我が子への誓い
拳銃の引き金に親指を掛けて最愛の妻子に近寄る。
「あなた、お帰りなさい」
「パパおかえいー」
笑顔で迎え入れる唯美と敬太の笑顔に鈴木は我に返った。
「最後だ。長かっただろ?これで楽になれる、苦しまない様に頭にちゃんとぶち込むんだぞ」
アングリコが鈴木の耳元で悪魔の囁きをする。鈴木は震える手で引き金を引くと銃口を向けた。
「何をしてる?止めろ!これまでの地獄が無駄になるんだぞ」
アングリコが動揺して鈴木を説得した。
「最後の一回だ。お前がそれをしたら、また最初からやり直しになるんだぞ!なっ?止めとけって、悪い事言わねーから」
「煩せーよ、バーカ」
バン
銃声が鼓膜を傷付け、痛みを感じる前に鈴木の頭を銃弾が貫通した。銃口は鈴木の頭に向けられ、鈴木は拳銃自殺をした。
「この!く.やろ.が!!最後の.いごで..やがって。面.臭せー...」
アングリコが酷く怒っていたが関係ない、手前の言いなりになってやるもんか。鈴木は清々しい気持ちで真っ暗闇の死の世界へと身体を沈めた。
「た..」
「たす.」
「太助、起きなさい」
はっと気が付き飛び起きるとリーゼが鈴木の額の大汗をハンカチで拭いてくれていた。
「ああ...。リーゼか」
「魘されていましたわよ」
リーゼは少し心配そうに鈴木の顔色を見ている。
「ありがとう、大丈夫だ」
びしょりと濡れた服を着替えて座った。
「何だったんだアレは?悪夢、それとも...」
鈴木は恐ろしい程リアルな体験を思い出し、吐き気を催したので急いでドアを出て、吹雪いている外で吐いた。
「ふーふー」
鈴木は口に残る酸味を唾で吐き出しながら深呼吸する。吹雪いているお陰で身体は直ぐに冷め、気分も時間を置かずにマシになった。
「義兄弟、大丈夫か?」
キッシュが小屋から出て来て、鈴木の背中を摩った。
「大丈夫、大丈夫だ。すまない心配をかけた」
「そうか無理すんなよ」
キッシュは鈴木を気遣いながら、二人で暖かい小屋へと戻った。
「大丈夫かい?これでも飲んで」
小屋の主がコップにホットミルクを入れて出してくれた。
「ありがとうございます」
鈴木はうたた寝の一瞬で目の下にクマが出来て窶れた。
ゴオォォォ
吹雪が勢いを増し暴風が窓の外を白く染めた。時たま小屋の中にまで風が入り込み、暖炉の炎を揺らしていた。
「プルル」
「ありがとう、心配してくれてんのか」
鈴木は寄り添うフレイを撫でた。
「お前、温かいな」
フレイの体温で寒さが和らぐ。あんな夢を見たせいで眠れない、と言うよりは眠る事が恐ろしかった。鈴木はうとうとしながらも夜が明けるまで寝ずに過ごそうと眠い目を擦る。
「ふぁーあ」
何度目のアクビだろうか、気づくと目の前に不機嫌そうに自分を睨み付けるアングリコが正面に座っていた。
「よう。お帰り」
「.....」
「俺は忠告した筈だぞ、最初からやり直しになるって。付き合わされる身にもなれよ」
アングリコは舌打ちをしながら最初の命令を出した。
「刺殺」
アングリコは面倒臭そうにぶっきらぼうに指示した。右手にはまたナイフが握り締められていた。
「.....」
「刺殺!!」
アングリコは苛立ちを隠さずに眼前で唾を撒き散らしながら恫喝してくる。
「っやくしろよ!暇じゃねつってんだろーがよー」
アングリコが鈴木の襟首を掴むが鈴木は微動だにしない。
「?。壊れやがったかコイツ」
アングリコが鈴木の目を見ようと屈んだ瞬間。
「ならやってやるよー!!」
鈴木は叫びと共にナイフを自分の心臓に突き立てた。
「何やってんだ!?またリセットになんだろーが、ざけんなよ」
「ざまーみやがれ」
鈴木の身体はみるみる力が入らなくなり床に顔から倒れた。
「何か気持ち良く...なって...」
血が抜ける感じが恐怖と痛みを麻痺させた。
「..けん.!!ば...う!」
「何か言ってるけど聞こえねーよ」
はっと目を覚ますとアングリコが額に青筋を浮かべながら睨んでいた。
「手前ぇ!何考えてやがる、いつまでも終わんねーだろうが」
「次は?」
「あ?」
「次は何だよ」
「ちゃんとやれよ。溺死だ」
「了解」
鈴木は洗面器に水を注ぐと顔を突っ込んだ。
「お前!な...」
水の中は雑音が聞こえ無い。鈴木は息を止め思い切り水を飲み込んだ。蛇口から出続ける水で鈴木は溺死した。
「.....」
アングリコが閉口している。
「次は?」
「...轢死」
鈴木は裸足で駆け出し、家を飛び出すと道路に侵入して通りかかったトラックに撥ねられた。
「次は?」
鈴木はニヤニヤしながらアングリコに聞く。
「頭がおかしくなったのか?」
「次は何だよ」
この後は何度も何度も自分を殺した。餓死では数日飲まず食わずで自殺し、撲殺では街のチンピラに手伝って貰った。中々キツかったのは服毒、胃が燃える様に熱かった。そしてアングリコへの反抗を始めて100回目。
「次は?」
「安楽死だ」
アングリコは清々しい顔で注射器を渡して来た。
「どうした?気持ち悪い顔して」
「ふふ、アンタも中々強情だね。恐れいったよ」
アングリコの口調は不思議と敬意を感じた。鈴木は怯む事無く注射針を静脈に打つ。すると力が入ら無くなり体勢を崩した。倒れる寸前にふわりと誰かが受け止めてくれた感触を辛うじて感じた。




