第4話 お菓子工場買収計画①
「はい、お菓子のストックが切れた――――――っ!」
「アリス、あのクローゼットの中、全部探したの?」
「いえ~す! 半分以上が、賞味期限切れのものでしたね」
突然のアレマ領主になってから1ヵ月、アリスはクローゼットに溜まった、かつての領主がストックしてきたお菓子の整理という、とても領主らしからぬ仕事に明け暮れていた。
それが、この瞬間に終わったということだ。
「賞味期限が切れたやつは、ちゃんと分けたよね。
また賞味期限の切れたお菓子を魔除けに使うなよ。
あれは臭かったからな」
「はい。さすがにビリーが悲しむのでやめました。
その代わり、賞味期限が半年ぐらい過ぎているものまでは全部食べました」
「もったいないものね。
98年前のお菓子を食べるよりも、ずっとマシだからね」
ビリーは薄笑いを浮かべた。
だが、突然息を飲み込んで、アリスに顔を近づけた。
「いま、全部食べました、と言ったよな……」
「はい。見つけ次第、アリスがおいしくいただきました」
アリスは、口の中で舌をなめる音を出し、声に出さずに「おいしかった」と伝えた。
そこに、ビリーがさらに顔を近づける。
「まさかと思うけど、賞味期限の切れてないものも、見つけたらすぐに食べたとか……」
「はい。見つけ次第、アリスがおいしくいただきました」
それから1秒も経たないうちに、ビリーの表情が固まる。
「もう一度聞く。いま、クローゼットの中に賞味期限が切れてないものはある? ない?」
「ないに決まってるじゃないですか。
間違って、領民に賞味期限の切れたお菓子をプレゼントしたくないです」
ビリーがガックリと首を垂れ、小声で「終わった」と呟いた。
「ビリー、そんな悲しまないでください。悲しいのは私です」
「あのさぁ……」
ビリーが目を細めながら首を戻す。声のトーンがかなり低い。
「これだけあったお菓子を、たった1ヵ月で全部食べるって……、信じたくないんだけど、僕」
「……ですよね。
領主が私になったら、そうなる運命です。食べたいもん」
「アリスが大食いっていうのは分かったよ。
でもさ、これからどうするの……?
この館にはもう、お菓子ないよ!」
「あ……」
そこで、アリスも固まった。
これまでは、何もしなくても「オメガピース」本部の売店に行けばお菓子を手に入れられたので、アリスとトライブの部屋からお菓子がなくなることはほぼなかった。
だが、アレマ領に飛ばされた今は、全く勝手が違う。
誰かが作らなければ、お菓子はない。
「あの、お菓子ってどこで作ってるんですかね……?
この前のグロサリさんのように、誰かがお菓子を持って来てくれるとか、あるんですよね」
「僕も知らない。
普通の食材を届けに来た領民は知ってるけど、さすがにお菓子とかジュースとか持ってきた領民はいないはず」
「そうなんですか……」
アリスは、不意に嫌な予感がして、ゴミに捨てることとなる賞味期限切れのほうのパッケージを手に取った。
「バルゲート本国だったり……、スワール領だったり……。
これは、私の知らない国だ……」
「アリスも分かったみたいだね。
お菓子がアレマ領で作られてないっていうことを……」
「あれまぁ……」
アリスが久しぶりに定番ネタを呟くも、その声に力がなかった。
ただ、あれだけのペースで食べ続けたことを後悔するしかなかった。
「そもそも、アレマ領では砂糖が取れない。
香辛料は取れるけど、たぶんそれでできるお菓子は、たいてい激辛お菓子だもん」
「辛いんだったら、イオリ草で何とかなりませんか……?
この前グロサリさんのところまで行ってもらってきた分もありますし」
「それを加工する工場が、ここにはないんだよ……」
「あ……」
妙案を思いついたはずのアリスに、霹靂が落ちる。
「ここにはお菓子工場がないんだああああああああああああ!」
アリスは上を向いたまま気を失い、その場に力なく崩れ落ちた。息が上がっている。
「だ……、大丈夫か! アリス!」
「あ……。お菓子工場ううううう……」
アリスの声は、何を言っているか自分でも分からないほどに震えていた。
それから、何も言わなくなった。
「気分は良くなったかい?」
ビリーにベッドまで運ばれたアリスは、10分もしないうちに呼吸が落ち着き、ゆっくりと目を開けた。
アリスはベッドに寝かせられ、頭の上に氷袋が置かれていたようだ。
「はい……。なんか、ショック死しそうでした……」
「ここまでお菓子に命を懸けてるからだよね……。もし食べたいなら、自分でお菓子を作るしかないよ」
「私、こう見えて下手ですよ。料理作るの……」
「意外……。ごはんとお菓子だけでできてるアリスが、料理下手なんだ……」
アリスも何度か料理を作ったことがあるが、焦げたり、味付けに失敗したりと、最後はアリス自身も食べたくなくなるような出来栄えになることがほとんどだった。
「オメガピース」でも、「アリスの料理は悪臭しか呼ばない」と言われ続けてきた。
今のアリスには、料理に対して全く自信がない状態だった。
そんな領主に、ビリーは告げた。
「だったら、僕が料理の楽しさ、教えてあげる」
「本当ですか……? 料理になる前に、食材を食べちゃう私ですよ……?」
それこそが、アリスが料理を作れない本当の理由と言っても過言ではない。
「そこは待とうよ。完成したほうがおいしいに決まってるんだから」
「ですね……。でも、お菓子を作りたくても、アレマ領には砂糖がないんですよね……?」
アリスがビリーに告げると、今度はビリーが「あ……」と息を飲み込んだ。
「だよな……。だからさっき、激辛お菓子しか作れないって言ったんだよな……」
ビリーが首を垂れたと同時に、アリスがベッドから体を起こした。
「そう言えば、北のスワール領にはお菓子工場がありますよね。
さっき、パッケージで見たような気がします」
「あるね……。
今までの領主も、たぶんスワール領からプレゼントでお菓子をもらってたんじゃない?」
ビリーは、アリスが何を言い出すかを気にするような表情を見せた。
しかし、バカ領主の頭は、そのはるかに斜め上に行っていた。
「はい、ということで工場を買収しに行きます!」
「えっと……、なにバカなこと言ってるの?」
「だから、私のためにスワール領のお菓子工場を買収します」
ようやく方向感覚がつかめてきたアリスが、スワール領のほうに向けて右の人差し指をビシッと伸ばした。
だが、そこにビリーが仁王立ちする。
「あの……、スワール領もアリスのものだと思ってない?」
「別に思ってないです。スワール領がかわいそうです。
でも、お菓子工場だけは今日から私のものです」
「とことんバカだな……、アリスは。
他人様の領土に行って、工場だけ買収する領主がどこにいるんだって!」
「ここにいます。だって私、バカですもん」
そう言うと、アリスは方位磁針や水などと一緒に、どこに隠していたのか数日分のお菓子をバッグに入れて、館のドアに向かって歩き出した。
というか、つい数分前まで気を失って倒れていたのでは。
「不安だから僕も一緒に行くけど……、スワール領に迷惑かけても、僕は今度こそ知らないからね!」
「へーき、へーき! 私に秘策がありますもーん!」
アリスは、まるで遠足にでも出かけるかのようなウキウキ気分のまま、玄関を飛び出した。
すぐ後ろからしぶしぶ駆けてくるビリーにも楽しそうな表情を見せながら、初めての領土外遠征へと旅立った。
こんなバカ領主が買収できるですか?
そう思った読者の皆さん、それが正常です。
この計画は、いずれボロが出ます。
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