第1話 追放から始まる異世界領主②
「……っと、いててて……」
体が軽くなってからしばらく意識を失っていたアリスは、膝の軽い痛みで目を開いた。
講堂の外で倒れたときに打った衝撃が、今頃になって襲い掛かったのか。
突き刺すように襲い掛かった白い光は、もうない。
今はどこにいるか分からないが、とりあえずは生きているということだけは分かった。
「よかった……。私、死んでない……」
木の床に座り込んで、アリスは膝をさすった。
少なくとも、ここが「オメガピース」の講堂ではないことはたしかだ。
だが、場所を確かめようと顔を上げたとき、アリスは震え上がった。
「どこですか、ここ――――――っ!」
アリスの目の前にいくつもの人間がいて、突然声を上げたアリスを見つめている。
「オメガピース」からの追放を告げられた時のような冷たい視線では決してなく、誰もが物珍しそうな目でアリスを見つめていたのだった。
そして、明らかに会議をやっているかのような、机と椅子。
対して、ここがどこなのか、それどころか、目の前にいるのが誰なのかも分からないままのアリス。
そんなアリスの困惑とは関係なく、目の前の人たちが先に動き出す。
「ちょうどいいところに来た。素敵なお嬢ちゃん。名前は何と言うんだい」
アリスより20歳、30歳も歳が離れているようなオジサンたちに早速声を掛けられる。
答えるしかなさそうだ。
「はいっ、アリス・ガーデンスって言います。たぶん……、時空転送されてきました」
「たぶんどころか、こんな現れ方をするのは、100%時空転送だね。で、どうやって来たのかな」
「それが……、分からないんです。『オメガピース』という組織をクビになって……、それで飛ばされた?」
時空転送された経緯は、アリスにとって全く分からない。
「オメガピース」の講堂を出たアリスに声を掛けたのが誰なのか。どこから聞こえてきた声なのか。
「オメガピース」に所属する魔術師が、最後まで抵抗したアリスに向かって異世界へ追放させる魔術を放った可能性だって考えられる。
「そうか……。じゃあ、『オメガピース』から来たんじゃ、ここのことは何も分からないか」
「……分かりません」
アリスは、ここがどこだか分からない状態で答えるしかなかった。
それなのに、目の前のオジサンたちは、不気味なくらいに一斉にうなずいた。
「よしっ、決まりっ! アリスを、アレマ領の領主にしよう!」
「あれ、まぁ……」
ここまでは、完全にアリスのアドリブだ。
だが、1秒後にアリスは我に返った。
「ちょっと待って下さい! りょ、りょ、りょ……、領主?」
「領主ですよ。このアレマ領で、いまアリスが一番偉い存在です」
「あの……、私、バカですよ……? それも、15歳の……、まだ子どもです……」
「オメガピース」の総統と言い、アリスの生まれ育ったところの町長と言い、アリスをはるかに超える年齢と経験でトップに立っている。
少なくとも、今のアリスは領主になれるだけの器ではないはずだ。
だが、またしてもアリスの抵抗はバッサリ切られてしまった。
「いいんです。何も知らない人が領主をやったほうが、新しい空気を領民に届けられますから」
「まぁ……、たしかに……」
「それにお嬢ちゃん、『オメガピース』をクビになったんでしょ。
雇われの身から無職になって転送されたんだから、たまには一番上に立ってもいいんじゃない?」
オジサンたちの誘いの言葉は絶えない。
「オメガピース」を追放された時のような圧迫感はないものの、何が何でもアリスを持ち上げようとするオジサンたちが、アリスには不気味でならなかった。
「領主になったら、やりたい放題の暮らしができるよ~。好き勝手な領主ライフ! お嬢ちゃんを縛るものは、ほとんどないからさ」
ついに、その中の一人がアリスの肩を叩きそうになった。
もう、領主からは逃げられそうにない。
アリスは、ここでついに覚悟を決めた。
「お菓子を好きな時に食べられるなら、領主になります!」
アリスがうなずくよりも先に、オジサンたちが手を叩いた。
「やっと次の領主が決まったーっ! ホント、あの転送がなければ、誰も受けなかっただろうな……」
「さっ、解散! 解散!」
ぽつーん……。
結局、オジサンたちはアリスに名前を告げることなく、アリスから離れていった。
オジサンたちが部屋から出て行って初めて、ここが館のような建物だということが分かった。
領主の館か、あるいはただの会議場なのか。
ただ、その場に取り残されたアリスにはもう、尋ねる術もなかった。
ただ、思いついたことを呟くしかなかった。
「一人ぼっちの領主になったんですけど……。これ……、何かのドッキリってわけじゃないですよね……」
その声が、館の隅々まで儚く消えていったときだった。
いまアリスがいる部屋の端にある、クローゼットから何かが動く音が聞こえた。
「ひっ……、ここ、もしかしてお化け屋敷……?」
ぶっ……!
