認識の不一致
「許可証の提示をして下さい」
許可証の提示を求められたので鈴木はいつも入れている鞄から取り出そうとするが見つからない。
「あれ?おかしいな」
身体をくまなく触って探すが見当たらず、病院に入れて貰えないので困り果てていると、田中看護師長がスルッと横を抜けて行った。
「田中さん!田中さん!」
聞こえてるはずなのに見向きもせずに奥へと消えて行った。
「とにかく通してくれ、急いでるんだ」
「駄目ですよ、許可証の無い方はお通し出来ません」
警備員との問答をしている内に何人もの関係者が腫れ物を見るかの様にして横をすり抜ける。そんな人達と警備員にイライラが爆発し言葉を荒げた。
「俺はここの跡取りだぞ、お前名前は?」
「工藤です」
警備員の工藤さんは怯む事無く名乗った。
「名前を覚えたからな、これで俺の患者が死んだら責任取れるんだろうな!」
鈴木は警備員を恫喝するが、工藤は職務を全うし許可証を持たない人間を食い止めた。
「何の騒ぎだ?」
医院長である鈴木の祖父が現れた。
「医院長聞いて下さい、この警備員が俺を入れ無いんです」
「けしからん!」
鈴木は警備員を睨みつける。
「早く家に帰って引きこもっておれ、この鈴木家の面汚しめ!」
「えっ!?」
鈴木はてっきり警備員が怒られるものだとばかり思っていたので愕然とした。
「あの、えっ。じーちゃん」
「貴様なんぞ孫だと思った事など一度も無い。この落ちこぼれめ!」
思わぬ祖父からの叱責に鈴木は一旦退く事にした。その場を離れすぐに母親に電話をかける。
「どうしたの?こんな時間に」
「どうしたも何も」
鈴木は母親に祖父から病院から追い出された経緯を話した。
「太助、あなた本当に大丈夫?」
「何が!?」
「あなた医師免許持ってないでしょ?」
「何馬鹿な事言ってるの」
「医学部への進学の時に4浪して、医師の道は諦めるって。最近バイト始めたって聞いてママ安心したのよ」
「おかしいのはじーちゃんと母さんだろ、じゃあ今まで俺は何してたって言うんだよ!」
鈴木の問いかけに母親は言葉を詰まらせ無言になった。
「そう言えば唯美さんは元気にしてる?」
急な話題変更且つ地雷発言に鈴木は怒りをぶちまけた。
「何なんだよ全員グルで俺を馬鹿にしやがって!いい加減にしろよ。ふざけんな」
鈴木は電話を切ると地面を蹴った。母親からの着信が何回もあったが全て無視してとりあえず家に帰る事にした。途中いつものコンビニがあった、朝のクレームを入れる為に鈴木は立ち寄った。
「いらっしゃいま...」
明らかに人の顔を見て挨拶するのをやめやがった。怒りが最高潮に達しようとした時、鈴木よりもエライ剣幕で怒っている男が駆け寄って来た。
「鈴木さんさー、今何時だと思ってんの?これ遅刻って時間じゃないよ!ちょっと裏に来なさい」
「あんたさっきから何言ってるんだ、いつ俺がここで働いてるんだよ」
「かー!何かヤバイオーラ出てたけどここまでとは、ウチは辞めてもらって構わないんだよ。アンタの代わりは幾らでもいるんだから、外国人の労働者の方がよっぽど真面目だね」
今日は皆おかしい、発言を要約すると俺は医師じゃなくてバイトを始めたばかり。バイト先はここのコンビニで今日は無断欠勤をしたと言うのだ。
「とりあえず着替え来なさい、あと同じ時間に入ってた人に迷惑かけてるんだから全員に謝っておけよ」
店長なのかオーナーらしき男性はバックの方に歩いて行った。何がなんだか分からない鈴木は混乱しながらコンビニを出ようとした時、袖を引っ張られた。
「鈴木さん、どうしたんですか?一緒に頑張りましょう」
年は3〜4才下くらいの女性がうつむきながら懸命に鈴木を引き止めた。
「違うんだ、これは何かの間違いで」
「最初に一緒にシフトに入った時も言ってましたよね、こんな筈じゃなかったって。でも二人で一緒に仕事頑張ろうって言ってくれたじゃないですか」
「何を言ってるんだ君は」
鈴木が困惑していると、女性がポロポロと涙を流し始めた。鈴木は驚いてハンカチを差し出す。
「...ありがとうございます」
鈴木は女性の涙に弱い、とりあえず話を聞く為ロッカールームへ女性と一緒に向かう事にした。落ち着いた彼女から聞いた話を聞き鈴木は不思議と納得した。妙にリアルな話で作り話にしては稚拙だからだ。
「と言う事は俺の仕事はコンビニ店員で君とコミュ障を治す訓練をすると二人で約束していると?」
「はい」
鼻をすする彼女にハンカチを貸したまま、鈴木は驚きを超え呆れた。何故こんな境遇になったのかは不明だが病院で仕事が出来ない以上とりあえず社会勉強の一環でここで働いてみる事にした。コンビニの仕事は凄く大変で長時間シフト、重い物も運ぶし店内は綺麗に保たなけれはまならず、商品の陳列から品出しに大忙し。時間に忙殺されているとレジにて悶着があった。
「ありがとうございましたー」
「あのさ鈴木さん」
「はい」
「さっきのお客さんに箸いるか確認した?」
「いえ、弁当を買って帰ったので箸はお付けしました」
「なんで確認しないの?」
「弁当だから要りますよね」
鈴木が噛みつくと、オーナーは溜息を吐いて面倒臭そうに説教した。
「あのさ、家の箸で食べる人もいるでしょ?エコって知らないの。あとさ割り箸だってタダじゃないんだから必要なお客さんだけにあげて欲しい訳。ちょっとは頭使ったら何才なの君」
オーナーのネチネチ攻撃にブチ切れそうになった時、ふと過去の自分を思い出す。
「同じ様な事を言ってたな、あの子に」
オーナー越しに見えるあの時の女性店員を見て溜飲が下がった。
「頼むよ」
オーナーは言いたい事を言い終えると足早に去って行った。
「大丈夫ですか?鈴木さん」
この子は心配してくれるいい子だなと思いつつレジで箸が要るか要らないを確認する鈴木だった。




