第4話 お菓子工場買収計画③
二人が峠を下り、スワール領の南端にある小さな街に着いたのは、夜遅くなってからだった。
「やっどっやー! やっどっやー!」
半月前に墓穴を掘ったために宿泊を断られてしまったアリスは、街に入るなり真っ先にそのことを思い出した。
「アリスさ……。あくまでここは、他人様の領土だからな」
「分かってまーす! 観光客気分で行きまーす!」
「まぁ、そういう気分に浸りたいのは分かるけど……、アリスはこれからビジネスをやろうとしてるんだからな」
「ですね……」
口ではそう言うものの、アリスの目は「INN」という文字と、レストランのマークだけを追い続けていた。
だが、一つの看板を見たときに、アリスの動きが止まった。
「ビリー、なんかここがゴールみたいですね」
「ゴールって……、まさか……」
ビリーが、アリスの指差した看板をじっと見つめた。
そこには「ファクトリアで一番おいしい」と書いてあった。
「そうです。ここがお菓子のパッケージに書いてあった、工場があるところです。
スワール領から頂いたお菓子は、ほとんどここで作られてます」
「へぇ……。じゃあ、明日にはその工場に行けるってことなんだ」
「そうです。
だから、あそこのレストランで、早いところ祝勝会みたいのをやりませんか?」
「早すぎ。せめて、話し合いがまとまってからにしてくれ」
ビリーが薄笑いを浮かべながら、アリスと一緒になってこの日泊まる宿を探す。
だが、数秒経ってからビリーの表情が曇る。
「アリス。
僕、寝る前とか、朝とか研究したいから、お菓子工場の名前教えてくれないかな」
「お菓子工場……。あっ……!」
アリスは、すぐに息を飲み込んだ。
それは、ビリーに向けて余計嫌な予感を与えるものになってしまった。
ビリーの表情がさらに曇る中、アリスは頭を下げた。
「すいません。メーカーの名前、忘れました」
「意味ないじゃーん!
場所を尋ねようにも、名前を覚えてないんじゃ尋ねられないよ!」
ビリーが固まるのを見て、アリスは「そう言えば……」とかすかに呟いた。
そして、道端にバッグを置き、中から着替えやスプレーなど旅に必要なものを取り出して、最後にバッグの底から、お菓子のいっぱい詰まった袋を取り出した。
「もしかしたら、こっそり持ち出したお菓子の中に、スワール領の工場のものがあるかも知れません」
「あー、それはあるかも知れないね。
でもさ、せめて宿に着いてから開けようよ。
僕たちは、スワール領じゃ部外者だから、ここで変な印象を与えちゃいけないって」
「はぁい……」
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宿はすぐに見つかり、よその領土の人がたびたび泊まっている「曰くつきの客室」に通された。
「あー、久しぶりに宿に泊まれるー……」
アリスとビリーは、歩き疲れた足を真っ直ぐ伸ばしながら、深く息をついた。
「まともに朝を迎えられたらいいね。
宿が公認で曰く付きの部屋って言ってるんだから、何が起こるか分からないよ」
「ただでさえ、トラブルメーカーの私がいますからねー」
「アリスが言うな」
ビリーが軽く笑った時、それだけで柱からミシッという音が響いた。
「……アリス、聞いたよね?」
「聞きました。ちなみに、私の声ではありません」
ビリーが立ち上がって、その音が聞こえてきた柱に向かうと、今度はビリーの背後から音が聞こえてきた。
「みしみしっ! ぐらっ!」
「ぎゃあああああああああ!
この宿屋、本当に建築的にまずい作りだあああああああ!」
ビリーが、頭を抱えながら、問題の柱に寄り掛かる。
「ビリー! さっきの冗談です!
