第3話 イオリ草ハンター・アリスの珍道中③
「あのー、まだグロサリさんの家に着かないんですか……」
午前中から歩き続けていたアリスたちは、遠くに見える山がほとんど近づいてこないまま、夕日を浴びていた。
東にそびえる山はバルゲート本国との境で、逆に言えばそこまでのどこかにグロサリの農場があることになる。
「西から東からは、1日かかるよ。
明け方に出て、日が沈む頃に山のふもとに着く感じ」
「そうなんですね……。
思い立って出てきたから、食べ物も忘れちゃって、久しぶりにおなかぺこぺこです」
「そうだね……」
ビリーが、アリスに向かって薄笑いを浮かべる。
すると、ビリーは背負っていたバッグを地面に置いて、中から箱のようなものを取り出した。
「はい、賞味期限を2週間ぐらい過ぎたクッキー!」
「あ……、忘れてました!」
就任式当日が賞味期限だったクッキーの箱を配っている最中に殴り合いが起き、ビリーもそれに巻き込まれてしまったため、配り損ねてしまったのだ。
「僕たち、賞味期限を何年も過ぎたお菓子を食べてきたから、2週間過ぎたところでなんてことないよ」
「そうですねー。食べられればいいですもん」
そう言いながら、アリスはビリーから手渡されたクッキーの箱を裏返した。
そして、息を飲んだ。
「あ……、これ、33年前の賞味期限」
「また……?」
言うまでもなく、これはアリス自身が賞味期限を見ずに「就任式当日が賞味期限」と仕分けてしまったからである。
アリスは「しまったー」と小声で言いながら、蓋を開ける。
そして、中から飛び出した臭いに息を飲み込んで、すぐに蓋を閉めた。
「ダメです。33年前のクッキー、かなり腐ってました」
「就任式でもそうだったんだよ。
あの男が開けた瞬間、ダメな臭いがしたもん。
やっちゃったと思った」
「ですね……」
アリスは、ビリーの背負っていたバッグにクッキーの箱を戻そうとした。
だが、数秒考えてから、アリスは突然その手を止めた。
「これ、クマよけに使いません?」
「は……?
てか、なんでクマなんだよ……?」
「ほら、そろそろ山が近いじゃないですか。
山と言えば、怖い怖~いクマが出てくるじゃないですか。
私たち、クマよけの鈴を持ってないから、臭いで近寄ってこないようにするんです」
「ホントに……?」
ビリーが念を押してアリスに尋ねると、アリスはクッキーの箱をもう一度開け、腐りきったクッキーをビリーの鼻の前に突き出した。
「やっ……、やめろぉ……! くさっ!」
「でしょ。私たちからそんな臭いを出してたら、誰も寄ってこないですよ」
「頼むから、それ僕に近づけないで……。
アリスは、もしかしたら臭いに耐えられるかもしれないけど、僕は耐えられない。
てか、もしかしたらグロサリさんも嫌がるかも知れない」
「そうなんですか……。
でも、私はそこまで臭わないって思ってるけどなぁ……」
ビリーが少しずつアリスから離れていく。
アリスは、何度かビリーに振り返りながらそれをはっきりと実感した。
アリスは仕方なく、それをポケットの中にしまった。
「で、ビリー。ホントに賞味期限の切れてないクッキーを持ってない?」
「たぶん、もう嫌な予感しかしないから、出さない。
ほら、集落が見えてきたぞ……!」
「うわーっ!」
夕暮れ迫った空の下で、街の灯りが二人の行くべき道を照らしている。
アリスとビリーの歩くスピードも速くなった。
「すごく久しぶりかも知れない。外で泊まるの……!」
そして、二人の前に「ここからプランテラの街」と書かれた立札が現れた。
「着いたあああああ」
アリスは気の抜けたような声を空に吐き出すと、突然しゃがんで、歩き疲れた足をその場で休めた。
「せめて、宿で休もうよ。アリスが領主だったとしても、外から見たらただの変質者だよ」
アリスは、ビリーに手を引っ張られながら立ち上がり、遠目で見つけた「INN」の文字を頼りに歩いた。
珍しく8時間以上何も食べていないアリスは、そこに入れば何か食べられるという期待だけを胸に、足を進めるしかなかった。
だが、宿屋のドアを開けた瞬間、フロントにいた男性が思わず後ずさりした。
「来ないで」というジェスチャーをしているかのように、右手を大きく開いている。
「お……、お客様!
