彼女の過去3
「アンナマリー」
「はい」
「貴殿を紫皇帝に任命する」
「はっ!謹んで拝命致します」
元老院からの指名により、私は史上最年少で紫皇帝となった。魔法使いの最高位にして、アテナの支配階級である紫皇帝の言に国民全員が耳を傾けた。
「アラン殿」
「はい、閣下」
「確か昔、私に向かってモンキーとか何とか」
「いえ!閣下...それは...」
「ムゼル殿も勉強しても、どうのこうのと」
「紫皇帝様、あれは幼少の無知な言動でして...」
皆一様に平伏し頭を垂れる。私に意見するもの等、誰も居ないのだ。正直、当時の私は身に余る権力に酔いしれていた。冷遇され踏みにじられ、差別された過去を少しでも取り戻す為に我儘を通した。
「紫皇帝様。このままでは民が疲弊してしまいます。税を引き下げるべきです」
「誰に意見してるのかしら?国民が税を納めるのは義務であり、払えないなら去れば良いだけでしょ」
「しかし、それではアテナが破綻します」
「ベルナード侯。貴方に政治の授業を頼んだ覚えはありませんよ、下りなさい」
「今、アテナの民は苦しんでおります。一刻も早く手を打たねば」
手で払い退ける仕草をするとベルナード侯は衛兵に連行されて行った。
「.....」
この時の私に彼の言葉は届かなかった。憎悪に取り憑かれた醜い心、私にはアテナに復讐をする権利がある。破綻するならすれば良い、魔法使いの国なんて要らない。そう思ってたのかもしれない。
「紫皇帝様」
「どうしたの?」
紫皇帝になってから疎遠になっていたレイラクロームが会いに来てくれた。
「珍しいわね、レイラが来てくれるなんて」
「少し宜しいですか?」
「待ってくれる?あと目を通さないといけない案件が五つあるから」
「忙しそうね」
「ふふっ」
用事を済ませレイラと話せる様になったのは二刻程経った後だった。彼女はその間一言も喋らずに私を見つめていた。
「お待たせ。ごめんね遅くなって」
「紫皇帝様に時間を割いて頂くんですもの待ちますよ」
「止めてよレイラ。二人の時はアンナで良いわ」
「アンナ...」
「何?」
「偶には窮屈なアテナ城から抜け出して、昔の様に城下町のレストランで食事でもしましょう」
「...良いわね。上っ面だけの貴族連中との会食には辟易してたところなの。美味しいお店に案内してくれるんでしょ?」
「もちろん!」
その日はレイラに連れられ、郊外の少し寂れた料理店に入った。出された料理に私は唖然とした。
「何これ?」
「何って、ご馳走じゃない」
出された残飯の様な料理をレイラは黙々と口に運んだ。
「こんなもの食べられる訳無いじゃない!馬鹿にしているの?私にこれを食べろと?」
「失礼しました閣下。しかしアテナは格差で貴族以外まともな物を食べられる状況では無いんですよ」
「そんな筈は無い。国税を上げている分、食料の買入れを潤沢に行っているのよ」
「そうですか...。ならば何故我々は腹一杯ご飯を食べられ無いんでしょうか」
「そんな事を私に聞かれても知らないわ」
「知らない...か」
「何か言った?」
「いえ、気にしないで下さい。ここはお気に召さない、ご様子なので場所を変えましょう」
レイラと私は支払いを終えると店を出た。その日は新月で家屋の前に掛けられた松明の火だけが道を照らす頼りだった。
「ねぇ、アンナ」
「?」
「アテナをどうするつもり?」
「どうするも」
レイラの問いかけに答えようとした瞬間、凄まじい殺気が私の首筋を冷やす。
「これは何のつもりかしら?レイラクローム」
「友として道を誤った友人を止めるのが友情でしょ」
「貴方一人で私を倒せるとでも?」
「無理でしょうね、なんて言っても紫皇帝様なんだから」
「じゃあ、この無謀な行動は成功しないわよ」
「ええ。私一人なら、でも貴方にはもう一人、友達がいるでしょ?」
物陰から現れた人物に驚きながらも納得した。
「ローズ」
「アンナ姉様...」
「貴方まで私を裏切ると言うの?」
「姉様...。いえアテナに仇なす者、アンナマリーを粛清します」
二人の大事な友達に裏切られた私の心はぐちゃぐちゃになって、あの時の事は良く覚えていない。激しい怒りと悲しみがこみ上げて来た私は二人の親友との魔法戦に突入した。
「何故?」
「これ以上、アテナを苦しめないで」
「苦しめる?何を言っているの!」
「アンナ、ベルナード侯の陳情を退けたでしょ。あれはアテナ国民の願いだった」
「当たり前でしょ。アテナの自給自足率は他国に比べて極端に低い、税から捻出する事の何処が悪いの?」
「貴方の罪は無知な事」
二人との問答の間、間髪入れずに魔法合戦を繰り広げた。郊外の広い空き地は戦場と化し、火柱や凍った雑草、地面には激しい凸凹が出来て、側から見れば一対ニの戦いと言うよりは、何十人規模の魔法戦に見えただろう光景となった。




