サーロインステーキ800g
同窓会が終わり二次会に誘われたが、参加はしなかった。学友の顔が見られて満足したのと、これ以上この面子と一緒にいるメリットを感じなかったからだ。鈴木は理由をつけてその場を離れ、一人ステーキ屋へと入った。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「サーロインを800g」
「かしこまりました」
店内はピークタイムで活気に満ちていた。牛肉の焼ける香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、食への本能を呼び起こす。腹は鳴り、この待っている時間が実際よりも何倍にも感じながら、鈴木は黙ってサーロインが運ばれて来るのを眼を閉じ、腕を組みながら待っていた。
「お待たせしました、サーロインステーキ800gです」
鈴木は持ってこられたステーキにソースをかける。すると煙が上がり視界が悪くなるほどだったが、一呼吸すると一気にステーキを口の中に放り込んでいく。噛めば噛むほどステーキから血が滴り舌に広がる、表面の焦げと焼けていないレアの部分から滴る血の味が混ざり合い、食欲を更に加速させる。口一杯に肉を頬張ると野生の肉食動物になった気分になれる、鈴木の心は草原のライオンになっていた。ものの数分で食べ終わると会計を済ませステーキ屋を出た。同窓会では気取っていた為、ろくに食べていなかった事が更に満腹感を感じさせていた。少し腹ごなしに運動でもして行くか、鈴木はスポーツジムで汗を流しに向かった。最初はウェイトトレーニングから始まりランニング、水泳と2時間程身体を動かしたところで帰路に着いた。
「帰ったぞ」
「お帰りなさい、ご飯用意してありますよ」
「外で済ませた」
「さいたーさいたーはながーならんだ」
「最近敬太が歌を歌うようになったんですよ」
「そうか...」
鈴木は唯美の話を聞き終える前に自室に入って行った。鈴木は部屋着に着替えるとスマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし」
「あっ、泰三叔父さん太助です」
「おお、太助君どうしたんだいこんな時間に?」
「この前お願いしてた件なんですが、どうですか?」
「あの件は時間がかかるよ、すぐにって訳にはいかないね。政治家なんてしがらみだらけで大した事は出来ないんだよ」
「そうですか、無理を言って申し訳ございませんでした」
鈴木が電話を切ろうとした時
「そうそう太助君。お盆の時、墓参りに来てなかったね」
「すいません、仕事が忙しくて」
「...そうか、医者という立派な仕事だ人助けをしてるんだ、ただ母さんが太助君の事が大好きだったからな、時間がある時でいいから、会いに行ってやってくれないか、喜ぶと思うんだよ」
「わかりました、今度の休みにでも行ってきます」
「ありがとう」
通話が切れると鈴木はスマホを乱暴に放り投げた。
「役に立たないおっさんだな、使えねー!」
椅子に座って貧乏揺りをしながら爪を噛んでいた。腹の虫が収まらず、周囲のものに当たり散らし壁を殴ったり、ゴミ箱を蹴飛ばしながら大声で叫んだ。
「くそっ!マジ使えねー」
しばらくすると冷静に戻り、部屋を出ると唯美が心配そうに声をかけてきたが、鈴木は無視をしてリビングの壁掛けされている、70インチ大型TVで映画を鑑賞しながらワインとチーズを堪能した。映画も佳境に入りクライマックスが近づいていたが、アルコールが入っているせいか眠たくなってきた。眠い眼を擦りながら映画を観ているとうつらうつらと一瞬寝ていた事に自分で気づく。
「眠い、歯を磨いてベッドで寝ないと」
頭では起きて寝る準備をしないといけないと分かっているものの、瞼が重過ぎて閉まってしまう。鈴木は気がつくとあの場所に帰っていた。