アイのある風景
純愛物を書いてみたかったのですが、意図したものとは異なる結末になってしまいました。
※ガイドラインを一応確認して、R18には当たらないと判断し全年齢対応とさせていただきました。
ある都会の町に、ひとりの男が暮していた。
男はまじめでよく働き、会社でも人望厚く、上司後輩問わず大層慕われていた。
そんな男を憎からず思っている女性も少なからずいた。
しかし、男はいい年になっても結婚するどころか、恋人を作る気配すらみせなかった。
見かねた上司や同僚は、見合い話を持ち込んだり、合コンのセッティングをしたりと世話を焼いたが、男はいっかな興味を示さなかった。
実は男には、すでに連れ合いがいたのだった。
ただその連れ合いは人間の女性ではなかった。もちろん狐狸妖怪変化の類でもなかった。
その連れ合いとは、リアルな女性の造形をした等身大の人形であった。
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10年ほど前、男がスマホでまとめサイトを時間つぶしに閲覧していた時のこと。
たまたまポップアップ広告を消し損ねてしまい、とあるサイトに飛ばされてしまった。
そこは高級リアルドールを販売しているメーカーの通販サイトで、商品紹介のページにはきれいな衣装を着たきらびやかな女性の写真であふれていた。
暇を持て余していた男は興味本位で、女性を閲覧していった。
不幸にも、いや幸運にも、そこで彼は出会ってしまったのだ。
頭の先からつま先まで、彼の理想とする造形美を備え持った一人の女性に。
男は一目で彼女に魅了された。
最高級品を謳うだけあって、彼女は相当に値が張ったが、親の遺産が入ったばかりで少し懐が暖かかった男は迷わず彼女をカートへと誘った。
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数日後、男のもとへ「家具、ワレモノ注意」との偽装商品札が貼られた大きな段ボールが届けられた。
男は丁寧に開封し、緩衝材を取り除き、あられもない姿の等身大ドールと対面した。
間近で見るドールはせつなげで哀しげで、それでいて艶めかしくて、ようするにエッチだった。
男はその女性を『瑞枝』と名付けると、事前に準備しておいた下着やら衣装やらで瑞枝を着飾っていった。
あられもない姿よりも、むしろ幾分エッチ度が増したように見えた瑞枝を見て男は我慢できなくなった。
その夜は、男は精も根も尽きるまで瑞枝を愛し続けた。
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その日から男と瑞枝の蜜月生活が始まった。
仕事帰りにはどこにも寄らず、瑞枝が待つわが家へと一目散に帰ることが常だった。
休日は2人でいちゃいちゃして過ごし、日が暮れるまで愛を確かめ合った。
時には旅行にまで二人で出かけ、老舗旅館の女将をドン引きさせたこともあった。
男の愛情は本物だった。
男は瑞枝のメンテナンスもかかさず、常に抗菌石鹸で大事なところを丁寧に洗浄し、ベビーパウダーで肌の張りを保ち、それがために今に至るまで購入時の輝きはまったく損なわれてはいなかった。
ただ、男にも疚しいところがないわけではなかった。
ボーナスが入った頃に、ふと興味本位でリアルドールのサイトをちらと見てしまったことがあった。
ざっと見た限りでは瑞枝以上に興味をそそられるようなドールは見受けられなかった。
そんな日の夜はいつも以上に瑞枝を深く愛してしまうのだった。
男なりの贖罪であった。
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ある夜のこと。
その日の男はいつも以上に賢者モードに陥ってしまっていた。
(俺はこんなにも彼女を愛している。でも、彼女から愛のお返しを受け取ったことがあるだろうか)
(俺から一方的に愛を注ぐだけだ。彼女は動かないししゃべらない)
(当たり前だ、彼女は人形なのだから)
(分かっているさ、でも……)
まだ洗浄前の瑞枝を寝間に残したまま、彼は粗末なものをぶらぶらさせてベランダへと向かった。
都会の夜には珍しく、星空がやけに美しく見えた。
(そういえば、今宵は七夕か。織姫と彦星はどれだろう)
天文系に疎い男は、とりあえず一番明るい星に向かって手を合わせて祈った。
「神様、愛しあう男女がたまさかの逢瀬を楽しむこの夜に、私もひとつ願いをかなえて欲しい」
