第21話 勇者(笑)アリスの大冒険①
アリスの体が「オメガピース」の救護室に運ばれてから、はや2時間半。
ソフィアの前から一瞬だけ消えて戻ってきた後、トライブはアルフェイオスを持っていなかった。
「トライブ、剣はどこにしまったの?」
トライブは、その問いかけに剣を探すしぐさも見せなかった。
「王室騎士団で戦ってるって、さっき言ったでしょ?
どうしても、二人じゃ勝てないから、炎の戦士にアルフェイオスを預けてきたの」
「トライブが、そんなことやるの珍しいじゃない。
剣に命でも懸けてるんじゃないかって思うくらい、自分の武器を大事にするのに」
「大丈夫よ。
アリスのことだから、そんな時間を空けずに、私を召喚してくれると思う」
そう言いながらも、トライブは鞘に手を伸ばして、アルフェイオスが刺さっていないことを感覚で確かめる。
戻されるときに持っていなかった剣を、トライブが一緒に持ち帰るような便利なシステムではなさそうだ。
「でも、そんなことやって大丈夫?
アリスたちが、アルフェイオスをおもちゃ代わりにしたりしてない?」
「しないとは思えないけど……。
だいぶ前に、アルフェイオスに『バーカ』とペンで書かれたときは、私、本気で怒ったわ」
「『バーカ』って。あはははははは! アリス、やりたい放題じゃない。
トライブが何と言って怒ったのかも、何となく分かる」
「ソフィアに言わなかったっけ。
この剣は、私や、その前の使い手が味わった勝利の喜びとか、共にした傷とか、いろいろなものが詰まってる。
アリスの落書きは、その大事な思い出をなかったことにしちゃうんだって……、たしか言ったと思う」
そこまで言って、トライブはアリスの眠っているベッドに目をやった。
先程から少しずつ輪郭が薄くなっていくことに変わりはなかったが、体がかすかに動いているようにも見えた。
「それはそうと、こっちの世界のアリスも、今のところ生きてはいるようね」
「でも、相手は永久転送。
薄くなった後にどうなるか、私もトライブも、想像するしかないのだから……」
「それは、そうね……」
その時、救護室のドアを軽く叩く音が聞こえた。
「この優しいノック、もしかしてミシア?」
トライブがゆっくりとドアに向かい、ドアを開けると、その前にはミシア・ロックハートが立っていた。
「オメガピース」のソーサリーマスターであり、史上最強の氷雪系魔術の使い手とされる、黒髪の女魔術師。
「オメガピース」の内外で、「絶対零度の創造主」と言われるほどの実力だ。
ミシアが、ゆっくりとした足取りでベッドに近づく。
「ミシアも、アリスのことが気になってるんだ……」
「そうね。
さっきジルに、理論上はあり得ない永久転送が現実に起こってるって聞いて、気になって来てみた」
ミシアは、眠ったままのアリスの体に手を近づけ、アリスの体から流れてくる気を手で受け止めるしぐさを見せた。
すぐに、ミシアが曇った表情をトライブとソフィアに見せる。
「なんか、何者からエナジーを吸い取られている、ということは間違いなさそう。
私の使ってる属性とはまた違うけど、エナジーを吸い取る力は、何もしなければ死しか待っていない」
「そうなんだ……。
同じように、相手から熱を吸い取っているミシアだからこそ、今のアリスがどういう状況か分かるんだ……」
ソフィアの声に、ミシアはうなずいた。
だが、それから1秒も経たないうちに、ミシアの首が何かに反応したかのように動き出した。
「ミシア……?」
「他の世界から呼ばれているような気がする……」
ソフィアは首を左右に回し、トライブとソフィアと、アリスしかいないことを不審がるような表情を見せた。
「他の世界って……。
私と同じように、転送されそうってこと……?」
「なんか、そういう感じがする……。
私を讃えているような、そういう感じの言葉がうっすらと聞こえてくるけど……。
トライブは、さっきからどういう感じで転送されてるの?」
「心を突き刺すような、アリスの言葉が聞こえてきて、それからあっちの世界に飛ばされている。
ジルは、『嫌だ』と心の中で叫んで止めたけど、私はアリスが心配だから、あの声に応えてるわ」
「なるほど……。
じゃあ、そんな突き刺すような声じゃないから、断ってもいいわけね」
そう言い放ったミシアを、トライブとソフィアは心配そうに見ていた。
それから数十秒経って、瞬きするほどの時間でもこの世界からミシアが消えなかったのを見て、3人はほぼ同時に息をついた。
だが、それは同時に、96年後の世界とのリンクが、トライブとアリスだけの問題ではなくなり始める瞬間でもあった。
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「アリスさ。
次の王室騎士団」、いつ呼ぶの?
