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現実世界の異国人との恋愛系

カースト上位の俺が国を捨て、カースト外の少女と結ばれるまで

作者: 湯原伊織

「頭を引っ込めろ!! 敵に気付かれた!!」


 聞こえてきた声に反応して、頭をさげると同時に銃声。隣にいた同僚が倒れる。

 先ほどまで仲良く話していた友の至る所から血が吹き出す。


「ルペスがやられた!!」


 止まらない涙。だが、感傷にも浸れないこの状況。世の中は本当にクソだ。ルペスのように4歳からバスや市場で物売りをしなければ生きていけなかった奴がこんな理不尽な死を向かえるなんて…


世の中には親の脛を齧って高度な教育を受け、ただの惰性で生きているだけの奴もいるのに…


「ルペスの仇!!」


 俺は銃を構えて撃つ。相手の部隊の一人の腕に命中し、そいつは銃を取り落とす。それを見ていた俺たちの隊長は、


「突撃、このまま押し切るぞ!!」


 と号令を出して、先程の襲撃から生き残った仲間たちが駆け出す。


「距離が近くなったから散弾銃を使ってきたぞ。あまり、固まるな!!」


 争いをする俺たちの銃声や怒声が密林に響き渡る。


 いつどこで、命を散らすかわからないこの争いは夜を向かえることで、幕を引くことになった。どうやら、敵は闇夜に紛れて隊長格の奴が逃げ出したらしい。まぁ、仲間の部隊のやつがそう言っていたが相手の作戦かもしれないので完全に信じてはいけないが…


 ひとまずは生き残れたようだ。俺は懐にしまってあった複数の手紙を取り出して、眺める。


『もう、一月が経ちましたね。あなたが捕まえたカブトムシの世話は思ったよりもめんどくさいです。霧吹きしないといけないし、喧嘩しないように個別に飼育ゲージを分けないといけませんでしたよ。捕まえて逃せば良いのに我が家にそのまま、10匹も1つのカゴに入れて置いていくのはいかがなものでしょうか。はやく、日本に帰ってきて、引き取ってください。カブトムシたちも待っています。  菜月より』


 そういえば、珍しくてカブトムシをたくさんとってしまったな。あいつら元気でやっているかな。しかし、てきとうに捕まえた虫でも世話をしてくれるなんって彼女は優しいな。俺も日本に行けるなら彼女に会いたいな。


『もう、2ヶ月は経ちましたよ。いったい、いつになれば日本に戻ってきますか? あなたに懐いていた芝犬のモモちゃんが寂しそうに窓の外をいつも見ています。 はやくモモのために帰ってきてください。あなたがくる日を楽しみにしています。』


 モモちゃん、可愛いんだよね。俺は猫派なんだけどあの犬は撫でたり、顎の下を触ってあげたりすると喜ぶんだよね。本当に日本の犬は可愛いわ。


『あなたと一緒に育てた葡萄が実りました。巨峰で美味しいです。あなたにも送りますので食べてください。そして、美味し物をたくさん用意しておくので、できれば一緒に食べたいです。』


 ああ、あの時のぶどうね。美味しかったな。俺も一緒に食べたいわ。


『パキスタンとの戦争にあなたが参加することが決まったことを知りました。どうか、無事でいてください。いつもあなたの身を案じています。』


 …母親をはやくに亡くした俺には理想の女性像というのがよくわからないけど。こうやって心配してくれる人がいるのは嬉しいものだな。


「サイ・ヴァハドゥールいるか!」


「ハッ、サイ・ヴァハドゥールはここにおります」


 突然、この部隊の隊長であるアンシュ・カナル隊長に声をかけられ、慌てて敬礼をする。


「隊長殿、なにかありましたでしょうか」

 俺の顔を見た後にため息をついた。いったいどうしたというのだろうか。


「本部から連絡が入った。すぐに第2基地まで戻るようにとのことだ」


「は? 第2基地ですか? まだ、この地域の紛争は収まっておりませんが…」


「いいから、すみやかに行け。これは軍部の参謀本部からの指令だ」


 下っしたっぱが参謀本部からの指令で前線から基地に異動? 想像がつかないな。嫌な予感しかしないぞ。これはなにかあったな。だが、ここで考えても仕方ない。俺は野営地から速やかに荷物をまとめて、第2基地に向かった。


☆★★


 久しぶりに帰還した俺は、2週間ぶりのシャワーに歓喜。もう前線に出たくないわ。このシャワー堪らない。そういって我ながら引き締まった自らの体を手で叩き。鏡に映る自分に微笑む。