「たった一夜でいい、瑞枝を人形ではなく人間にしてもらえないでしょうか」
「瑞枝を人間にしてください、人間にしてください、人間にしてください」
男は流れ星に祈りを捧げるように、一身に願った。
その時、こと座のベガからわし座のアルタイルの方にかけて一つの流れ星が駆けて行くのが見えたような気がした。
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とんとんとん、とリズムよく包丁を叩く音が響く部屋で、男はまどろんでいた。
鼻腔からみそ汁のいい香りが入ってくる。
男は不審に思った。誰かこの部屋にいる。
本格的に目が覚めた男は匂いと音の根源と思われるキッチンの方をおもむろに見る。
そこでは裸身にエプロンだけを着用した細身の女性がネギを刻んでいた。
「あ、お目覚めになりましたかご主人様」
「き、君は……」
振り向いた女性の顔を見て男は二の句が継げなくなった。
いつも切なくて悲しくて艶めかしい表情を浮かべている見慣れた顔の女性。
彼女が普段と違って顔いっぱいで笑顔を作って男を見つめていた。
「瑞枝です。ご主人様」
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奇跡が起きた。
神様が自分の願いを聞き入れてくれたのだと、男は思った。
初めて聞く瑞枝の声は意外にハスキーで、挙措動作はきゃぴきゃぴせず若女将のように落ち着いていたけれど、これはこれでありだなと男はひとりほくそ笑んでいた。
しかし、神様がもし男の願いを聞き入れてくれたのだとすれば、この奇跡は永続的なものではない。
たった1日、生涯一度の希少な宝石のごとき大切な時間だ。
愛することは是非もないが、何をすればいいのか。
そうだ、自分はいつも瑞枝にたっぷりの愛情をそそいでいたが、それはあくまで自分本位のものだった。
瑞枝がどうしたいかを聞くべきではないか。
瑞枝主導で二人の時を過ごすなんて最高ではないか。そう思って男は瑞枝に尋ねた。
「瑞枝、君は何がしたい?」
「どういう意味です、ご主人様」
「なんらかの力によって君は人間になった。でも、おそらくそれは一時的なものだ」
「そうなのですか? 私にはなにがおこったのかよく分かりません」
「別に構わないよ。だが、今まで僕は君にたっぷりの愛を注いできた」
「そうですね、ご主人様」
「だから、今日は君の方から何かしたいことがあればリクエストしておくれ。どんな希望であっても僕は付き合うよ」
(もちろん、夜にはたっぷり愛し合うけどね……)
そんな気持ちを押し殺しつつも、男は瑞枝の気持ちを聞こうとした。
「私は……」
「うん?」
「外にお出かけしたいです」
「遊びに行くのかい、いいね、どこへ?」
「それは……」
瑞枝はもじもじして、はっきりと自分の気持ちを言い出せないようであった。
男はそういったしぐさもかわいいなと思いつつ、限られた時間がもったいないので瑞枝を急かした。
「どうした瑞枝。なにを言っても驚かないから正直に言ってごらん」
「本当に何を言っても驚かないですか」
「僕と君とは10年も同じ時を過ごした仲じゃないか。言いたいことは何でも言ってよ」
「では……」
瑞枝は居住まいをただすと、緊張した面持ちで男と向き合った。
「私はここの部屋を出て、外の空気をたっぷりと吸いたいのです」
「じゃあ、どっか公園でも一緒に出掛けようか」
「いえ、そうではなくて……私、一人で出かけたいのです」
「一人で?」
「ええ、私はこの家に納入されて以来、ずっとあなたと一緒に過ごしてきました。そしてあなたから四六時中、1年365日、毎日毎日ずっと、そのセッ……"営み"の相手を務めるよう求められてきました。そのために作られた人形ですから、否も応もありません。与えられた境遇は甘んじて受け入れます」
「ですが、こうして晴れて人間として動けるようになった上に、ご主人から許可をいただけるなら、今日一日私を開放していただければと切に願います」
男はショックを受けていた。
淡々と話す内容が男の考える瑞枝のイメージとは真逆だったからである。
「……その、瑞枝。君は僕と愛し合うことが、好きじゃなかったってこと?」
「いえ、先ほども申し上げましたように、仕事は仕事としてきちんとこなしていきます。私はプロフェッショナルであり、プロダクトでもありますので」
「……いや、そういうことを聞きたいのではなくて」
