第23話 アリスが寝ている間の出来事③
離れの壁にかかっている時計を見ても、まだ12時を少し回ったくらいの時間だ。
夜明けになっているわけがない。
にもかかわらず、周辺の空がうっすらとオレンジ色に染まり始めた。
ビリーは、窓の前にしばらく立ち、それからアリスの寝ている布団へと向かった。
「おい、アリス! アリス!
いま、外が大変なことになってるよ!」
ビリーは、アリスの肩を軽く叩く。
すると、アリスはゆっくりと体をビリーに傾けたものの、目を開けない。
代わりに、寝言を口にし始めたのだった。
「あぁ~、グロサリさんの丸焼き、脂がのってておいしい~! A5ランクのお肉ぅ~!」
これこそ、グロサリが聞いたら、ひっくり返る言葉ではないだろうか。
「……んもぅ! アリス、完全に夢の中だ!
しかも、夢の中まで食べてるじゃん……!」
ビリーはアリスを起こすのを諦め、着替えずに外に飛び出した。
離れを出て角を曲がったところで、ビリーは目の前の光景を前にして震えた。
「火事じゃん……!
たぶんこれ……、ドリー領に続く山のほうだ……!」
ビリーは、暗闇の中でひときわ輝いているオレンジ色の光を追った。
山の中腹が燃えていることは間違いなかった。
そして、立ち込める煙とその先に居座っている暗闇で、そこから山頂のほうがどうなっているかは分からない。
だが、ビリーの目線が山頂の方から再び中腹へと戻ったとき、そこにほとんど炎はなかった。
「ちょっ……、炎が高速で移動してる……?
これ、山が燃えてるとかいうレベルじゃない……! 燃えてる何かが移動してる……。
そ、そんなバカなことが……!」
ビリーは、頬を数回叩き、見ている世界が異世界ではないことを確かめようとした。
だが、炎が山のふもと、そしてグロサリの農場へと突き進んでいることには変わりがなかった。
山の上から高速で転がり落ちてくる巨大な岩が、炎を纏っている。例えるとすれば、それしかなかった。
「これ、寝ている家とかに入られて、火をつけられたら、領民がひとたまりもない……!」
ビリーは、炎が迫って来ることを知っての上で、炎に向かって走り始めた。
アレマの平和を守る王室騎士団を、同時に二人召喚できるビリーが、この局面を恐れてはいけなかった。
だが、そのうちの一人は属性的に召喚できないことを、ビリーはこの時点では気が付かなかった。
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「ここに、間違いなく炎がやって来る」
広いグロサリの農園の北端に、ビリーが立った。
その先200mもしないうちに、山頂へと駆け上がる坂が始まっている。
ここで食い止めれば農場に被害が及ばないものの、食い止めなければ、農園も、下手をすれば家も焼き尽くされる可能性がある。
ビリーは、そう読んだ。
だが、次の瞬間、夜空に不気味な声が鳴り響いた。
『今日からこの地は、炎の聖獣フレイムフォックスの住処となる……。
人間どもの営みも、我が体に纏う炎の前に、灰となって散るがよい……!』
「くっ……、単純に炎が山を駆け下りてるわけじゃないのかよ……!
