、カカナ・オージェルム。
工場を汚した罪を、どう取ってもらう?」
「あの……。責任とか……、罪とか……、そういうことまで考えてなくて……」
アリスが震えながら答えると、カカナは腰から剣を抜いた。
「本来、これはカカオ豆を切るための剣。
だが、ここを汚したお前たちを斬る剣でもある」
「あの……。
カカナさんがそんなことをするんだったら、私、呼びますよ……。
私の声に反応してくれる、強い女剣士を」
アリスは、ほとんど考える余裕なく、トライブを召喚することに決めた。
工場を見つめる空に向かって真っすぐ手を伸ばし、できるだけ心を落ち着かせて叫んだ。
「不可能を斬り裂く風を呼び、未来へと導く光を纏う、剣の女王よ。
我が大地の命運を、いまその腕に託す。
その魂が許すなら、我が声に応え、凛々しくも勇ましき一撃を下せ。
そして、この地にもたらせ! 穢れなき、正義の輝きを!」
「な……、なんだぁ……?」
アリスの声に、多くの工員の目が釘付けになる。
「召喚! トライブ・ランスロット!」
青白い光の中に、金髪長身の女剣士、トライブのシルエットが現れる。
アリスは恥ずかしさを感じながらも、トライブがこの地に立つまでじっと青白い光を見つめ続けた。
「お願い……っ!」
やがて光はフェードアウトし、中からトライブが現れる。
トライブは、今回も状況が読み込めないという目を見せながら、アリスの前に立った。
「あの……、そこの人が、私たちの命を狙っているんです。
ソードマスターの剣の実力で、ねじ伏せちゃってください」
だが、トライブの後ろから、カカナが叫ぶ。
「違ぇ!
工場の敷地にのこのこやって来て、いきなり買収交渉を仕掛けるこいつらが、悪に決まってる!」
「もしかしてアリス、そんなことしてたの……」
「してません。
工場の社長には、アレマ領の中に工場を作ってください、としか……」
「分かった……」
トライブは、やや間違った情報をもとに、アリスについていくことに決めた。
すぐさまカカナに振り返り、数々の敵を下してきたアルフェイオスの先を向ける。
「アリスたちの命を奪おうとするなら、私を倒してからにしてちょうだい!」
「なんかカッコいい……」
ビリーがアリスに小声で告げる。
それとほぼ同時に、トライブとカカナの足が同時に動き出し、両者が一気に迫る。
「うおおおおおおお!」
先に剣を振り上げたのはカカナ。
工場で材料を砕き続けてきた、鋭い刃を持つ剣を、トライブのアルフェイオス目掛けて一気に振り下ろす。
だが、トライブも、相手の剣が生むわずかな風を感じた瞬間に、アルフェイオスを振り上げた。
「はあっ!」
二人の目線のちょうど中間で、トライブが力ずくでカカナの剣を止める。
カカナも懸命にアルフェイオスを押し下げようとするが、相手の剣の重心に食らいついたトライブの力を、簡単に振り切ることが出来ない。
「うぬぬぬ……」
カカナが、声のほうに力を入れた瞬間、トライブが素早くアルフェイオスを相手の剣の上に動かした。
「はああああっ!」
カカナが息を飲み込む間もなく、アルフェイオスを強く振り下ろす。
カカナの剣が、その軌跡に吸い込まれていくように、床に落ちていった。
一瞬で相手を退けた「剣の女王」は、涼しそうな目で相手を見下ろした。
「今までバカ領主だと思っていたが……。
こ……、こんな女剣士を召喚する、恐怖の領主だあああああ」
アリスたちを取り囲んでいた工員たちは、勝負が決まった瞬間に一目散に逃げだしていった。
その場の空気が変わると、トライブがアリスに体を向け、やや鋭い視線を向ける。
「二つ、確認したいことがあるわ」
アリスは、トライブの声に震えた。
案件が案件なだけに、トライブに怒られるか、白い目で見られるかのどちらかの道を進まざるを得ない。
そもそも、この工場に来た目的を正確に話した瞬間、ビリー以上に「何をやってたの」と言われかねない。
とりあえず、アリスはトライブの言葉を待った。
「まず、ここはお菓子工場に見えるけど、
まさかアリス、出荷前のお菓子を勝手に食べたわけじゃないわよね」
「食べてません。
というか、その手がありました……」
アリスが思い出したようにうなずくと、横からビリーが「ダメ!」とくぎを刺す。
「あと、もう一つ。領主って何……」
「あ……」
アリスは息を飲み込んだ。心の中で真っ青になった。
だが、ちょうどいいタイミングでアリスの胸が苦しくなる。
時間切れだ。
トライブが消えるまで、5秒前、4、3、2……。
「もう……、ここには来れないね……。
アリスのせいで工員を怒らせちゃったんだから」
全てが二人の周りからいなくなると、ビリーが静かに呟いた。
その言葉を、アリスは全力で否定した。
「大丈夫です。
私は、いつかここのお菓子を食べに来ますから。それだけです」
工場の敷地をゆっくりと出るアリスの目には、早くも次のビジョンが見え隠れしているようだった。
明後日から第5話です。
アリスが、召喚を使ってまたまたとんでもないことを企ててしまいそう?
応援よろしくお願いします。




