第3話 イオリ草ハンター・アリスの珍道中④
「ビリー、ちょっと後ろ……」
「何言いだすんだよ、アリス。人が説教してるのに!」
「だから、あの……、いま、知らない人がスッとバッグを……」
ビリーは、アリスの声から数秒経ってようやく振り向いた。
黒いシルエットが物陰に隠れたのが、ビリーの目にも見えた。
地面に置いたバッグは、なかった。
「泥棒だっ!」
ビリーは、アリスに怒鳴ったときと同じトーンで叫んだ。
「ビリー、私、犯人追いかけます!」
「アリス。僕だって、追いかけるよ!」
プランテラの街の中は明るい光に包まれて、とても盗みを起こせるような雰囲気ではない。
ただ、外との境はほとんど明かりがない。
おまけに、街の中心部へと続く一本道を除けば、草だらけだ。
誰が盗んだかを見つけることは容易ではない。
「泥棒さ~ん、出ておいで~!」
アリスは、とりあえず背の高い草を分けながら、人の気配を探そうとした。
だが、クッキーの臭いがこびりついた服では、人の気配が全てクッキーになってしまう。
「クッキーでもいいよぉ……。賞味期限が切れてない……」
アリスが草の中に入って1分ほど経ったとき、アリスの後ろでカサカサッという音がした。
「ゴ……、ゴ〇ブリ……?」
この世界にいるかいないかも分かっていない生物の名で、アリスはそのカサカサ音を止めた。
すると、ビリーがアリスの肩を叩いた。
「僕を〇キブリ扱いするなって……」
「す、すいません……」
「というか、僕とアリスが同じ方向を探していたら、見つかる犯人も見つからなくなる。
しょうがない、僕が道の反対側に行くよ!」
ビリーは、いそいそと草地を抜け出し、未知の反対側、ほとんど草が生えていない硬い土の上に駆けだした。
それから数秒後だった。
その土の上で、首筋を掴むような音が聞こえてきたのは。
「うわっ……!」
「ビリー……?」
高い草に囲まれて見えなかったものの、明らかに土を踏むようなものではない音がアリスの耳に聞こえてきた。
「なんか、不吉な予感がする……」
アリスは、急いで草地を出た。そこで止まった。
「誰かと思えば、かわいい嬢ちゃんじゃねぇか……」
太い剣を持った、体格の大きい男性が、ビリーを左腕で抑えつけ、剣をビリーの首に当てている。
その気になれば、ビリーの首一つ斬り落とせるかのような姿勢だ。
「ビリーを離して下さい!」
「あ? そんな年頃で、よくそんな口答えができること。
我が名を知り、驚くがよい」
そう言うと、男性はビリーを土の上に突き放し、ゆっくりとアリスに近づいていった。
「我が名は、プランテラの狼藉者、ウルサン。
プランテラに用のない者から金や食料を奪い、街の人に分け与える。
言ってしまえば、正義の味方だ」
「せ……、正義の味方……?
