第3話 イオリ草ハンター・アリスの珍道中②
グロサリが領主の館にイオリ草を持って来てから数日後。
激辛料理が苦手、という大食い領主アリスの弱点は完全に克服されていた。
「あー、もう一生激辛料理でいいですぅ~」
「アリス、この前と全然言ってること違うじゃん。
僕も激辛料理が逆においしいって言えるくらいに、イオリ草食べてるよ」
「ホント、素敵な野菜ですね。
少なくとも、『オメガピース』の食堂では出てこなかったです」
「じゃあ、アレマ領の特産品ってことになるね。
もしかしたら、これ、世界に売れるんじゃない?」
ビリーが小さく呟いた言葉に、アリスは思わず手を叩いた。
「ここアレマ領から、輸出ってことですか!
いいですねぇ……! お金が入りますよ!
で、そのお金で、私のお菓……」
アリスは、そこで言葉を止めた。ビリーは何も返さない。
幸い、ビリーには「お菓子」の部分は気付かれなかったようだ。
「……で、グロサリさんにお願いするんですよね」
「まぁ、そうだね……。もしも、グロサリさんしか栽培してなかったら、本人に頼むしかないからね」
「分かりました。行ってきます」
「えっ?」
アリスは、ソファから立ち上がって、そのまま玄関へと向かっていった。
「オメガピース」にいた頃と違って、武器を持つ必要がないので、すぐに出発の準備が整った。
ただ、肝心のビリーはアリスの行動について行けない。
「ホ、ホントに出るの……? 場所も分からないのに?」
「東って聞きましたから、東の方に歩いて、それで聞くんです。
グロサリさんって知ってますか、って」
「なるほどね……。
あれだけ素敵な野菜を作ってるんだから、もしかしたら有名な農家さんかも知れないね」
「そうと決まったら、今すぐ行くしかないです。
野菜の旬は、短いですから!」
アリスは、もはやビリーの手を取るように玄関を出た。
そして、初めて領主の館から外に出て、館の前を走る大通りに足を踏み入れた。
「で、ビリー。東ってどっちですか? 右ですか? それとも左ですか?」
「それも分かんないんだ……?」
ビリーは、やっぱりか、と言いたそうにため息をついた。
服も着替えずに、ただ外出用の靴だけ履いて外に出たアリスは、いろいろなものを忘れていたのだった。
「まずさ、アリス。
領主の館がどっちを向いているか、調べてみようか。
方位磁針は持ってきた?」
「持って来てないです……。
それに、方角とかは今まで感覚で何とかやってきたんで」
「よくそれで、兵士をやってたね……。
とりあえず、方位磁針。玄関にあると思うから持って来て」
ビリーの苦笑いに、アリスは茶髪を掻いた。
それからアリスは、自分で館に戻って、玄関の横に置いてあった方位磁石を取ってきた。
召使いに命令される領主ということ自体、珍しい光景ではあるが。
「持ってきました。
で、方位磁針ってどっちが東ですか……?