私の声なので、気にしないでください!」
アリスはそう言い終わった瞬間、そのまま息を飲み込んだ。
床が大きく揺れたのだ。
「やっぱり柱が曲がってる……。だから曰く付きの部屋。
今夜、この部屋ではしゃぐのはやめよう」
「ですね……」
アリスは、思い出したようにバッグの中から荷物を取り出し、バッグの底にしのばせていたお菓子を取った。
そして、パッケージを開けた。
「今日の自分へのご褒美です。いただきます」
「えっ……? メーカーの名前を見るんじゃないの?」
「ゴミになる前に見ればいいじゃないですかー。
目の前に食べ物があるのに食べちゃダメ、というのは、私イヤです」
「そこはさ、僕たち仕事で来てるんだから、我慢しようよ」
ビリーは、アリスが楽しそうに食べているチョコレートのパッケージを下から眺めようとした。
すると、アリスの手がビリーの肩に伸びた。
「よかったら、ビリーも食べませんか?」
一瞬、ビリーの動きが止まる。
ビリーは小さな声で「えっ……」と呟いて、アリスの表情を確かめる。
「僕も……、食べていいんだ……」
「ほら。いつも私だけ食べちゃうの、かわいそうじゃないですか。
私のわがままで、ビリーもここまで来てるんだし……。
なんか、私だけチョコレートを食べるっていうのはよくないと思うんです」
チョコレートは銀紙に包まれて小分けされており、そのうちのいくつかをアリスはビリーに渡した。
「ありがとう……。
食べ物が目の前にあるのに、アリスがそんなことしてくれるなんて思わなかった」
「意外ですか……?」
「意外だよ。この1ヵ月のアリスの行動から考えたら」
「そういうイメージなんですね……。
でも、私の中には、上下関係っていうと、トライブさんが一番身近なんです。
私がどんなヘマをしても、怒るときは怒り、それでも許すときは許しました」
アリスの脳裏には、また呼ぶ可能性のある女剣士の顔がはっきりと映っていた。
「それが学べるの、一人じゃできないよね……。
『オメガピース』みたいな、上下が厳しそうな環境じゃなければ……」
ビリーは、アリスに軽く頭を下げながらチョコレートの銀紙を開いて、口に運んだ。
「アリス、これ苦くない。というか、とても甘いよ」
「私もそう思いました。チョコレートにしては、ものすごく食べやすい感じがします。
ますます、これを作っている工場が羨ましくなってきました」
アリスは、ここでパッケージを裏返した。
「メーカーの名前、これですね。ロッジ食品」
「やっと分かったか……。僕たちが話し合わなきゃいけない相手の名前が」
ビリーが安堵の表情を浮かべているように、アリスには見えた。
今がチャンスだ。
「というわけで、今日の私の仕事はここまでです。
あとは、ビリーのおごりでさっきのレストランで豪華ディナー!
食べ放題だったら尚更いいですよー」
「えっ、僕のおごりなの……?」
ビリーの表情が固まるのを見て、アリスは短く笑った。
「はい、ビリーのお金でありがたくいただきます」
「てか、どっちが払っても、領主の館のお金だろーっ!」
「あ、バレました?」
二人は同時に笑い、それから並んで宿を飛び出した。
すっかり上機嫌になったアリスは、買収交渉の勝利を夢見て、ファクトリアの街の大通りでゲン担ぎの歌を歌った。
「ロッジ食品買収だぁ~! 買収ぅ~たら買収だ~!」
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翌朝。
朝9時、ロッジ食品本社工場、事務室のドアの前に立つ二人。
「すいません。
私、アレマ領のアリスと言いますが、社長さんはいらっしゃいますか」
『アレマ領……』
扉の向こうが、何やら騒がしい。
アリスが耳を澄ませると、時折「あのアレマ領から」などという声がこぼれてきた。
それからしばらくして、ドアが開く。
髪の毛が薄く、相当歳を取った男性が、そこに立っていた。
「よく、スワール領にお越し頂きました。
私が社長のロッジ・ウッドソンですが、何か御用ですか」
「はい……。今日は、私たちアレマ領と業務提携をしようと話を持ち掛けました」
「アレマ領と……、業務提携……?
いったい何をしようとしているのかね。
それに、そちらの身分と名前をまだ聞いてないのですが……」
「あっ……」
アリスは、いきなりしくじったことに気付いた。
そこで一度深呼吸して、心を落ち着かせた。
それから、言い忘れていた決め台詞を口にした。
「私は、アレマ領のバカ領主、アリス・ガーデンスですっ!」
「バカ領主……」
相手の困惑した表情と尊敬の目で見つめる表情が交じり合う、異様な雰囲気の中で取引が始まった。
さぁ、次回はアリスとロッジ社長の交渉!
……になっているのかどうか。
こんなダメアリスですが、よろしくお願いします!




