魔神の準主左翼 アングリコ
「おんぎゃー、おんぎゃー」
本当に赤ちゃんってそう泣くんだなーと思いつつ、産声を聞きながら出産に体力を使い果たした唯美を労った。
「ありがとう」
「ええ...」
看護師さんに抱かれてタオルに包まれた、この世のものとは思えぬ程の可愛い赤ちゃんが姿を現した。
「パパですよー」
看護師さんが抱っこしながら、父子の始めての対面を果たした。暫く我が子の赤い顔をじっくりと見つめた。その愛くるしい顔に、この子の為に一生懸命働いて、この子の為なら百回や千回死ねると思いながら写真を撮る。少しすると分娩室から出る様に促された。夜空を見上げ自分が父親になった実感が沸かない中、一度帰宅するが興奮冷めやらぬ状態で、目がギラギラしてしまい眠りに就けない。
「敬太。おめでとう」
ベッドの中で生まれた我が子を祝福した。子どもが生まれてからは一日一日があっと言う間に過ぎた。覚える事が沢山ある、オムツに沐浴、お着替えにミルクの作り方。抱っこ一つをとっても首が座っていない赤ちゃんを抱くのは、男にとっては恐怖に近いものがある、いや女性も同じかもしれない。鈴木は唯美に教わりながら育児に励みつつ、仕事にも身を引き締めて取り組んだ。
ごめんなさい、ちょっとミルク作ってくれる」
「ああ」
鈴木はミルク作りには少し自信があった。哺乳瓶に粉ミルクを入れ、ポットからお湯を注ぐ。粉を十分溶かしてから冷水で人肌まで冷まし、絶妙な加減で唯美に渡した。
「ありがとう」
唯美に片腕で抱き抱えられながら、敬太は一生懸命にミルクを飲むんでいる。その顔を見て、鈴木は我が子と妻の為なら、死んでも良いと思えた。
「あなたオムツ替えて」
「はいよー」
ミルクしか飲んでいない敬太のオムツは全く臭く無い。色々な事を体験して鈴木は少しずつ父親になっていった。そして数日が経った頃。
「座ってな」
「いいよ。私がやるから」
「産後の肥立ちが悪くなったら大変だろ!俺がやるから休んどけ」
「ありがとう」
鈴木は慣れない炊事洗濯を率先して行った。そんな鈴木の背中を唯美はニコニコしながら敬太を抱っこして見守っていた。
「さあ、そろそろ始めようか」
「だっ誰だ!?お前」
一人の魔王が立っていた。
「出て行け!不法侵入だぞ、警察を呼ぶからな」
鈴木の警告を魔王は不敵な笑みで返す。
「俺の名はアングリコ。百罰の魔王と名乗っておこう」
「アングリ?頭でもおかしいのか!早く出て行け」
鈴木がアングリコに近づくと耐えられない程の頭痛に苛まれた。
「がああっ」
鈴木は頭が割れる様な酷い痛みで床に倒れた。
「人の話を聞けよ、な?」
アングリコは鈴木を見下し頭を撫でながら鼻で笑った。
「ぐうぅぅー」
割れそうな頭を必死に堪えながらアングリコを睨む鈴木。
「今からお前に罪を償ってもらう」
「つ.み..だと?」
「.....、どうやらお前の罪は不義の様だな。死よりも苦しい百罰の間に改心出来れば良いな」
アングリコは敬太に歩み寄る。
「やめ..ろ!け.いたに近づ...くんじゃねー」
鈴木は苦痛から身を捩らせながらアングリコに警告した。アングリコは敬太の頭を優しく撫でると。
「先ずは刺殺だ」
アングリコはソファーにドカリと座ると鈴木を見据えた。先ほどまでの頭痛が嘘の様に消えて、鈴木は立ち上がるとアングリコににじり寄った。
「まーだルールが分かってないのか?殺れよ」
アングリコに飛び掛かろうとすると、また強烈な頭痛になり動けなくなる。
「ほら、台所に包丁があるだろ?それを使うんだよ」
アングリコは台所を指差し鈴木を促す。
「ふざけ..んなよ!!」
「くくくっ、ふざけてねーよ。お前の不義に対する贖罪だ、早くさっさと殺るんだよ」
アングリコはニヤニヤしながら鈴木の必死な顔を見つめた。
「俺も暇じゃねーんだ、ささっと殺ってくれよ」
アングリコは台所から包丁を取り出し鈴木の目の前に置いた。
「出来る訳ねーだろ!そんな事」
「いや、逆に何で出来ない訳?だって奥さんを蔑ろにして、子どもの子育ても碌にしない奴が何で躊躇うの?」
アングリコは包丁の柄を人差しと親指で摘むと鈴木の眼前でプラプラと揺らした。
「このクソ野朗!」
鈴木はアングリコから包丁を奪うとアングリコを刺した。
「オラ!思い知ったか!クソ野朗」
「違う違う。俺じゃないの、本当に馬鹿だなアンタ。殺るのはそっち」
アングリコの視線の先には怯えた唯美と敬太が居た。
「アンタは反抗的だから更に苦痛を与えてやるよ」
今まで感じた事も無い、脳が頭蓋からはみ出る様な、脳をぐちゃぐちゃとかき混ぜられる様な激痛が鈴木を襲う。
「あががが!!」
余りの痛みに悲鳴が漏れる。
「そろそろ始めてくれねーかな。天誅を下さないといけない奴が五万といるんだ、不義密通如きで時間かけてんじゃねーよ」
アングリコは痛みが和らぎボーっとした鈴木の顔を軽く掌で打つ。
「もう一度試しても良いけど、次俺様に逆らったら頭が弾け飛ぶぞ」
アングリコは殴ってとばかりにわざと左頬を差し出す。鈴木は酷い痛みのせいで歯向かう気力を失っていた。
「じゃあ始めようか、楽しい楽しい残酷ショーを」
アングリコの恐ろしい目に萎縮しながら鈴木は目の前に落ちている包丁を弱弱しく握り締めた。




