交差する世界
万能感は鈴木を高揚させた。手と短剣は血まみれになってしまったが、医者をしていた鈴木には全く恐怖や嫌悪感はなかった。血まみれになった装備品と、手を早く洗いたいので、鉄のような血の匂いと、ベタベタな感触を我慢しながら、小走りで川へ向かった。
「ふぅ〜、やっと一息つけるな」
鈴木は装備を全て外し、短剣や手にこびりついた血を洗い流すと、返り血で汚れた革鎧を一緒に洗った。革鎧が乾くのを待っていると、5メートルくらい先の対岸に驚くものを見た。二足歩行のトカゲが水を飲みに来ていた、トカゲ人間の質感はとてもリアルで、着ぐるみとかそう言う次元ではなかった。最も近い表現をするなら、ハリウッド映画に出てくる、特殊メイクが施された俳優のようなそれだ。トカゲは一瞬だけ鈴木を見ると興味無さそうにすぐ立ち去ってしまった。
「あれはなんなんだよ、悪夢だ」
革鎧が乾く頃にはすっかり陽が傾き始めていた。帰り道で野犬に襲われた場所に差し掛かった時、陽は落ちて夜道は街灯が無く、月明かりのみが道を照らしていた。陽が出ている時は暑いのに、陽が暮れると少し肌寒い、でも風が優しく吹いて心地良かった。
「いただき」
一瞬の事で何が起こったのか解らなかった。解ったのは腹部が焼ける様に熱く、急に力が入らず抜けていく感覚。地面に横たわった鈴木を見下ろしていた人影は一際暗く、何かを言っているようだが聞こえなくなってきた。痛覚が麻痺し、痛みは無くなってきたが、真冬の寒空の中、裸で過ごす様な凍えるような寒さを感じた。
「寒い...」
鈴木が目を覚ますとホテルの一室だった。
「なんだあの夢、疲れてるのか」
鈴木はスーツを着るとホテルを出て、電車で家へと帰った。
「あなたお帰りなさい」
「パパー」
唯美と敬太が出迎えてくれる。
「ああ」
鈴木は一言そう言うと自室に入った。
「朝ごはんは食べますか?」
「この後、すぐ出かけるから要らない」
鈴木は私服に着替えると、帰宅して五分で自宅を後にした。行き先は同窓会、久しぶりに会う学友のいるパーティー会場を目指した。都心一等地の高層ビルの最上階で開催される同窓会に集まる連中は、揃ってエリートである。日本を代表する大学の医学部の集まりだ、そんな中、注目を集めるのが鈴木である。見た目はモデルの様に華やかで、学生時代から外面は良かったので、誰にでも気さくに話しかけられる。両親は医者で父方の祖父も医者、母方の祖父は政治家と、かなりのサラブレッドときている。鈴木の周りには人が集まっていた。
「太助、俺の事覚えてる?」
「おお、久しぶりだな!」
久しぶりに会う学友と酒を飲みながら歓談する、鈴木の心は曇っていた。この名前も覚えていない男は親族以外で、唯一鈴木の事を名前で呼ぶのだ。そんなに親しくないのに何故か名前を呼んでくる。そんな些細な事を気にする事は無いと言う人もいるかも知れないが、太助にはそれが失礼千万に思えてならなかった。それは自分の名前があまり好きでは無いからだ。少し古めかしい名前を何故自分に付けたのか、母親に一度聞いた事がある。母方の祖母が付けたのだと。祖母は華族出身で、かなりの権力者の娘だったそうで破天荒なところがあったそうだ。孫の私を可愛がり、よく会いに来てくれたものだ。TVゲームを買ってくれたのもこの気質からだったのかもしれない。
「そう言えば太助は中学、高校と生徒会に入ってたんだろ。真面目か」
「ははは」
鈴木は乾いたリアクションを取りながらスルーする。この薄ら寒いノリにもウンザリしていた。鈴木は話を合わせながら、気づかれないようにフェードアウトして、この男から離れた。