1 : ドラゴンと姫君
はじめましてです、よろしくです
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ァボンッ!
と、音を立てて、お城の屋根に、極大の爆発が起こった。
「……」
プリンセスは、真っ白のお城が、真っ赤な炎に包まれ崩れていくのを静かに、見上げていた。
その顔は能面のようにクールで無表情であった。
「……私、今まで知らなかった。」
乙女は隣にいるドラゴンに、静かに告白する。
「……悪いことって、楽しい!」
その言葉を聞いて、真っ赤な色のドラゴンは明るく笑った。
「どあははははははっ! よく言ったプリンセス! そら燃えろ燃えろぉ!」
ドラゴンが、口から金色の熱戦をビビッと吐く!
ポンポンポンポンッ!
「正義」の名を冠されたギリシャのお城、そしてそのとなりに建っている白い壁の食糧庫が余熱で炎上!
エーゲ海の暑い潮風とともに、中にたっぷり蓄えられていたパンが爆発して、空からパンの雨が降ってくる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「もう一週間も何も食べてなくて」
「まさかドラゴンに、メシをおごられることになるなんて……」
近くに居た枯れ枝のような体の町民たちは、正義から解放されて、口いっぱいに甘いパンをほおばっていた。
みんな、満面の笑顔だ。
国の定めた、食料制限は、正しいこととされていたが、苦しかった。
だから、 窮屈な「正しい」は、もういらない!
「ルール守って正しく清く生きるのは、疲れるぜ!」
「……悪なら、心のままに、自由に生きられる!」
「へへへへ!」
「……くすくすくす」
ドラゴンと姫君は、大火事の炎に照らされて、邪悪に笑いあっていたが、
その瞬間!
ッドォ――――――ン!
崩壊する城の壁を突き破り、轟音と神聖な鎧をまとった女が、パン屑と共に飛び出してくる!
「貴様ァァァ! 兵士のための貴重な食料をよくも! 絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
背中には光輝く翼が映えて、頭の上には光のリングが浮いている!
豪速で落下しながらこちらに向かって突っ込んでくる女!
その顔は!
「……勇者サマ? 魔物戦争の最前線に行っていたはずでは!?」
「テレポートだ! セーブポイントに戻って来やがった! 上級魔法つかえるぞアイツ!」
「ルールを破り、魔物からパンを受け取ったものは全員、有罪だ! ドラゴンと一緒に叩き斬ってやる!」
「うわーっ!」
「逃げろ、殺されるぞ!」
やせ細った町人たちが、慌ててクモの子を散らすように逃げていく。
ドラゴンが、プリンセスの前に出る!
「おいお前、せっかくのパンが埃でド汚れるじゃないか!」
「……食べ物、大事。」
「うるさい! 攻撃魔法を覚えられない出来損ないが!」
キンッ!
「おっと、」
落下と同時に突き出された剣先を、ドラゴンは片手を天に上げ、爪先で受け止めた。
ビビビビビッ!
バチバチと、アーク溶接のようにツメと剣の切っ先から火花が飛び散る。
20代の女性とは思えぬ豪腕!
「邪悪なドラゴンめ! 後ろに居るプリンセス、そして非国民もろとも、正義の剣で、叩き斬ってやる!」
勇者が裂迫の激昂、つばぜり合いの剣に力を込める!
剣に魔法の光が集まる!
必殺技の準備モーションだ!
300発の魔法弾を放ち、直後に剣で相手をめった打ちにする、凶悪スキル!
「シィハァ――――――――ッ!」
後ろに向かって放たれた大量の準備・魔法弾を、尻尾を振ってポンポンはじき落とす邪竜!
ダムン!
プリンセスのまさにすぐ足元に、光球が炸裂した!
「……くすくすくす……? あれ、もしかして私、今、命のピンチ?」
「気づくのド遅せーよ反逆のプリンセスぅ!」
ドラゴンが、剣と爪でつばぜり合いをしながら、ツッコミ入れる。
さらに、光り輝く勇者の後ろに人影が、3人も現れた!
全員、血色がよく、筋肉質でお綺麗な鎧を身にまとっている!
「……あぁまずい、勇者の仲間たちも、テレポートしてきた!」
「ど何い!?」
「正義の味方」たちが叫ぶ。
「勇者さま! 邪竜が全力出せない今がチャンスだ! 行っけ――――ッ! 全員殺せ! 滅ぼせ!」
「破ァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ! 滅びよ! 鬼! 悪魔! サタン!」
カッとまばゆい光が走り、覚悟!
とばかりに、少女と竜に向かって、空中から正義の剣が振り下ろされた。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!」
プリンセスは、悲鳴を上げた!
が!
ガキンッ!
しかし、ドラゴンは、勇者の必殺技で全力の一撃を、素手、それも「片手」で受け止めた。
「ば、バカな!」
顔面蒼白になる勇者!
その顔をちらりと横目に入れて、ドラゴンは、後ろのプリンセスを振り返った。
「一瞬でも、ピンチだと、思ったか?」
――大丈夫だ。お前には、オレがいる。
プリンセスの目を見て、ドラゴンははっきり、そう言った。
お前は、この先、たとえ世界の全てを敵に回しても! 何も怖くない、
なぜならオレは――、
「サタンだからだ!」
悪魔【サタン】。
今となってはもうずいぶん昔の言葉で、" 敵 " を意味する単語である。
魔物。悪魔。人間。精霊。そして神ですら。
すべては舌の上で、サタンになった。
これは、昔々、ドラゴンとプリンセスが沢山いたころ。
まだ悪魔と神々が区別なく、地球上で人間をブッ殺していた頃のお話である――