そんなの正義って言わないです!」
アリスは、相手が剣を持っていることにも構わず、一歩前に出た。
「盗みは……、決して許しません! ビリーに返して下さい!」
つい10分前に盗みを企てたアリスが言っても、説得力がないのだが。
ウルサンは、アリスの訴えに対し、首を横に振った。
「それが、我の仕事なんだよな。生きていくための」
すると、ビリーが立ち上がってアリスの横に立った。
「アリス……、何故ここまで自分の身分を言わない?」
「あ……」
いくら領主の館から徒歩で丸一日かかる場所だったとしても、プランテラはアレマ領の中。
領主の支配できる街だ。
そのことにも気付かなかったアリスは、真っ先に頭を撫でた。
「あの……、申し遅れました。
私、2週間ぐらい前にアレマ領の領主になった、アリス・ガーデンスです」
アリスは、ゆっくり頭を下げた。
だが、アリスの目の前からウルサンの笑い声しか聞こえなかった。
「聞いた、聞いた! 歴代最強のバカ領主だろ?」
ここで、ウルサンが太い剣の先を前に出した。
「なら、ちょうどいい。領主と、その付き人を一斉に肉にしてやる」
「えっ……、肉を食べられ」
「アリス、違うって! 僕たちが食べられちゃうんだよ! 肉になって」
「え――――――っ!」
そこでようやく、アリスは一歩引き、深呼吸した。
「というか、アレマ領民は武器禁止です。
なんで剣を持ってるんですか」
「それは、我が獲物を取るためだ。
すぐそこの山を越えたバルゲートに侵攻するためのものではない。
勿論、お前らを含めての獲物ってことだ」
ウルサンの足が、止まることなくアリスたちに近づく。
もう、いつ一撃が飛び出すかも分からないほど、その場は重い空気に包まれていた。
「バカ領主の公開処刑だ。思い切り体感するがよい!」
ウルサンが、まずは見せしめと言うばかりに、二人のすぐ目の前で弧を描くように、太い剣を軽く回した。
「こ……、怖い……。わ……、私、どうすれば……」
アリスの震える声を聞いたビリーが、思わずアリスに身を乗り出し、耳元でささやいた。
「今日こそ、呼んでみようよ。アリスが呼びたかった剣士、トライブを……」
「あっ……!」
アリスは、思い出したように後ろにジャンプした。
残されたビリーが、再びウルサンの左腕に掴まれそうになったが、何とか逃れてアリスの横に立つ。
「私は、とびきり強い剣士を召喚することが出来ます……!」
「なんだと……。バカ領主のくせに、そんなことが出来るのか。
召喚した相手と戦えばいいんだろ」
ウルサンが、剣を前に向けたままアリスたちを見つめていた。
この場から逃げることだけは許さないと、細い目で訴えるように。
相手の鋭い視線が注がれる中で、アリスは手を伸ばした。
「不可能を斬り裂く風を呼び、未来へと導く光を纏う、剣の女王よ。
我が大地の命運を、いまその腕に託す。
その魂が許すなら、我が声に応え、凛々しくも勇ましき一撃を下せ。
そして、この地にもたらせ! 穢れなき、正義の輝きを!」
最初の召喚が、子供を呼ぶという大失敗に終わってから、はや2週間。
その間、アリスは特に練習はしてこなかった。
それでも、ビリーのアドバイスをアリスは次々と思い出していた。
――召喚が成功する一番の鍵は、たった一人、その存在だけを呼んでる、と訴えかけること。
――名前を言った方が振り向いてくれるかもしれない。
剣の女王。それは、その女剣士に刻まれた、唯一無二の賛美。
凛々しく勇ましい剣の一撃は、アリスが何度もその目で見た、女剣士の残像。
「オメガピース」で最も頼りにしていた剣士を頭に思い浮かべながら、アリスはそれを象徴する言葉を次々と組み立てていった。
最後の祈りまでの道筋は、できていた。
この声が、かつての居場所まで届いているはず。
アリスは、自分の中で手ごたえを感じ始めていた。
「よぅし……」
アリスは、絶対に失敗したくないと祈る気持ちを出しながら、力強く叫んだ。
「召喚! トライブ・ランスロット!」
最後までシルエットを見続け、そして祈り続けるアリス。
時折、アリスの口から「お願い……」という言葉がこぼれる。
その前に沸き上がった青白い光は、早くも力強き一人の女性のシルエットを映し出そうとしていた。
「本当に……、出てきそうだ……。アリスが言ってた『最強の剣士』が……!」
ビリーが、普段より息を上げながらそう叫んだとき、青白い光がゆっくりと外の世界に染まっていった。
アリスがその戦う姿を何度も見てきた、金髪で長身の女剣士がその前に立つ。
「剣の女王」トライブ・ランスロット。
アリスにとっての「最強の武器」が、いまここに集った。
ついにアリスの召喚が成功し、最強の剣士が登場!
アリスに召喚されたことで戸惑いを見せそうですが、どういうバトルを見せてくれるのでしょうか。
応援よろしくお願いします!