ふっ……、不潔なものを持ち込まないでください……!」
「えっ……?」
ビリーではなく、明らかにアリスに「入るな」と告げている。
目の前にいる人物がアレマ領の領主だろうが関係ない。
入れてはいけない、というような高い声で拒絶しているのだった。
「ど……、どこが不潔なんですか……?」
「全体です。なんか、クッキーが腐ったような臭いがします」
「あ゛……!」
アリスは、思い出したように鼻をつまんだがもう手遅れだった。
宿の廊下にまであの臭いが充満し、宿泊客が一斉に鼻をつまんだ。
「アリス。だから言っただろ。嫌がる人が出るかも知れないって」
ビリーからそう告げられた途端、アリスはフロントの男性につまみ出されてしまった。
「ビリー、どうすればいいんですか……」
クッキーをプランテラの街の外に捨て、街の入口まで戻ってきたアリスは、そこでため息をつくしかなかった。
服どころか髪にまで臭いが充満しているようで、できれば体を洗いたかったが、宿を追い出された以上それができない。
「とりあえず、今日は野宿かも知れないね……。自業自得だけど」
「まぁ、33年前のクッキーを食べられるって分けた自分が悪いから仕方ないんですけどね……」
アリスは、ほとんど星の輝いていない夜空に、もう一度ため息をついた。
嫌な臭いしかしなかった。
「明日になったら、この街のすがすがしい空気に出会えると思うよ」
「そうですね……」
ただ、アリスの体から自然と臭いが消えていくよりも、宿屋が寝静まるのが早いことは間違いない。
野宿という選択肢は、現実味を帯びていった。
その時、アリスは閃いた。
「あ、着替えればいいんですよ! そしたら臭いがつかないじゃないですか」
「ん……? アリス、着替え、持ってきた……?」
ビリーはバッグの中に着替えを持ってきたが、距離感がつかめていないアリスは当然にして持って来ていない。
「持って来てないです。だから、ビリーの服を借りて男装するんです」
そう言いながら、アリスはビリーのバッグに手を伸ばす。
「そこに入ってるのは、俺の明日の着替えだっつーの!
そもそも持って来てないアリスが悪いじゃん」
「じゃあ……、最後の手段しかないですね……」
そう言うと、アリスはプランテラの街に灯った灯りの一つに真っ直ぐ手を伸ばし、叫んだ。
「あの家から、服を借りる! ダメなら、領主権限で奪い取る! てか、盗む!」
アリスは、「ねっ」という声とともに、ビリーの表情を見た。
ビリーの表情は、完全に崩れていた。
「アリス……。
そんなことしたら、僕はもう召使い辞めるからね」
「えーっ! アレマで偉いのは私ですよー」
「偉いからって、悪さしていいって誰が決めたんだよ!
領主が盗みました、とかなったら、領民がみんな盗み始めるよ!」
「うわぁ……」
ビリー、ガチギレ。
バッグを地面に置き、殺気立った表情でアリスに近づく。
アリスは、咄嗟に震え上がった。
「あのさぁ。
何度も、アリスのバカに付き合ってきたよ、僕。
でも、いま超えちゃいけない線を超えたんだからな! 人として」
アリスはもう、何も言えなかった。
あの言葉が、冗談なのか本気なのかも、ビリーの怒鳴り声で全て忘れてしまった。
だがその時、ビリーに危機が迫っていたのだった。
アリスの目の前から、何かが消えた。
だんだん腹黒領主になってきていますが、アリスはなんとか頑張っています。
応援よろしくお願いします。
で、いよいよバトルが近づいてきていたり……。




