1ー9 : 最強の悪魔
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「……いいぞ、もっと言ってやれジョーゲ!」
魔法カードを目隠しや、バリアに使う機転に、素早い逃げ足!
窮地に追い込まれた勇者に、最弱のプリンセスは、ほがらかに笑った。
「どあはは! 正義さんよ、たっぷり味わえ! これが、悪魔の力だぁ!」
右パンチ!
左パンチ!
頭突き!
「サーユはド強いぜ! 支援魔法しか使えなくても、世界中の誰よりも勇気を持ってる!」
目からビーム!
「悪魔と友達になる勇気すら持たないお前が! 笑ってバカに出来るような、そんなヤツじゃあねぇ!」
角からビーム!
「さぁどうした? ほら来いよ、正義の味方ぁ!」
口からビーム!
ドラゴンの体の傷は、すでに全快していた。
「キサマ! キサマッ……!?」
あまりの展開の早さに、連続攻撃をモロに喰らってしまった勇者だったが、われにかえって、瞬間、テレポート魔法でビームの弾幕を脱出!
回復魔法を自分にかけて、体力を回復!
さらに飛び上がって竜に連続で斬撃を放つ。
「この悪魔! さっきまで瀕死だったはずなのに! さっさと死ね! この! この!」
勇者が神聖剣に光を集めて、竜の身体をたたきながら叫ぶ!
「悪魔、悪魔とさっきからうるせー!」
ドラゴンは、勇者を殴った。
えぐるような一撃だった。
「勇者は大ピンチのプリンセスを助けに来なかった!」
「なら、悪魔が、勇者の手からプリンセスを助けて、何が悪い!」
「正義を盲信して、オレの友達を苦しめた勇者なんかに! オレは負けない!」
ドラゴンが、勇者の腹の上から肝臓を殴りつける!
「ウォォォォォォォォ!」
「ガァァァァァァァァ!」
燃え盛る城の上空で。
激しく戦う二つの影を見つめながら、プリンセスは、つぶやいた。
悪魔は正義の味方じゃない。
そんなのわかりきってる、
でも、その肝心の正義が、ウソ、ごまかし、まやかしだった。
なら、悪魔とは、一体なんだろう。
血を流して、高笑いして、正義と、戦い続ける悪魔はとはなんだろう。
友達のために戦って、苦しんで、それでも前を向いて進む悪魔とは、私にとってなんだろう。
ふいに、プリンセスの口が動いた。
「……がんばれ悪魔! 負けるな悪魔! 踏ん張れ悪魔!」
「おぅ!」
サタンは、気軽な返事をした。
そのスキをついて、勇者から放たれた炎、水、雷、氷、草、土の魔法が、プリンセスに向かって降り注ぐ!
ドラゴンは、「プリンセスに向けられた」全ての魔法の軌道を、そらし、はじき、対消滅させて、防御した。
「ぐ! 自分に一発もらっちまった!」
すぐさま、ドラゴン反撃!
口から吐き出されたビームが、魔法を飲み込んで勇者に迫る!
「このサタン! 後ろを守りながら、勇者である私を――押してるッ!?」
「当たり前だ! 神より強いから、おれたちは敵名乗ってるんだ!」
サタンに関する噂は何一つ真実ではなかった。彼らは乞食でも盗賊でも邪教を信じる恐ろしい悪魔でもない。それどころか面白おかしくて、ユーモアも分かる存在だった。
邪神に悪魔、堕天使、魔人、魔物に妖精、怪物、悪霊ですら心はある。
それなら、仲良くすれば友達だ。
誰か知らない人が勝手に決めたことなんかに……、
自分の心、決められてたまるか!
正義が、ウソ、ごまかし、まやかしなら!
私たちはみんな! 誰でもみんな、悪魔だ!
そうだ、悪魔は、みんなのヒーローじゃない。
悪魔は、「私の」、
「私だけの」ヒーローなんだ!
私だけのために、「みんな」と、戦ってくれるヒーローなんだ!
だから、プリンセスは、腹の底に力をこめて、声の限り叫んだ。
「悪魔いけ――――――――――――――――――っ!
正義を倒せ――――――――――――――――――っ!」
……正義を倒して、私を救って!
少女にとって、サタン《悪魔》は、もはや、敵ではなかった。
「まかせろ!!」
悪魔は、勇者に噛み付いた!
「ぐっぐぁぁぁ!」
悪魔の一撃が、身にまとった神聖な装備を貫いて、勇者の体から血が噴き出す!
「この!」
キバから逃れようと、双剣が振るわれた。
パキン!
攻撃を防いだ竜殺しの聖剣が折れた!
ポキン!
反撃に使った対悪魔用の神聖剣がひしゃげた!
「んなもん効くかぁ――――――ッ!」
悪魔は……、なんと不思議な生き物だろうか。
視点を変えれば、言葉も姿も、すべてが変わる!
西洋では大悪魔のドラゴンも、東洋では神そのものだ!
神には、竜殺しも、悪魔破りも効かない!
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
噛み付かれたまま激しく揺さぶられ、腹部からの大量出血!
勇者の顔が痛みでゆがんだ。
「お、おい、勇者様、悪魔にやられてないか?」
遠めに闘いの一部始終を見ていた王族や貴族、騎兵、近衛兵たちがざわめきだす。
「勇者が負けたら、王都は終わりだぞ!」
「もうダメだぁ!」
「こうしちゃおれん! 逃げろ!」
「みんな逃げろ!」
「ま、待て! 私を置いて逃げるな!」
勇者は、血を吐きながら手を伸ばしたが、騎乗していたペガサスまで背を向けて飛んで行ってしまった。
ドラゴンは、危険な自分のすぐ隣で、それでも自分を応援しているプリンセスを見て、つぶやいた。
「みんなのヒーローは、みんなからド離れすぎちまったみてーだな、」
勇者の震える手が、折れた剣にすがる。
「それでも! 正義は勝――!」
瞬間、悪魔の爪が勇者の身体を切り裂いた。
どさりと、地面に堕ちた勇者の上半身がいまわのきわで、つぶやいた。
「ば、バカな……光の勇者、正義の使者が闇の悪魔、ドラゴンに敗北するなど……」
「これはダチの受け売りなんだけどよ、相手の心をさかさまに見ること、それが悪魔なんだってさ」
しかし、勇者と悪魔、二人は名刺を交換していなかった。
だから、最期の言葉の意味は、お互い、通じなかった。
最期まで、正義は、悪と向き合うことがなかった。
悪役 vs ヒーローの勝敗は、必殺技も使わない、あっけない幕切れだった。
「友達になれば、悪魔は「簡単に」倒せたのに……」
名刺を斬り捨てさえしなければ、死ぬことまではなかったと、プリンセスは、さびしそうにつぶやいた。
あのとき、破れた一枚のカードは、未来への可能性だったのだ。