怪物
「よくぞここまで辿り着いた」
その声はかなり低く、幼い顔とのギャップに吹き替えされている映画を観ている様な錯覚に陥る。その威厳ある声でマテリオール軍の兵士達を労った。
「この邪教の神を名乗る輩を捕らえよ」
マテリオール軍総大将の命令で数人のマテリオールが少年に駆け寄る。
「ふぅ」
少年が溜息を吐いた途端、冷気が部屋を駆け巡り薄着で冷凍室に放り込まれた気分になった。
「せっかく我が城まで来たのだ、ゆっくりとお茶でもしながら話そうではないか」
少年が取り囲まれながら焦る様子も無く、マテリオールの兵士達の顔をゆっくり見回した。
「ふざけるな!邪教徒め。早くそいつを捕まえるのだ」
マテリオール軍総大将の指示で取り囲んでいたマテリオールが、不敵な笑みを浮かべる少年に近づくと、みるみる身体が凍てつき氷の彫刻と化した。
「なっ!何だと?」
マテリオール軍総大将が困惑していると。
「さあ、座るんだ」
その声に抵抗出来る者は居らず、言われるがままに跪く。その姿は家臣を従える王の様に尊大で、その光景は攻め入られ滅亡寸前の君主とは側から見れば思えないものだった。
「グヌヌ!」
マテリオール軍総大将は頭を垂れるを良しとせず、精神力で支配に抗っている。
「お前がマテリオール軍の司令官か?」
「ふうー、ふぅーー!そうだ!」
「なかなか身なりが良いな。具足の手入れから強者である事が伝わってくる。
「ったりまえ...だ!我ら...マテラ神様...の軍ぞ!」
抵抗虚しくゆっくりとマテリオール軍総大将の頭が下がる。
「そうか...。神なんぞこの世には存在せんがな」
「何を...。魔神を語る...邪教徒め!!」
マテリオール軍総大将は少年を上目で睨みつける。
「ふむ。私は神を自称した覚えは一度も無いのだが...」
「しらばくれるな」
「信じて欲しいとは思わんよ、だが私にはつまらんのだ。この世界は」
魔神は欠伸をして退屈そうにマテリオール軍総大将と話をしている。
「三百年振りに私の元へ辿り着いた猛者が、この程度とは期待はずれだったな」
少年はすっと手を振って下がる指示を出した瞬間、部屋に居た全ての人が氷ついた。
「ち、父上!」
扉よりも外で成り行きを見ていたククリルが叫ぶ。白い靄が足元に流れて来て冷気が漏れる。扉の外に居たククリルを除くマテリオール全てがブルリと身震いした。それが寒さによるものなのか、はたまた恐怖からくるものなのかは定かではない。一つ言える事は少年の姿をした魔神は、溜息一つで下等生物を凍らせ殺せると言う事。
「はぁ、つまらん。つまらん、つまらん、つまらん!!何処ぞに私を殺せる者はおらんのか...」
魔神は苛立ちながら扉の外に居るマテリオール達に問いかける。
「ひっ!」
「に、逃げろ!」
総大将を失った軍は瓦解するのみ、我先に敵前逃亡する兵士達。
「痒い、痒いな」
魔神がボリボリと皮膚を掻くと、ズクズクと見るも悍しい怪物達が、魔神の皮膚から生まれ出て、マテリオールを襲い始めた。
「ぎゃあー!」
「早く進めよ!」
パニック状態に陥った兵士達で出入り口が詰まり、後方に居る者から怪物達に食い散らかされた。手も足出ないとはこの事で戦いにすらならず、マテリオールは完全に戦意を失い、邪教とは言え、神に弓引く自身の行動を悔いた。しかし後悔先に立たず、数十秒の間に魔神から生まれた怪物達は、二百人は居たであろうマテリオールをペロリと平らげてしまった。
「ふぅー、ふぅー」
手で口を押さえ息を殺すククリル。怪物達に見つかれば食べられてしまう。恐怖と絶望の中、ククリルはその時を待った。
「一足遅かったか」
声の方に目をやると何人かの鈴木達が立っていた。
「危ない逃げろ!」
ククリルはそう叫びそうになったが、歯を食いしばり声を押し殺す。
「危なそうな奴等がうじゃうじゃしてますよ」
「害虫駆除如何ですかー?」
怪物達が声に反応して一斉に襲いかかった。
斬!!
「無駄口叩いてないで倒して」
ユミの一刀の元に怪物は斬り伏せられ。
「へいへい」
ザシューー!
カルロの大戦斧に両断される。
「アークブレイブ」
アルテのバフ魔法でパーティーメンバーの体が淡い黄色で輝く。
「アシッドスコール!」
鈴木の魔法で怪物が溶け。
「ファイアブラスト」
エメラルドマリーの炎風により焼き払われた。
鈴木達が怪物を一掃し解放された扉の前に立つと。
「そうかそうか。期待させて落としてからの本命とは、なかなか憎い演出じゃないか」
魔神は満面の笑顔で鈴木達に語りかけた。
「さあ、この戦いを終わらせよう」
鈴木の掛け声にパーティーメンバーが頷く。
「セーブ出来れば良いんだけどな」
鈴木は誰にも聞こえない小声で呟くと先陣を切って部屋へ突入した。




