征服王
「冷静になりなって」
「離せ!」
アルテが鈴木の左頬を渾身の一撃で殴打する。鈴木の左側の唇から一滴の血が滴る。
「ててて」
「離しなさい!離さなければもう一度殴りますよ。貴方は見ているだけで良いの、邪魔しないで」
アルテは鈴木を強く睨みつける。
「離せねーよ。だってソイツを殺したくないんだろ」
「そんな事はありません!この冒涜者を戒めるのが私の役目なのです」
「なら何で俺をここに呼んだんだよ。本気で殺してーなら一人で来れば良かっただろ」
「それは見届けさせる為に...」
アルテの語気が収まっていく。
「アンタ」
「ひっ、命ばかりはお助け下さい!盗んだものはお返ししますので」
「見た感じブローカーが居る訳でも無さそうだし、ほとんど売れて無いんじゃないか?」
「はい...。実はその方に売ったその布以外は」
男がアルテを申し訳無さそうに見つめる。
「なら被害は無かったわけだ」
「そう言う訳には...」
「マテラ神もアルテの信仰心を疑っちゃいねーよ。ここで盗人が改心するのも、マテラ神の思し召しってやつじゃないのかい?」
アルテはようやく握っていたナイフを懐に戻した。
「おっちゃん、これで美味いものを皆で食べてくれよ」
鈴木はそう言うと、多くは無いが全財産が入った財布袋を机に置いた。
「えっ!何故?」
「それもマテラ神の思し召しってやつなんだろ。この部屋にある神具は持ち出すなよ。約束だぞ」
「はい!ありがとうございます」
鈴木はアルテを連れ部屋を出た。
「あなた大丈夫?」
「...ああ」
「お金だー!やったー今日はご飯が一杯食べれるね」
「そうだな」
ドア越しから家族の声が漏れてきた。
「何故分かったのです?」
「まあ、明らかに素人だし。あの量は一人で持ち運べないだろ、家族がいるのかな〜と思っただけだ」
「.....ありがとうございました」
アルテは極小の声で呟いた。
「何か言ったか?」
「いえ、何でも。それより私はあの神具をハデスへ行き、元の場所へ戻そうと思います」
「そうか、そうだな。目的が果たせて良かった」
「貴方には心から感謝しております」
「おう!元気でな。ここを離れる前に二人には声を掛けてやってくれ」
「はい…。このご恩は生涯忘れません」
「大袈裟だな」
「貴方にマテラ神の御加護を」
「ありがとう」
鈴木とアルテは固い握手をして別れた。アルテがパーティーを離れて1日後、鈴木達一向は目的地である東南東の何処かを前に、補給の為アポロンへと立ち寄る事にした。
「ここが、あのアポロンか」
鈴木は千年後よりも更に繁栄し栄華を極めた、獣王が統治し、この時代の最大の領土を支配したアポロンへと到着した。行き交う人々は亜人、魔人関わりなく多種多様で、人種の壁は一切無い様に感じた。道端で差別や侮蔑するような輩は見当たらず、皆平等に会話する。貴族は身なりが良いが、民を不当に扱わず、臣民の表情が明るい。獣王の治世がどれほど優れたものかは、彼らの雰囲気だけで伝わってくる。
「ここが獣王の国か」
「征服王?」
「ああ。即位三年にして近隣の豪族を平らげ、今や飛ぶ鳥落とす勢いで領土を広げている。付いた二つ名が征服王」
「そんなにすごいのか?」
「街はこんなのほほんとしているが、アポロン兵が出る戦場は苛烈極まる。戦わずに白旗を振ろうが戦って降ろうが、征服王は平等に扱うらしい。だから戦わずに降る臣民が多いのさ」
国民の多さと多様性に納得した。
「疲れをゆっくり取って2、3日したら東南東へ向かおう」
パーティーを一時解散して鈴木は武器屋へと向かった。
カランコロン
小気味良い鈴の音が響く。
「いらっしゃい。...何だまたアンタか」
武器屋の店主が迷惑そうな顔で出迎えた。
「何度も言うけどオンリー何だっけ?そんな大剣ウチでは取り扱ってないから。冷やかしなら帰りな」
武器屋の店主は背を向けてプレートアーマーを磨き始めた。
「今日は武器を買いに来ました」
「何だ、お客さん。ならこれなんかどうだ?これは小人族の作品で一点ものだぞう。それにこれなんか希少鋼の剣だ、値は張るが刃こぼれ一つしない」
武器屋の店主は次々と接客トークで手を変え品を変え、鈴木に商品を買わせようとした。
「で予算は?」
「これで買えるものを」
鈴木は巾着袋をひっくり返し銀貨を7枚と銅貨を30枚出した。
「冷やかしなら帰れって言ったろう」
店主はジトーとした目で鈴木を睨んだ。店主は大きめの溜息を吐くと店の角にあった樽を指差し。
「あの辺りから探しな」
また鈴木を居ない扱いにしてプレートアーマーを磨いた。鈴木が指定された樽を漁っていると。
「ろくなもんが無いな」
鈴木は苦笑いをする。一番マシな剣を手に取ると銀貨6枚銅貨10枚の精算を終わらせて武器屋を出た。
「ああ、我が大剣は何処へ」
鈴木は幾つのもの修羅場を潜り抜けても折れず、曲がらず、欠けなかったオンリースイートを想った。




