青年兵 ククリル
魔神城へ出陣前日
夜の帳が降り暗闇の中、微かな月明かりが視界を照らしている。物見台に寝転がる鈴木の耳に男女の話声が聞こえて来た。
「一目見た時からお慕いしております。もしも、この戦いが終わった暁には、私と結婚して頂けないでしょうか?」
声の主はククリル。
「あ、ありがとうございます。でも...」
「他に想い人でも?」
「...そう言う訳では、ちょっとびっくりしちゃって...」
「明日をも知れぬ身、ご迷惑かと思いますが私の想いを伝えておきたく。生きて帰れたならば、私と夫婦になって下さい」
「.....」
「分かりました。悩んで頂けると言う事は可能性が0では無い。それが分かっただけでも充分です」
ククリルは紳士的に一度身を引いた。
「ちっ!嫌なタイミングでスキルが発動しちまった」
鈴木が舌打ちして己の聞き耳スキルを恨んだ。告白された女性がトボトボと歩いて来る。
「ここに居たの?」
崩れかけた物見台の上でボーっとしている鈴木にユミが声を掛けた。
「どうした?」
「ちょっと眠れなくてね」
「そうか」
鈴木につられユミも途方も無く広がる宇宙を無心で見つめた。
「この戦い勝てるかな?」
「どうだろう。まあ出来るか出来ないかじゃなく、やるしかないだろ」
「何それ」
ユミが微笑する。
「一党ならやれるさ」
鈴木はスクと立ち上がり掌を天へと伸ばすと握り締めた。
「そうだろ」
鈴木は笑顔でユミを鼓舞した。
「ええ。そうね」
ユミも鈴木の鼓舞に笑顔で応えた。
翌早朝
ザッザッザッザ
万を超えるマテリオール軍が魔神城へと出陣した。連合の寄せ集めにも関わらず足並みが揃い、勇壮である事は彼等の信仰心の高さが窺える。露払いとしてククリルが先行、魔神城まで一度も魔獣や魔物、敵兵と戦う事は無かった。
「ご苦労であった」
「はっ」
ククリルがマテリオール総大将から労われていた。装備はボロボロになり部下は負傷し、彼の血なのか敵の血なのか分からないが、本隊を温存させる為に激戦を繰り広げたのは想像に難くない。
「これより、魔神との決戦である。よいか!気を抜くでないぞ」
オウ!!
マテリオールの息が合う返事。
「そこの隊長!聞いているのか、お主に言うておるのじゃ。準備は万端か?励めよ、吶喊!!」
マテリオール総大将の下知により攻城戦が開始された。魔神軍の猛反撃もあり一昼夜で進んだ距離は僅か1メートルにも満たなかった。
「死者数は843人負傷者232人。特に西門より攻めた第七連隊の被害が甚大です」
「西門の攻撃を継続しつつ、第五旅団の半分を東門に回すように伝えろ」
「総長!第五旅団を全滅させるおつもりですか?」
「西門は捨てる。しかし西門の守備兵を他の門に行かせる訳にはいかん。残りの兵で足止めさせつつ、援軍を送り難い東門へ集中させるのだ」
「誰が捨て石になどなるか!」
第五旅団の隊長が声を荒げた。
「ふざけるな!我々は多大な犠牲を払った、これ以上ふざけた事を」
ザシュッ!
第五旅団の隊長が総大将に斬り捨てられ、その場に集まった将軍と隊長は動揺した。
「ふざけているのはどちらだ!この聖戦は我々の使命ぞ、マテラ神に命を捧げるのに躊躇するとは何事だ!!この痴れ者め!」
総大将は興奮して目が血走っていた。
「ふぅ、この者の代わりに第五旅団を担う者は居るか?」
総大将の問いにシンと静まり返る。死地に向かわせられるのだ、当たり前である。ただ一人だけ手を上げ自薦した者が居た。
「やはり、お前しか居らぬか」
手を上げて歩み出た青年はククリルだった。
「私がその大任を果たして見せましょう」
「良くぞ申した。我が息子よ」
マテリオール軍の軍幕の外では鈴木達が作戦会議をしていた。
「今日一日様子を見たが西門はキツそうだな」
「流れ矢で死ぬのも嫌ですね」
「私の魔導で焼き払えば良いじゃない」
「いや、魔神戦の為に温存しておきたい。出来るだけ戦わずに玉座へ行ければ」
「なら明日は西門だな」
鈴木の一言にカルロが驚き聞き返した。
「どうやらマテリオールは西門を捨て、東門に戦力を集中させる気だ」
鈴木は聞き耳スキルで軍幕の中の軍議を盗み聞きしていた。
「必ず西門の守備兵も少なくなる、そこから突入するぞ」
皆が静かに頷いた。
翌朝
ウオオオォォォォ!!
マテリオール軍と魔神軍の戦いが始まった。マテリオール軍は作戦通り昨夜の内に東門に主力を集中させ、開戦直後から猛攻を仕掛けた。魔神軍も後手に回ったものの、戦況を直ぐに把握し西門の何部隊かを援軍へと送った。昨日と打って変わり激戦区は東門となり、昼過ぎにはマテリオール軍だけでも、数百人の死者と二千を超える負傷者が出た。
「彼方に気を取られている内に行くぞ」
鈴木は落ち着き始めた西門の攻城戦に参加した。
「石弓で牽制しろ。左端から梯子を掛けろ」
西門の大将に任命されたククリルが忙しなく指示を出していた。
「押せー!押せー!!」
ククリルの必死な号令虚しく、城壁に寄せても兵力が足りず西門が開く気配は微塵も無かった。




