第3話 イオリ草ハンター・アリスの珍道中①
チリンチリン!
「はぁい」
領主の館の玄関に吊るされた鐘が鳴り、リビングで横になっていたアリスは玄関へと駆けていった。
扉を開けると、そこには白髪のおばさんが袋を二つ持って立っていた。
「アレマの東の端で契約農家をやっている、グロサリと申しますが……、もしかしてあなたが領主さん」
「え……、はい……」
1週間前にビリーが招待した就任式を除けば、領民が領主の館に現れることはなかった。
アリスが領主であることを忘れかけるほど、領主としての仕事がほとんどない。
それだけに、突然現れた来客に戸惑うしかなかった。
「噂に聞いたわよぉ~。オバサンじゃなくて、おばかさんなんだって~」
グロサリは袋を床に置いて、アリスを抱きしめた。
農作業で鍛えたのだろうか、腕の力が強く、アリスは体が少しだけ絞られているように感じた。
「はい、私が変なおばかさんです。で、領主です」
「意外と、領主はやることないのよねぇ……。
主人も、5年くらい前に領主をやったけど、仕事がなくて、
館のお金を一文無しにして帰ってきたけど」
「そうなんですか……」
目の前で得意げになって話すグロサリの夫が、どのような性格の人物かをアリスは知る由がない。
だが、領主とは言え下手なことをやっていると、次の領主に変わるときに館が無一文になっている可能性もあることだけは分かった。
お菓子ばかり食べ続けているアリスの背筋が凍ったのは、言うまでもない。
「で、今日は春の野菜を持ってきたからねぇ。
キャベツでしょ。水菜でしょ。それに……、生えたてのイオリ草」
「イオリ草ってなんですか……?」
「辛いスープに似合う、舌の痛みを和らげてくれる不思議な草。
去年の春にいた領主は、ものすごく激辛料理が好きだったから、今年も持ってきたの。食べて」
「激……、辛……?」
普通の料理のフードファイトと、激辛料理のフードファイトは、天と地ほどの差がある。
「オメガピース」で、ソフィアから激辛麻婆豆腐の店に誘われた時に、それははっきりと分かっていた。
「激辛、好きじゃないの? まぁ、女の子だものねぇ」
「そうとも言えないです……。
激辛料理を食べられる女も、私知っていますので」
「そうなの……。それ、アレマのどこにいるの?
それとも、バルゲートにいるの?」
グロサリの口から次々と発せられる質問に、アリスは数秒間グロサリから目を反らし、考えるしぐさを見せた。
まさか、「オメガピース」のことをここで公言するわけにはいかないからだ。
「えっと……、もう死んじゃいました」
「えー、この歳で友達の死を見ちゃったの。大変な境遇を持っている領主ね……」
グロサリがアリスの肩を軽く叩いて、微笑んだ。
「頑張ってね。私は、どんな領主でも応援してるから」
「ありがとうございます!」
アリスは、館を出て行くグロサリに大きく手を振り、やがてドアを閉めると、ため息をついた。
「ソフィアさんを勝手に殺しちゃった……」
いくら、アリスを「オメガピース」から追放した一人だとは言え、ソフィアに対して恨みは何一つない。
それにも関わらず、思い付きで言ってしまう悪い癖を、アリスはその場で反省しなければならなかった。
「ビリー、ごはんの素がきたーっ!」
アリスは、グロサリが持ってきた野菜の袋を開けた。
言うまでもなく、先に舌なめずりをしたのはアリスのほうだった。
「ごはんの素……? 海苔とか、しらす干しとか……?」
「野菜ですよーっ! 東の方に住むグロサリさんという人が作った野菜なの」
「へぇ……。こんなにいっぱい持ってくる契約農家の人、今まで召使いやってて見たことないよ」
ビリーも、アリスが袋から取り出した野菜を興味深く見ている。
「この……、イオリ草って野菜……?