「失礼しました。ご主人様が話しやすい雰囲気を作ってくれたので、少し発言が過ぎました」
「いや、いいんだ。続けて」
「ご理解いただけて恐縮です。ご主人様。あと、ついでですのでもうひとつだけ言っていいですか?」
「……なんだい、瑞枝?」
「その、瑞枝って名前がどうも古臭くて嫌で……できれば今日を機に改名させてもらえませんか」
「え……?」
「私こんなナリですが、実はギャル風が好きだったりします。例えば、樹利亜とか杏奈とか愛梨とか、そんなのがいいです」
「瑞枝もいい名前だと思うけど……」
「古風でいいとは思いますが……ちょっとシワシワネーム入ってるっていうか……」
男は動揺して、思考回路がショート寸前になっていた。
星の光に導かれて起きた奇跡は、男を置き去りにしようとしている。
「まぁ、好きに名乗っていいよ。君の名前だし、ははっ……」
「やったぁ、じゃあ、えーと……杏樹にしますね。今から杏樹と呼んでください」
「ええと、じゃあ杏樹。これから君は……」
「お許しがいただけるのであれば外出したく存じます。もちろんご主人様をないがしろにするつもりは毛頭ありませんので、ご夕食の時刻までには必ず帰宅いたします」
瑞枝、もとい杏樹が男をじっと見つめてくる。
男は観念したようにため息をつくと、杏樹の希望に対して許可を出した。
「ありがとうございます! ご主人様」
杏樹が初めて作ってくれた味噌汁が湯気をたてているお膳を前にして、男は呆けたように座っている。
それを横目に、杏樹は外出用の衣装を嬉々として選んでいた。
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時刻は午後3時。
つけっぱなしのテレビでは人気バラエティの再放送が流れているが、男の耳にはまるで会話が入ってこなかった。
気を落ち着けるため、好物のルマンドの袋を開け一つ二つ頬張ってみるも粘土のような味しかしない。
男は気もそぞろで、ひとところにとどまっていることもできなくなり部屋の中をぐるぐる歩き回る。
(夕方まで待つなんて無理だ。瑞枝、もとい杏樹がどこにいるのか探しに行こう)
矢も楯もたまらず、男は自宅を飛び出し街へ向けて駆け出していた。
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男は存外あっさりと杏樹を発見した。
駅前の繁華街か、郊外の大型ショッピングモールかどちらかにいるのではないかと見当をつけ、男はまずは駅前へと向かった。
その途中にある公園のベンチで、美味しそうにアイスクリームを頬張る杏樹がいた。
(あぁ、杏樹そんなもの食べて……おなかの中は掃除できないんだぞ)
(あれ、今は人間だから大丈夫なのか、よく分からないぞ)
どうでもいい疑問を抱きつつ、男は茂みに隠れて杏樹の様子をじっと眺めた。
アイスクリームを食べ終えた杏樹は、立ち上がるとおしりをパンパンと払ってきょろきょろとあたりを見回し、駅の方へと向かって歩き始めた。
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男は杏樹から一定の距離をたもって尾行する。
身体のラインにピッタリ沿ったキャミのワンピースを着た杏樹に対し、すれ違う男たちが振り返りざまじとっとした視線を送っている。
かわいい3:エロい7ぐらいのを空気を醸し出している杏樹の装いが、どうしても男たちの視線をひきつけてしまうようだ。
(ああ、お前ら、僕の杏樹をそんな目で見るんじゃない)
しかし、その衣装をネットショップで購入したのは男自身なので、ある意味自業自得である。
杏樹はウインドウショッピングをしながら、弾むような足取りで歩いている。
心からうきうきしている、そんな表情をしている。
もちろん、男は杏樹のそんな顔を見たことはなかった。
長い時間かけて駅までの道のりを歩くと、杏樹は一軒のカフェへと入っていった。
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カフェに入った杏樹はメニューをひとしきり眺めた後、呼び出しボタンを押す。
やってきたのはすらっとしたイケメンの店員で、杏樹はそのイケメンと会話を始めた。
その様子を、男は二つ離れたボックス席から伺い見ている。
(まだスイーツ食べるのか。そんなに食べたら太るぞ)
(って、今は人間だけど、元はドールだから大丈夫なのか?)