何かが吹き出す音がクローゼットから聞こえ、アリスはそこに体を向けたまま震えるしかなかった。
そして、次の瞬間、クローゼットのドアが勢いよく開いた。
「お化けええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!! ……あ」
叫び終わった瞬間、突然に襲い掛かる脱力感。
クローゼットの中から、一人の青年が見えたとき、アリスは口をぽっかりと開けるしかなかった。
「僕はお化けなんかじゃない!」
黒髪でやせ型の青年が、お化けで表現される色とは程遠いチェック柄のシャツを着て、アリスの前に現れた。
「す、すいません……。私、いつもリアクションが激しいので……、つい……」
青年が静かに笑うのを見て、アリスは言葉を止めた。
「いいんだよ、アリス。驚かせたの、僕なんだし。まさかお化けと言うなんて思わなかった」
青年は、まだ名前を告げていないのに、アリスの名前を知っているようだ。
間違いなく、先程の会議をクローゼットの扉を少しだけ開けて、アリスが領主になるところを見ていたのだろう。
「それにしても、アリス。君は可愛いよ。アレマ領を明るくする力がある。そして、その明るさこそ、領主にふさわしい」
「あの……、私、ホントにホントにほんとぉーに、領主なんですよね」
青年の表情が、瞬間接着剤のように固まった。
その固まった表情を何とかほぐすかのように、青年が首を軽く振った。
「さっき決まったよね。アリスが……、アレマ領の領主になるってこと」
「やっぱり、ドッキリじゃないのかぁ……。じゃあ、お菓子をもらって本当に領主になります!
で、あのー、お名前教えてもらってもいいですか?」
「僕? ビリー・エバーラスト。今日から、領主の召使いになるよ」
ビリーが突然、胸に右手を当てながら右膝を床につけた。
領主アリスに忠誠を誓おうという意思を、静かに伝えているようだ。
「すごいです……。私、召使いまでもらえるんですね……。信じられなーい!」
「まぁ、領主はさ……、誰かが面倒を見なきゃいけないじゃん……」
ビリーがそう言うなり、アリスはビリーの胸に飛び込んだ。
「ビリーさん、よろしくお願いします! こんなバカでドジな私を……、支えて下さい……!」
「勿論さ! 僕は、領主を支える立場なんだから。教育係でも何でも引き受ける!
あと、『さん』付けは……、領主っぽくないからやめたほうがいいよ」
「はいっ。じゃあ……」
アリスは、ビリーをじっと見つめ、聞いて欲しいオーラを全開にしながら告げた。
「そもそも、さっきからアレマ領って聞くんですけど、ここはアレマ領なんですか……?」
「は? そこ聞くの?」
ビリーが思わずのけ反るようなしぐさを見せたのは、言うまでもない。
こんなバカ領主が生まれちゃって、この先アレマ領がどうなるか気になる方はぜひブクマ!