死の魔法使い
魔物の臭いが充満するダンジョンを鈴木が一人で進む。魔物との無駄な戦闘を抑える為に猫の目と不可視のスキルを駆使して奧へと歩を進めた。殺る時は一撃で仕留め、極力他の魔物に気付かれない様に細心の注意を払いながら、下層の魔王城最深部を目指した。序盤は狼や熊等の動物型の魔物が主流だったが、ダンジョンを進むにつれ性質が変わっていった。
「マジか...」
鈴木が参ったのは中盤辺りから出現した、武装スケルトン。RPGで見られる骸骨騎士の知能はかなり低く描かれているが、寝ぼけた(頭が少し回らない状態)成人くらいの判断能力があるようで、哨戒や集団戦闘を仕掛けて来るので、ダンジョン攻略の時間が大幅に遅延した。下層に到達する頃には魔法まで使用するスケルトンまで現れたのには、呆れを通り越して感心してしまった。
ザン!ザン!
オンリースイートの切れ味は絶好調だが、ズバズバ斬っても骨の集団はワラワラと無尽蔵に現れた。
「切りがない」
額に汗を垂らしながら鈴木は一歩ずつ先へと下りて行った。朽ち果てた魔王城へ侵入してからどれくらい経っただろう、時間の感覚を失いかけた頃、ようやく鈴木は最下層の魔王の間に到達した。内装がボロボロだった城内の中で唯一、荘厳な扉が時空を超えた様にピカピカで全く錆びたり朽ちたりしていなかった。
ゴゴゴ
重たい扉を両手で押し開け中を覗くと、玉座に鎮座するフード付きマントを羽織った人影が松明の光に煽られ揺れた。猫の目で見てもフードで顔が確認出来ない。人間なのか魔王なのか、魔物なのか判断出来ずにいた。
「何で松明に火が?」
鈴木は松明の炎を見据えながら一抹の不安を感じた。
「ここにいても埒が明ない。虎穴に入らずんば虎子を得ずか...」
数分様子見をしていたが、ピクリとも動かない人影に嫌気がさして最後の部屋へと入室した。
バタン!!
激しく扉が閉ざされた音に鈴木は大きな溜息を吐いた後、かなり大きめな独り言をぼやいた。
「でしょうねー!」
すると玉座に座っていた人影が立ち上がった。
「でしょうねーー!!」
人影はゆっくり鈴木を指差すと何やら小声で呟いている。
「?」
次の瞬間、鋭いナイフの様な氷が飛んで来た。
「だー!クソ!!やってやる、やりゃあ良いんだろ」
鈴木は捨て鉢気味に氷を避けると、最短距離で人影に急接近して横一文字に斬りつけた。が、手答えは無く虚しく空を切った。
「反則だろ、それ」
鈴木は上を見上げ呟いた。ローブを羽織った魔法使いは宙に浮いてゆっくりと下降して来た。
「この世界、飛行魔法とか有っちゃう訳」
鈴木は魔法使いの着地と共に逆袈裟斬りを仕掛けるが、魔法使いは硬い土塊を出し振り込む力を弱めヒラリと躱した。
「厄介だな」
鈴木は構えて隙を探す。刹那の攻防、必死に戦っていた鈴木はようやく敵の状態に気がついた。
「お前もスケルトンかよ」
魔法使いの正体は骸骨だった。鈴木の間違いを一つ訂正させて頂きたいのは、それはスケルトンでは無く、世間一般的な名称で呼ぶならリッチである。
「おま...え、出て...い.....け」
「お前!喋れるのか?」
「出...てい..けー!!」
「出て行けとおっしゃいますが、閉じ込めてるのは誰ですかねー!?」
鈴木は逆切れ気味に叫んだ。リッチは両手から高出力な炎を出し、一直線に焼き払った。既のところで回避するが靴の底が焦げる臭いが漂う。髑髏の瞳からチリチリと殺気が漏れ出て、背筋に汗が滲み寒気を覚える。
「我が...聖.域...を侵さ....んとす..る者に....は死を」
リッチは少し浮遊して鈴木を見下ろす。
「死んでるなら寝てろ、働き過ぎだ。お前は」
鈴木はオンリースイートを構え直すとリッチと対峙した。
「ウオ...オオ...オオオオオオオオオオオオオ!!!」
臓物も無いのに肚から絞り出す叫び声。この世の不条理に嘆いているのか、はたまた招かざる客に怒り心頭なのか、もしかしたら歯が痛いのかも知れない。ただリッチの叫びは至近距離で落雷を聞いた音の様に、空気を震わせ鼓膜に痛みを与える程の音量だった。
「それだけ声が出るなら良い歌手になれただろうに」
鈴木は耳の穴を小指でいじって息を吹きかけた。
「さあ御退場頂こうか、死者は死者らしく黄泉の国へ行くがいい。そこで演説でも歌でも好きなだけしろ」
鈴木はオンリースイートを錬金複製すると宙に居るリッチへと投擲した。
「ゴオ!」
リッチはヒラリと躱し空中から雨の様に石刃を降らせた。
「インフェルノ、おーりゃ!」
土魔法に対して火魔法でインターセプトで相殺する。それでも炎の壁を突破して来る石の刃を剣で叩き落とした。厳しい戦いは半刻経ち完全に拮抗して手詰まりとなってから結構時間が過ぎていた。
「そろそろ降参しろよ!アシッドスコール」
「サイク..ロン.フォース テ..ン...タイム.ス」
アシッドスコールを強風で弾き飛ばし部屋中に拡散させる。酸の不快な臭いがツンと鼻を刺激するが気にしていられない、目の前には可視出来る風の大鎌が大量に発生し、高速で回転しながらゆっくりと近づいて来ているのだから。