「店員さん、この店のお勧めは何ですか?」
「そうですね、パフェなら大体美味しいですけど、一番人気はストロベリーチョコパフェですね」
「おいしそう! じゃあそれいただきます」
「ありがとうございます。ところでお姉さん、このあたりには遊びに来るのは初めてですか?」
「どうして?」
「いえ、あまり見かけない人だなと。お姉さんみたいな美しい人一度見たら忘れませんから」
「いやだ、お上手なんだから。そうね、あまりこの辺は詳しくないの」
「良かったら案内しましょうか? 僕、あと1時間ぐらいで上がりなんですよ」
「いいの? だったらお願いしちゃおっかな」
(なんだあのクソ店員、仕事中にナンパするなんてプロ意識のかけらもないのか!)
男は歯噛みしつつも、割って入る度胸もなくじりじりした思いで二人の会話に聞き耳を立てていた。
ふいに、男はとんとんと肩を叩かれ振り返った。
「あの、ご注文がお決まりでしたら、お聞きしますけど」
「あ、ホットコーヒーを」
「ブレンドでいいですか」
「あ、はい……」
不愛想な女性の店員が厨房の方へと歩いていくのを見届けると、再び男は杏樹の方へと視線を戻す。
杏樹と店員の会話はまだ続いていた。
杏樹の顔は、さきほどウインドウショッピングの時と同じぐらい、いやそれ以上に楽しそうに見えた。
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杏樹はカフェが入っている雑居ビルの通用口付近に立っている。
私服に着替えた店員が「おまたせー」といった感じで現れ、杏樹と並んで歩き始めた。
その様子を、男は少し離れた電柱の陰から覗いている。
(あいつはとんでもないクソ野郎だ。今日会ったばかりの、しかもお客様を店外デートに誘うなんて)
(杏樹も杏樹だ、そんな薄っぺらい野郎にほいほいついていくなんて、危機意識がなさすぎる)
ふたりは駅前の繁華街をおしゃべりしながら楽しそうに歩いている。
時々は盛り上がっているのか、やだもう的な感じで杏樹が店員をはたいたりしている。
心なしか、二人の距離が物理的に縮まっているようにも見える。
店員が常に車道側を歩いている、そんな気遣いさえも男にとっては気に入らない。
「きゃっ」
ふいに杏樹が躓きよろけた。
ナンパ野郎が杏樹の肩を支える。
「大丈夫?」
「ごめんなさい、ちょっと躓いちゃって」
「かかと高い靴なのに、歩かせすぎちゃった僕が悪かったよ」
彼は慣れた手つきで杏樹の手を取る。
杏樹も違和感なく彼の手を握り返す。
「疲れてない? ちょっと休憩しようか」
2人は手をつないだまま、歩調を合わせ駅の方へと向かってゆっくり歩いていく。
駅に到着すると、構内をまっすぐ歩いて駅裏の方角へと通り抜けていった。
(あぁ、杏樹そっちは……)
駅の裏は居酒屋や飲食店に交じって、スナックやキャバクラなどが立ち並ぶ夜の町といった性格を持つ場所だった。
店舗数は多くないが風俗店もその中にはいくつかあって、その歓楽街を抜けた先。
2人はまっすぐにそちらへ向かっている。
(杏樹……瑞枝、瑞枝……)
いつしか二人は手をつないでいなかった。
ナンパ男が杏樹の肩を抱き寄せ、杏樹は彼の肩にしなだれかかるようにして歩いている。
とある建物の前にさしかかると二人は歩みを止め、一瞬の後すっと中へと潜り込んでいった。
男は二人が消えた建物前へと急いで駆けていく。
入口のガラスは半透明で中をうかがい知ることはできない。
ドアの横には「ホテルリトルチャペル」と書かれた、一見豪奢で、よく見ればチープな看板があった。