フレイムフォックス……。少なくとも、モンスター図鑑では思い出せない……」
ドリー領との境界には強いモンスターが現れる、という話こそ知っていたものの、ビリーが書庫で読んだ図鑑には、「現れる全てのモンスターが網羅されているわけではない」と、半ば逃げるような形で書かれていた。
向こうの言う通り聖獣だとすれば、書かれていない、そして未知のレベルのモンスターということになる。
やがて、空に立ち込める煙の中から、体長10mはゆうにある獣が1匹、2匹……、瞬く間に10匹以上、その姿を現した。
この時点まで、ビリーとの距離は600mしかない。
ビリーには、一人目の戦士を召喚するしか選択肢が残されていなかった。
「不可能を斬り裂く風を呼び、未来へと導く光を纏う、誇り高き女剣士よ。
我が大地の命運を、いまその腕に託す。
その魂が許すなら、我が声に応え、凛々しくも勇ましき一撃を下せ。
そして、この地にもたらせ! 穢れなき、正義の輝きを!」
もはや時間がないだけに、ビリーの詠唱も相当早口になる。
それでも、アリスの口から出てくる言葉を思い出し、96年後の世界に祈りを捧げる。
「降臨! 剣の女王、トライブ・ランスロット!」
オレンジ色に焼け続ける空に突き刺すような、青白い光がビリーの前で湧き上がった。
そのシルエットの中から現れるのは、強敵を打ち砕く強い意思を持った、女剣士トライブ。
フレイムフォックスがすぐ近くに迫る中、その目は早くも相手を睨みつけていた。
そして、青白い光が完全に消えると、トライブは念のためか、ビリーに顔を向けた。
「あの炎の獣を食い止めるの? それとも、傷もつけちゃっていいの?」
「どっちでもいいよ。
でも、相手は聖獣って言ってたから、ここから追い返すくらいでいいと思う」
そう言いながら、ビリーはもう一度空に手を伸ばそうとした。
その瞬間、トライブの鋭い視線がビリーを貫いた。
「まさか、炎の聖獣を相手に、キングブレイジオンを呼び出すんじゃないわよね」
「しまった……!」
キングとクイーン、二人揃って王室騎士団だと錯覚していただけに、その片方からツッコミを入れられるまで、ビリーはどちらも召喚する気満々だった。
同じ属性の魔術は、全くダメージを与えられない。
冒険者にとって基本中の基本と言っていいレベルのことを、この時のビリーは忘れていた。
逆に言えば、この後クイーンが一人で、10体を超えるフレイムフォックスと戦わなければならないということだった。
「1対10かよ……。
クイーンは性格的に諦めないけど、どう考えたって無理だろ……!」
すると、ビリーの吐いた弱音に、トライブが口を挟む。
「無理じゃないわ!
1体ずつ追い返せばいいじゃだけない。
アレマの大地が焼き尽くされるのを最小限に食い止められれば、私たちの勝ちよ」
その言葉を残して、トライブは一人でフレイムフォックスの群れに立ち向かっていった。
すると、フレイムフォックスの群れの何体かがトライブの動きに反応して、ちょうどトライブを避けるように左右に散り始めた。
『剣士が一人で迫って来たか……!』
ビリーの耳にもはっきり聞こえるような声で、フレイムフォックスが笑う。
それでも、トライブの足は止まらない。
「はあっ!」
フレイムフォックスが身体に炎を纏いながら、今にもトライブに飛び掛かろうとしている。
その相手に、トライブがアルフェイオスを横に振った。
普段とは持ち方を変え、あえて鋭い刃をフレイムフォックスに見せていない。
「クイーンの一撃で逃げるか……、逃げないか……!」
ビリーは、なるべくトライブから離れるために、物置まで走って、その影に隠れた。
視線の先にフレイムフォックスが映り込み、時折見えなくなることもあるものの、アルフェイオスに迫られた相手は、そこで向きを変え、トライブからは逃れた。
それでも、山の方に戻る気配は見せない。
「まずい……。
クイーンが剣を振った相手から、どんどん畑の方に向かってる……!」
トライブが狙ったどのフレイムフォックスも、トライブの左か右に逃れ、他のフレイムフォックスがそうしているように、畑へとひた走っていく。
ついには、トライブの目の前からフレイムフォックスが残らずいなくなってしまった。
群れの先頭は、早くも畑の中で土を食べ始めている。
「これ……、本当にまずい展開になってないか……!」
ビリーが半ば裏返った声で叫ぶその前を、トライブがフレイムフォックスの群れに向かって駆けていった。
さぁ、フレイムフォックスとのバトル、どうなるでしょうか!
応援よろしくお願いします!