 鼻歌まじりに基地に設置されている自分の連絡ボックスから手紙を取り出して、宛名が菜月からであることを確認し、微笑む。


「…菜月」


「サイ!! 基地に帰ってきたのならば速やかに作戦司令部にくるようにいっていませんでしたか?」


「キャー、変態よ! 男性のシャワールームに女性士官が入ってきたわ。助けて、犯される!!」


「あなたがいつまでもきてないからここまできたの。私の親切に感謝してほしいくらいなのに。本当に失礼ね」


 俺の叫び声に対して、冗談が通じなかったのか同期のレミィが不満顔をしている。


「すぐに向かいますからと本部の方に伝えておいてよ。現在、サイは本部のお歴々に失礼がないように身だしなみを整えておりますとね」


「わかったわ。本当にすぐにくるのよ」


 そういって、レミィは駆け出していった。


「くそ、どうやら手紙を読むのはお預けのようだな」


俺はすぐに軍服に着替え、中央小会議室の扉の前に来た。


「サイ ヴァハドゥールです」


「入りなさい」


 呼び出された本部の中央小会議室に入ると、サガル少将と数名の士官がそこにいた。


「急に呼び出してすまないな。サイくん、私は君をこどものように…」


「サガル様、次の会議が迫っております。すぐに本題にお入りください」


 女性士官の声を聞き、ため息を吐いた後、少将閣下は


「お父上であるクリシュナ・ヴァハドゥール大将がお亡くなりになった」


 と言って顔をふせた。


「暗殺だ。君のお父上の部下だったものの話では部屋に入った時にはすでに鼻から血を流して亡くなっていたようだ。今のところ、パキスタン軍のスパイによる毒殺が濃厚だ」


 殺したって死ななそうだったオヤジが暗殺されただと…


「…父の葬儀はいつになりますでしょうか」


「おまえの兄であるルドラ大佐が準備を進めている。明後日のようだ」


「そうですか」


 う、嘘だ。嘘だろ。誰か嘘だと言ってくれよ!!


「ああ、本日から勤務はしばらくしなくても良いように手配してあるから実家に帰りなさい」


「ご好意に感謝いたします。それでは失礼いたします」


 俺は荒れ狂う心をおさえながら、部屋から出て行った。



☆★★


 実家に戻ると、日本に住んで雑貨屋を営んでいるはずの次男のミシュラがいた。そして、奴は何を思っているのか俺を見つけるなり、笑いながら声をかけてきた。


「おい、ひさしぶりだな。元気したか。サイ!」


「…」


 オヤジが死んだのによくこんなにニコニコと笑えるな。我が兄ながらどんな神経をしているんだ。


「オヤジが死んだのになんで笑っているんだって言いたそうだな。まぁ、おまえも軍にいたならわかっているだろうがあの人はいつ死んでもおかしくない場所にいたんだ」


「互いに覚悟ならできているはずだろ? おまえは違ったのか?」


 いつも、常に軽薄な笑みを顔に貼り付けている兄が、真剣な顔をしてこちらを見てきた。


「確かに言葉ではわかっているが、オヤジが亡くなったんだ。そんな簡単に割り切れるかよ」


「だから、軍はお前に向いていないと何度も言っているだろ。それに菜月ちゃんも心配していたぞ?」


 そう言って、いつも通りの軽薄な笑みを顔に浮かべる。


「日本にきたいなら俺がなんとかしてやるぞ? 俺もすこしだけ軍に所属していたからわかるけど、嫌になるだろ? ルドラ兄貴はクソ真面目でオヤジに似ているけどさ。俺たちは違うんだ」


「俺がここにきたのはミシュラ兄と話すためじゃないんだ。親父のところに行かせてくれよ」


「親父なら祈祷部屋に安置されているよ。って、おい、まだ話は終わってないぞ」


 それを聞いた俺はミシュラ兄の止める言葉も聞かないで駆け出した。祈祷部屋につくとルドラ兄がいた。


「なんだ。帰っていたのか」


 俺を見つけるなり、面倒くさそうに顔をしかめるルドラ兄。ご近所の話によると長身でインドの美青年と言えば彼だと言わんばかりの色男らしい。まぁ、基本がマジメの朴念仁だから、女性関係がまったくないのも弟としては心配だけどな。


