違和感
洞窟を出たのは深夜だった。洞窟と変わらないくらいの暗さではあったが、風がそよぎ頬を撫でる感覚は、密閉空間には無い解放感を感じさせた。松明が燃え尽きてしまったものの、月明かりが夜道を照らし帰路に導いてくれる。
「荷物を回収して帰ろうか」
ミーシャが隠した荷物袋を回収すると、首周りのモフモフを外し袋に収納した。帰路は月明かりがあるとは言っても暗く、朝や昼と比べると戦闘が何倍も難しく感じた。暗さによる距離感の誤差や、モンスターの突然の出没による、奇襲を受ける形になり易いといった弊害が起こった。しかしミーシャの冒険者としてのセンスと経験で村までの戦闘は楽勝だった。
「今日はありがとうございました」
「明日はゆっくり休んで、昼過ぎくらいに出よう」
ミーシャに一礼すると村長の家に入り、部屋にて就寝についた。
目を覚ますと大型TVは朝のニュースが流れていて、昨日の出来事と今日の血液占い、天気予報をやっていた。テーブルには食べ残しのチーズと、生温くなったワインが置かれている。
「リビングで寝てしまったか」
鈴木はテーブルの上を片付けると、歯を磨きシャワーを浴びて自室に戻り、病院へ行く用意を始めた。途中唯美と敬太が起きてきたが、一言二言、言葉を交わすと病院へ向かった。朝のルーチンのカルテの回診から始め、病院の入院患者の回診等、ランチも取れずに忙しく、今日も就業時間があっと言う間に終わり、病院から出ようとすると、連休前に置いた車が無くなっていた。
「私の車はどこだ!?」
病院関係者や受付、警備員に聞いてもわからないと言う。とりあえず警察に電話して盗難の届けを行った。その時対応した警察官が頭がおかしい奴らばかりで腹が立った。税金泥棒どもめ、登録が無いだとそんな馬鹿な話があるか?一昨日それに乗って出勤してるんだぞ!そう言っても登録が確認出来ないの一点張りで埒が明かなかった。むしろ怪訝な顔をして見てくる始末だった。とりあえず無能な奴らを引き取らせて電車に乗ろうとした時に、スーツのポケットに見慣れないスマートキーが入っている事に気づいた、俺はおもむろに開くのボタンを押してみた。
ピピッ
薄暗い奥の駐車スペースから音が鳴ったので、見に行くとそこにはボロボロの中古車が停まっていた。鈴木は混乱しながら中の様子を覗いてみると、中は外見よりも小綺麗になっていたので意を決して、ドアに手をかけ引っ張ってみると、ガチャリと開いた。運転席に座りシートベルトを締め、ブレーキを踏みながらスタートボタンを押すとエンジンがかかった。エンジンがかかった時、少し予想はしていたものの、鈴木は鼓動が早くなるのを抑える事が出来なかった。
「そうか代車を借りていたんだっけ、次の休みにでもディーラーに取りに行くとするか」
誰に言う訳でも無く、車内には鈴木しかいない為、かなり大きな声で独り言を呟いた。蒸し暑いので冷房をつけようとすると全く効かず、パワーウィンドではない為、レバーをグルグル回し、窓を全開にして走り出した。帰宅する頃には暑さで体中が汗でベトベトになり、すぐに風呂に入って汗を流した。風呂から出ると唯美に車の事で話かけた。
「唯美、車検はいつ終わるんだ?」
「えっ!?車検は通したばかりですよ」
「じゃあ何故、代車のままなんだ?」
「代車ですか?」
「うちの車が、ボロボロの廃車寸前になってるんだが」
「ごめんなさい、ちょっとわからないんです」
「ふざけるな、もういい!」
鈴木は唯美との会話が噛み合わず怒鳴りながら自室へと戻った。
「意味がわからない...」
今日あった出来事を自分の中で整理するが、狐につままれるとはこの事だ。国産車は消えボロボロの中古車がうちの車にすげ変わっている。色々考えている内に眠くなってしまった。鈴木は顔をピシャリと叩くとリビングに戻り、妻の手料理を食べると日課の筋トレを始めた。程よく疲労感と満腹感が襲ってきたのでベッドに横たわるとすぐに眠りについた。