こっちですか? こっちですか?」
「バカ……?」
先程まで苦笑いを浮かべていたビリーが、今度こそゲラゲラ笑ってしまった。
「だってこの方位磁針、NとかWとか変な文字が書いてあるだけですよ……」
「これが方角なんだけど……、それだけじゃダメなんだよ。
僕の動きを見てごらん」
ビリーは、アリスを横に立たせて、足を軸に体を動かした。
「ビリー、なんか回ってません?」
「違うんだよ。北がどっちかを調べてるんだ。
で……、いま僕の向いてる方が、北」
ビリーは、アリスをもう一度横に呼んで、方位磁針を見せた。
ちょうど、方位磁針の赤い針とNの文字が合わさっている。
「いま、Nが北なんですね……。
じゃあ、東はどっちなんですか……」
「いま僕たちが向いているほうの……、右。Eって書いてあるだろ。
方角って、そうやって調べるんだよ」
「なるほど! どこかで教わったような気がします」
「やっぱりね……」
ビリーが最後に苦笑いを浮かべると、アリスは東に向かって歩き始めた。
領主の館周辺はそこそこ人家が多いものの、次第に草原地帯に変わり、ほとんど人の姿が見えなくなる。
「ビリー、アレマ領ってこんなに人が少ないんですね」
「そう。だってここ、海沿いと領主の館以外は、どこも田舎だし」
「でも、こういうところでの生活する、ある意味素敵なのかも知れませんね。
だって、うるさくないですもの」
ビリーは、アリスの言葉に軽く「まぁね」と返し、それから一呼吸置いた。
「でも、人が少ないってことは、モンスターがいるかも知れないってことなんだよ」
「あ、もんすたーいるんだ……」
アリスは、呆然とした声でビリーに返した。
勿論、「オメガピース」にいた頃のアリスも、街から少し離れるとモンスターがウロウロしていることは知っていた。
「私のいた世界と、一緒ですね」
「そう。だから、ここでは人間とモンスターが共存しなきゃいけないんだ。
下手に刺激すると、僕たちを襲ってくる」
「怖いですね……」
アリスは、ビリーにそっと告げた。
すると、ビリーは思い出したようにアリスの顔を覗いた。
「そう言えば、アリスはこの前、剣士を召喚しようとしたよね」
「いつでしたっけ?
毎日食べてばっかりだから、忘れました」
「就任式の日。庭園で殴り合いがあったじゃん」
「あー、そう言えば呼んでいたような気がします」
アリスは、その時トライブを召喚しようとしたことを、ようやく思い出した。
そこでおもちゃの剣を持った子供を出してしまったきり、召喚という2文字から遠ざかっていたのだった。
「で、そこでアリス、誰を呼ぼうとした……?」
「うちの……、じゃなかった。『オメガピース』の最強の剣士、トライブ・ランスロットです」
「ちゃんと、人間まで特定してるじゃん。でも、呼べなかったよね」
アリスは、無言でうなずく。
「ほら、あれ聞いてて……、来て欲しいという言葉はあったけど、気持ちがなかったね……」
「本当ですか? 一生懸命呼んでいたような気がしますけど……」
――私の大事な女剣士、召喚っ!
アリスは、あの時自ら言い放った詠唱を思い出した。
最後はがむしゃらになって叫んでいたのだった。
「普段、接している関係だったら、来て、とか、来い、で大丈夫だと思う。
でも、96年前の世界からアリスは呼ぼうとしてるんでしょ」
「そうです……。時空を超えてしまうと、難しいんですか」
「難しいよ。だって、一度今の世界を離れることになるわけだからさ。
祈るような気持ちでお願いしないと、たぶん来てくれない」
アリスは、ビリーの顔を見つめた。
ビリーの表情は、硬かった。
「そ……、そうなんですね……。
あぁ、なんかビリーがライフシアを呼んだとき……、強く叫んでいたような気がします」
「そう。あくまで、あれは小手先のテクニックだけどさ」
ビリーは、アリスの耳元に口を近づけた。
どうやら、ここから先は周りに聞かれて欲しくない話のようだ。
「召喚が成功する一番の鍵は、たった一人、その存在だけを呼んでる、と訴えかけること」
「えっと……、プロポーズみたいなものですか?」
「うん。プロ……、いや、なんか違うなぁ……」
ビリーが、アリスの例えに苦笑いを浮かべた。
それから、もう一度アリスの耳元で告げた。
「それと、信頼関係が薄いうちは、名前を言った方が振り向いてくれるかもしれない」
「あー、なるほど……。
何となーくわかったような気がします」
「ホントに分かった? なんか、そんな目をしてないように見えるけど」
ビリーが薄笑いを浮かべるのを、アリスが笑いながら見ていた。
ただ、その時アリスの心の中は決まっていた。
今度こそ、トライブをこの世界に呼びたいと。
方向音痴と言わないでください(byアリス)
ここで召喚の話が出てきたと言うことは、今回も召喚シーンありそうです。
応援よろしくお願いします。