「これがオヤジの…」


 俺は兄の前にある棺を見る。


「できるだけ、顔をふいて綺麗にしたつもりだがな」


「苦しんでなくなったんだな」


 毒殺とは本当に酷いな。顔が苦しみで歪んでいるのがわかる。きっとすごく苦しかったんだろうな。無念だろうな。


「そうだろうな。だが、軍人とはそんなものだ。おまえも、いやならさっさとやめろよ。私たちの一族が武家の名門とはいえ覇気のない奴には務まらない仕事だ」


「大佐の兄貴には下っ端の気持ちがわからないのかな? 親が死んでるんだ悲しませてくれよ。仕事の話なんてあとでいいだろう」


「ふっ、大佐? 俺は既に少将だ。大将の位が空いたのでな。私の上司がそこに座り、私がその後を引き継いだのだ」


 俺の話など聞いてないのだろうか。かなりご満悦にそんなことを言ってきた。


「まるで、オヤジが死んだことで役職があがってうれしいみたいなことを言うなよ」


「今は戦時だ。勝つことだけに集中するべきだ。死んだやつのことなんてどうでもいいだろう。本当は葬儀だってこんな時に…」


「こ、こんな時だと!?」


 俺はルドラ兄の言葉にカッとなり、彼に拳を叩きつけてしまった。殴ってから俺は何をやっているんだと自己嫌悪が襲ってくるが、


「おい、オレを殴って何がしたいんだ。図体だけでかくなって中身は子供のままだな。おまえが軍隊に戻ったらその根性を叩き直してやるわ」


 とルドラ兄の言葉を聞き、余計にムカムカしてきた。親が死んでも軍を優先するために戦争のことを考える。そんなのって、人としてどうなんだ。


「動揺していたんだ。殴ったのは悪かった」


 俺は憮然としながらも、謝罪をした。


「親父の顔もみたし、もう部屋に戻るわ」


 そう言って俺は何か言いたげな兄貴を残して、部屋を出る。どうしても、早くこの部屋から出たかった。そう、まるで逃げ出すように走ってでもさ。


☆★★


 自分の部屋に戻った後にぐちゃぐちゃな思考を整理するため、椅子に座りながら色々と考えていたら、


「おい、サイいるか?」


ミシュラ兄がノックもしないで勝手に部屋に入ってきた。


「勝手に入ってくるなよ。いまは本当に話したい気分じゃないんだよ」


「どうした? 菜月ちゃんからの手紙を読んでいないのか?」


「そういえば手紙が届いていたな。まだ読んでないわ」


 あまりにも急にオヤジが亡くなったことを知ったから、彼女からきた新しい手紙を読むことを忘れていたわ。


「なら、今すぐに読めよ。特に落ちこんでいるならなおさらな」


 そう言って念をおして、勝手に俺の鞄をまさぐり入っていた手紙の束から最新の日付のものを俺に渡してきた。俺はしぶしぶ、便箋をあけて、手紙を読む。


『日本では日増しに秋の気配が濃くなってきました。サイ、あなたと出会ったのもこれくらいの季節でしたね。私が実家から逃げ出した芝犬のモモを探していることを聞いたあなたは台風で雨の中にも関わらず、モモを見つけ出してくれました。あなたに抱えられているモモを見た時はどれだけ、嬉しかったことでしょうか。あなたは気が付いてなかったかもしれませんが、私はその時からあなたに惹かれていました。』


 日本語で長文を読むのは辛いな。だけど、あなたに惹かれていましたって…


『あなたと毎日、隣同士だから一緒に通った中学時代は楽しいものでした。いつも私をからかおうとしていたのは癪でしたが…』


 いやいや、癪でしたがってなんだよ。俺は一生懸命に彼女のために日本語を覚えて、声をかけていただけなのにな。


『それも今ではいい思い出ですね。だって、今はあなたが隣にいません。それどころか日本にもいません。そして、このまま、あなたが日本に戻れないのではないかと心配しています。』


 俺だって、できれば菜月の隣にいたいよ。誰が好きこのんで、こんな戦地に来ると思うんだよ。オヤジと親族の意向だよ。


『他にもたくさんの心配事がありますがあなたに伝えたいものは2つあります』


 2つも心配事があるの? 心配性だな。


『1つ目はあなたに私の思いが伝えられないことです。あなたも薄々とは気が付いていると思っていますが私はあなたを愛しています。できればこの思いの返事をいつか欲しいです。でも、あなたのことだから、I love you and Momoなどと言って笑いながら誤魔化すんでしょうね』


 愛しているって!? 菜月が俺を? 俺は彼女のことをずっと思っていたが、国が違うから彼女と共にいれると思っていなかったし、だから、この思いも伝えないでこっちにきてしまったが…


 まさか、女性の方から伝えられるとは…


『2つ目はあなた自身を心配しています。ただ、元気で生きていて欲しいと思っています。好きになった人ですから、ただ微笑んでくれるだけで嬉しいです。私の思いは受け入れられなくてもただあなたに幸せに生きていてほしいです。』


 こんなに俺のことを心配してくれる人はいただろうか? いや、家族ですら軍で活躍することを願っているだけで、それ以上のことは…


『いつも、あなたの無事を祈っています。 あなたを愛する菜月より』


 最後の文面は卑怯だよな。俺だって、君のことを…


「ミシュラ兄、俺は軍をやめるわ」


「そうか。それで?」


 ニヤニヤと笑って気持ち悪いな。だが、ミシュラ兄らしいな。


「菜月を抱きしめる」


「それでこそ、俺の弟だ。」


 そう言って微笑む兄は優しい目をしていた。


☆★★


 葬儀が終わった後、軍を去る手続きを行った。そして、空港の飛行機に乗り込み、長時間のフライトを終えた俺は到着手続きを済ませて小牧空港の出口へ向かう。


 半年ほど日本にいなかっただけなのに懐かしい。指定された駐車場の入り口を見ると白い帽子をかぶった女性がこちらを見て、走り寄ってきた。


「ただいま、菜月」


「おかえりなさい。サイ」


 そう言って抱きついてきた彼女を受け止め、空を見上げる。インドの空と同じように青い空に大きな雲が流れている。


 今、確かにこの瞬間、俺は生きている。彼女の温もりを感じて、一層そう強く思った。そして、どうせいつかは死ぬのならば好きな人と一緒に人生を歩いていきたい。彼女の声を聞いて俺はそう思ったのであった。

 お読みいただきありがとうございます。



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