相変わらず、この暑いのに扇風機だけの執務室で昼寝をしているアリスのもとに、ビリーやって来た。
アリスは飛び起きて、左右に首を振ると小声で「はぁ」とだけ言った。
「だから、早くトライブを召喚しないと、剣を返さなきゃいけないじゃん!」
「あ、そうでしたね……」
マスターウォール戦で、トライブがほぼ捨て身の作戦でキングブレイジオンに渡したアルフェイオスは、未だに領主の館に保管してある。
剣を持ったまま、コロッセオから領主の館に戻って来たものの、どうせすぐにトライブを召喚する時が来るだろうと思って、その場で呼ばなかったのだ。
それから、半月近くの歳月がたってしまったのだ。
「でも……、この世界の時間の流れと、あっちの世界の時間の流れ、たぶん違うと思うんです。
たしか、クイーンも前に言ってたと思います」
――召喚されてるせいで、私のいる世界とは時間の進み方が全く違うのね。
「よく思い出したね。
最近、僕があまり転送とか召喚の知識を言わなくなったから、忘れちゃってるのかと思った」
ビリーが感心したような表情を見せると、アリスはかすかに笑い、それから自信たっぷりの声で告げた。
「で、その時間も分かりますよ!
こっちの世界の半月だから……、あっちの世界では1年くらい経ってますよね!」
「経ってない。
てか、元の世界の方が時間の流れが遅いってどういうことだよ」
「あ、私寝ぼけてる……?」
アリスは、頭を軽く撫でて、執務室の端に立てかけたままのアルフェイオスに目をやった。
持つべき剣士がこの世界にいない、トップクラスの破壊力を持つとされる剣は、どこか寂しそうだった。
「アリス。
96年前の世界と僕たちのいる世界の時間の流れってさ、
単純に計算するとこっちの世界で半月だと、向こうの世界で15分くらいなんだ」
「15分。それしか経ってないんですね。
あー、じゃあ、クイーンが剣を失って、私と同じように『オメガピース』を追放されて路頭に迷うことはないですね……」
「道連れにしないの!
というかさ……」
ビリーが、アルフェイオスを数秒間見つめて、静かにうなずいた。
「たぶん、あそこで剣を投げたということは、元の世界で戦える状況じゃないってことだと思う。
例えば、こっちの世界に転送されたアリスを探しているとか……。
ひょっとしたら、元の世界で倒れてるアリスを看病……、なんてことないか!」
「ビリー、なんかクイーンのことだから、しばらくは心配して、そんなことするかも知れないです。
ただ、クイーンは心がタフなんで、私がいない『オメガピース』での生活も、すぐに受け入れると思います」
そこまで言い残して、アリスの口が止まった。
それから、アリスはゆっくりとアルフェイオスの前まで進んだ。
「私も、今まであり得なかった日常を受け入れたくなってきちゃったなー」
「あり得なかった日常?
それって何だよ……?」
「せっかくここに強い剣があるんで、私、勇者になります!」
「は……?」
ビリーの戸惑う表情が、アリスの目にはっきりと浮かんだ。
アリスが勇者になったら……、どうなっちゃうんでしょ。
こんなアリスに応援よろしくお願いします!