激辛料理に合うから、去年の領主がたくさん食べてたみたいです」
「去年の今頃は……、まだいないなぁ。
僕が召使いを始めたのは、3ヵ月前だし……」
「そうなんだぁ……。
ビリー、いろいろ物知りだから何年も召使いやってるのかと思ったー」
「そう見られてもおかしくないよね。
で……、アリス。激辛料理は苦手だって?」
「あ……」
アリスは、一度取り出したイオリ草を、不自然に見えないように袋に戻そうとした。
激辛料理に合う、という言葉を言ってしまった時点で、この先アリスの食事に激辛料理が出てくることになるのは間違いないものの、アリスが何人前も食べられない料理とビリーに気付かれた瞬間に、毎食激辛料理になってもおかしくないのだった。
「やっぱりアリス、表情を見てるだけで何かやらかしたこと、分かるね」
「はぁい……」
ビリーは、イオリ草だけいったん袋から取り出し、「イオリ草」とペンで書いてからそれを戻した。
グロサリは同じサイズの袋を二つ持ってきたのに、イオリ草だけでそのうちの一つの袋からあふれ出てしまいそうな量だった。
その4時間後。
「アリス、普通のごはんだよ」
クローゼットの整理という名のお菓子食いつぶしをやっているアリスに、ビリーが声を掛けに行った。
アリスは、いつもより明らかにワンテンポ遅れて振り返った。
「激辛……?」
「そう、激辛。北のシオリアサイド山で取れた香辛料いっぱいの、牛の肩ロースステーキね」
「牛がいっぱいですか? それとも香辛料がいっぱいですか?」
「僕の言った言葉の順番、思い出してごらん?」
「なんか、牛いっぱいじゃなさそうな感じがします……」
とりあえず、アリスはそれ以外の料理を当てにして歩き出した。
だが、ダイニングに近づくにつれ、アリスが鼻をひくひくし始めた。
「完全に香辛料ですね……」
「でも、痛くないって。イオリ草入ってるんだから」
ビリーの言葉が言い終わった時に、アリスはダイニングに入った。
食卓の中央には、大皿に赤いデコレーションがされた何かが鎮座していた。
「これ……、もう牛じゃないです。香辛料丼です」
「アリスね……。領主になってからずっと思ってたんだけどさ……」
食べ過ぎ。
「やっぱり言われたああああああああ!」
ビリーがぼそっと呟いた言葉を、アリスは体を震わせながら聞いた。
1日3食、プラス、クローゼットのお菓子。この時点で言われて当然ではあるのだが。
「あの……、食べることが幸せなんです。
だから、香辛料いっぱいだと食べられなくて……、悲しくなります」
「でもさ、考えてごらんよ。
僕たちは、契約農家があって、献立に困らないくらいの食べ物をもらっているけどさ。
領民は、みんな貧しいと思う」
「あんな表情をしてても、私たちが羨ましいって思うんですね……」
「きっとそうじゃない?
だから、せっかく頂いた食材に感謝しないと」
ビリーは、決して怒っているわけではなく、これからアリスが楽しく食べて欲しいと訴えかけるような表情を浮かべていた。
それを見て、アリスは自然とうなずくのだった。
「いただきまーす」
アリスは、ご飯よりも前に、問題の牛肉を口に運んだ。
デコレーションされた香辛料と、牛肉の下に敷き詰められたイオリ草を一緒に。
ぱくり。
「あれ……? ほとんどピリッとしない……」
アリスは、思わずビリーに振り返った。
匂いは確かに香辛料だったのに、舌にこれでもかと襲い掛かってくる激痛感が全くない。
それを背後から見ているビリーが、信じられないという目でアリスを覗き込んだ。
「本当に……?
そ、それくらいイオリ草って辛さを消してくれるんだ……」
ビリーは、アリスの皿から料理を取ることはしなかったが、少しだけ鼻を近づけ、香辛料の匂いがすることをはっきりと確かめた。
逆に、やられたような表情さえ見せている。
「じゃなかったら、これは偽物の香辛料になっちゃいます。
じゃあ、ちょっとイオリ草なしで食べてみますね……」
アリスは、ここで調子に乗った。
すぐ横でビリーが3回うなずいて、直後に「ん?」と振り向いたのが、アリスにはすぐ分かった。
そして、食べた。
「からあああああああい! み、み、みずうううううう!」
第3話は、いろいろ物語が動きますが、あくまでも今回出てきたイオリ草のストーリーです。
いよいよ、本格的なバトルに巻き込まれてしまうのでしょうか?
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