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杏樹が帰ってきたのは午後8時を回った頃だった。
「ご主人さま、遅くなってすみません。いまから夕食作りますね」
「悪いけど先に食べちゃった」
「ほんとに申し訳ありません」
「いいよ、全然ほんとに」
杏樹は買ってきた夕食の材料を冷蔵庫に仕舞おうとして、いそいそと玄関を上がってくる。
出迎えに立っていた男とすれ違う時、ふっと、男が今まで嗅いだことのないシャンプーの香がふわっと広がった。
「あ、ご主人様、私先にお風呂に入っていいですか」
「……杏樹もお風呂とかに入りたいの」
「え、ええ。いろいろ歩き回ったから埃っぽくなったみたいで」
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深夜、男が寝ているベッドの隣で杏樹も同じように横になっている。
杏樹は壁側に向かって寝ているので、起きているのか寝ているのか表情をうかがい知ることができない。
男はおそるおそる、杏樹の肩へと手を伸ばす。
男の手が触れた刹那、杏樹の身体がこわばったのが分かった。
が、男は触れるのをやめない。
前の方へとそろそろと手を伸ばしていく。
「……ご主人様」
「なんだい」
「すみません、今日はちょっと疲れてしまったようです。どうも、そういう気分になれません」
「でも……君が人間でいられるのは今日だけかもしれないんだよ、だから」
「おっしゃることは分かります。ですが……」
「ですが?」
「今日だけだからこそ、お願いですから今日だけは……」
「……分かった」
男は杏樹から手を引き戻すと、ごろん反対側へと向きを変えた。
その後は会話もなく、背を向け合った男女が同衾している部屋で、エアコンが冷気を吐き出す音だけが響いていた。
そして日付が変わる頃になって、七夕の奇跡は終わりを迎えたのであった。
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翌朝、男は目覚めとともにベランダのカーテンを開ける。
夏の青空が一面に広がり、朝日を全身に浴びる。
なんだかよく分からないけど、妙に気持ち良い朝だ。
男は今この瞬間にもメラトニンが分泌されて脳が活性化されていっている、そんな気がした。
ベッドの方を見ると、そこには杏樹という名の人形が居た。
表情に乏しく、話しかけても返事をしてくれない、少し露出の多い寝衣を着てる、一つの人形が居た。
男はしばらくその人形をじっと見つめていた。
そして、しばらく後に立ち上がるとケトルで湯をわかしコーヒーを淹れる準備を始めた。
男はテーブルにつくと、マグカップを片手にスマホをポチポチといじり始めた。
男はとあるサイトを見ていた。
初めてリアルドールなるものの存在を知った、きっかけとなったサイトだった。
男は小一時間ほど吟味して、納得がいったかの表情で、一つの商品をカートに入れて決済を行った。
そして男は、押し入れをごそごそとまさぐり、折りたたまれたひとつの段ボールを取り出した。
段ボールを広げていくと結構な大きさになった。
段ボールには、「家具 ワレモノ注意」と書かれた紙がひらひらとぶら下がっていた。
男はその紙を裏返すと「不用品、引取り希望」と殴り書きして、側面に貼り直した。
男は大きく広げた段ボールを組み立てようとして、ハタと気づいたように手を打った。
「そうだ、梱包テープがないな。買ってこなくちゃ」
男はスウェットを脱いでいそいそと着替え始める。
その背中を、人形が表情もなくじっと見つめていた。
ー了ー
寓話的、童話的な感じの文体にしたかったんですが、私には難しかったようです。