温泉狂想曲
月光が温泉から上がる湯気を優しく照らし、硫黄の香りは日本人の心を惹きつける。女性陣の鈴の様な会話の声に温泉から見える風光明媚な村の景観に心を癒されていた。鈴木は辺りを警戒しながらアンナとリーゼが温泉から上がったらすぐに自分も入ろうと決めていた。今夜は日中のあのヤバイ暑さは何処かに消え、夜風が少し冷たいくらいだ。温泉の温度と夜の気温を計算するにベストコンディション。昨日よりも更に気持ちいいはずだと鈴木は1人ワクワクしながらその時が来るのを待っていた。
「太助さん」
不意にアンナに声をかけられて鈴木はドキリと驚いた。冷静を装うものの上擦った声で返事をする。
「何かあったか?」
「ちゃんといるかなーと思って」
「ここにいる、ちゃんと見張ってるよ」
「何処を見張っているのかしらね、太助は前科がありますから信用出来ませんわ」
「前科?太助さん何かしたんですか」
リーゼがイタズラっぽく昨日の件や不可視スキルで部屋に入った事をアンナに分からない程度に匂わせてくる。鈴木が焦っているとペタペタと濡れた足音がゆっくりと近づいて来るのに気づき、振り返るとタオル替りの布を巻いたアンナとリーゼがそこに立っていた。
「なっ!どうした?」
2人の美女が湯気に包まれ月の光に照らされて鈴木の前に立っていた。肢体から湯気が立ち上り身体の芯まで温まった頬はコーラルピンクに染まりその姿は麗しく一枚の絵画を見ているようで彼女達に欲情や劣情を抱く事を躊躇わせ後ろめたくさせる程、鈴木には神々しく感じた。鈴木が喫驚し言葉を失っていると。
「ほら!リーゼがこんな事しようって言うから太助さん困ってるじゃない」
「何を仰ってますの古今東西、殿方は女性に背中を流して貰って嬉しく無い訳がありませんわ。そうですわね?太助」
鈴木はまだ少し状況を飲み込めていないが、なんとかリーゼの質問に頷いた。
「ほら太助も認めていますわ」
リーゼが高笑いをしている。だがそうじゃない、鈴木が混乱しているとリーゼが心を読んだかのように答えてくれた。
「太助が日中にコールドクロスを私達の為に買ってくれて、あの冷たい布の事ですわ。路銀の金策も私達の為にしてくれた事だから、アンナがどうしても太助にお礼をしたいと言うので助言してあげましたの」
リーゼの言葉を聞きアンナを見ると先程までピンクに染まっていた頬が赤みを増し、韓紅色になって顔を伏せていた。鈴木はパーティーメンバーに労われ嬉しさのあまり涙を浮かべた。だがそれに気づかれるのは恥ずかしかったので上手く誤魔化すと。
「ありがとう、だけど自分で勝手にした事だから」
鈴木が提案を断ろうとするとリーゼが食い気味に被せてきた。
「太助、つべこべ言わず服を脱ぎなさい。女性に恥をかかせるものじゃありませんわ!」
リーゼの固有スキル 薄暮の覇者が発動しているのか闇夜に瞳が真紅に輝いている。夜の見通しの悪さでもルビーの様に存在感を押し出してくる瞳に逆えず、鈴木はすぐさま服を脱ぎ布で前を隠した。リーゼがお湯をかけ、アンナがハンドタオルサイズの布で背中を洗ってくれている。肌触りはタオルの方がいいなと別の事を考え邪念を抑える、負ける訳にはいかない何故ならリーゼの視野は鈴木の大事な所が見える範囲なのだ。修行僧になったつもりで心頭滅却の境地に至らなければ今後リーゼに頭が上がらなくなる事は明白、鈴木は自分を鼓舞した。
「気持ちいいですか?」
アンナの声が癒してくれる。本当に天国と地獄、天使と悪魔が共存するこの空間に刺激を受けないよう目を瞑りながらアンナの問いに答えた。
「とても気持ちいい、今日の疲れが飛んでいった。ありがとう」
アンナの嬉しそうな声に癒されるつつ、リーゼの小悪魔的な魅惑から逃れる事に成功した鈴木は心の中で勝利を確信した時、腕に舌が這うような感触に気づいた。ゆっくり薄く目を開きながら感触がする腕を見るとリーゼが傷から滴る血を舐めていた。
「美味しいですわ、太助の血」
鈴木の頭の中でタガが外れそうになる、先程までの穏やかな心が嵐の中の荒波の様になり興奮を理性で無理矢理抑えつけた。
「リーゼさん!そういうのは無しですよ」
アンナが止めるがリーゼは悪びれず。
「あら人間の晩酌の様なものですのに、アンナだって温泉に浸かりながら美味しいお酒を飲みたいでしょ?」
アンナをリーゼは上手く丸め込もうとしたが。
「なんかやっぱり違う気がします!駄目でーす」
「仕方ありませんわね、今日は諦めましょう。太助はそのまま目を閉じておいて下さいませ、服を着ますわ」
鈴木は目を閉じるが視覚が無い分、聴覚に神経がいきシュルシュルと肌と服が擦れる音が妙に艶めかしく聴こえてしまう。
「ではお先に失礼しますね」
女性陣の着替えが終わり鈴木はようやく温泉に入れた。
「今日も一日クタクタになったけど、この世界は本当に飽きないな。冒険って楽しい」
鈴木はピシャピシャと温泉で顔を洗うとアクビをした。今日は長風呂は危険なので20分経たないくらいで温泉を出た。身体は温まり夜風に吹かれながら宿屋の自室へ帰った。部屋に戻りベッドに寝そべる、冷房で身体を少し冷ます。身体が脱力するこの瞬間がなかなか爽快だ、鈴木は就寝する為に瞳を閉じた。
不眠不休を発動しますか?
鈴木がいいえを選択しようとした時、誰かの大声が聞こえてきた。鈴木は選択をはいにしてベッドから飛び起きた。




