始まり
時は遡り30年前
「唯美、行ってくる」
「はい、あなた行ってらっしゃい」
「パパー、バイバイ」
玄関を出て家のドアを閉めると、蒸し暑い日だった。家の中はエアコンが効いていて快適だが、梅雨の時期は、蒸し蒸しして嫌な気持ちになる。しかし車に乗れば大丈夫、国産の高級車は伊達じゃない、家にいるのと変わらない快適さだ。
「んだよ!早く行けよ!」
今日は月曜日ともあって混んでやがる、貧乏人が一人前に車なんかに乗りやがって、お前らの税金は俺達が半分以上払ってやってるんだから、徒歩と電車だけ使ってろよ。そんな事を思いながら勤務している病院に着いた。
「鈴木先生!」
「どうしました?田中看護師長」
「先日運び込まれた患者さんが、大部屋だと眠れないそうなので個室にしてほしいと」
「いいんじゃないですか、個室の費用が払えるなら移ってもらいましょう」
「それが...」
看護師長が言いづらそうにしていると。
「えっ!?まさか払うもの払おうとせずに、そんな事を言っているんですか?これだから貧乏人は嫌なんだ」
「でもあの患者さんは...」
「あのさ、田中さん何年看護師やってんの?クレーマーくらい上手くかわしなよ、別にいいんだよ、部屋代の差額を田中さんが払ってくれるなら。いちいちもって来ないでよ、そんな案件」
鈴木は田中看護師長を睨みつける。
「申し訳ございません」
田中看護師長は足早にその場を後にした。
「はぁー、疲れた」
「鈴木せんせ、今日はどこに連れて行ってくれるんですか?」
「高木か、気持ち悪い声出すなよ」
「気持ち悪いってひどいなー。合コンの女の子用意したの、僕なんですよ」
「わかってる、わかってる。そこそこの店用意しといたから。それよりそっちはどうよ?」
「今回は期待しといて下さい、モデルに某アイドルグループの卒業生が来ます。ちゃんと僕の分の部屋とってくれてますか?」
「どこまで俺に甘えてんだ、お前なんかラブホで十分だろ!」
「ええっ!ひでーっすよ。鈴木先生の悪い遊び、奥さんに言いつけちゃいますよ」
「下らない事言ってないで、早く仕事しろ!」
仕事も終わり、陽が暮れて夜になる。煌びやかな繁華街の中にある、合コン会場に到着すると、鈴木はハイブランドのスーツをビシッと着こなし、当たり障りの無い会話をしながら、上手く女性をもてなし、今回もお持ち帰りに成功したようだ。モテる男はがっつかない、ホテルの部屋に直行するのでは無く、最上階にある見晴らしの素晴らしいバーに連れて行く。
「彼女にカクテルを作ってくれ」
「かしこまりました」
バーテンダーは軽やかにシャカシャカと、カクテルシェーカーを振ると、水色に光るカクテルを、カクテルグラスに注ぎ女性の前に差し出した。
「こんなオシャレなお店に、いつも女の子連れて来てるんですか?」
「そんな事無いよ。ここはお気に入りの店で本当に好きな子としか来ないんだ」
「またまたー」
ホテルの最上階から望む夜景は、美しく夜のライトアップが、宝石の様に様々な色で輝きを放つ。宝箱のような眺望をサカナに美味い酒が進み、2人はホテルの部屋で休む事にした。2人が部屋に入りしばらくすると。
「ねぇ先生」
「ん?」
「先生既婚者でしょ」
「なんでわかった?」
「指輪の日焼け」
「ああ」
「奥さんに罪悪感とか無いの?」
「俺が食わせてやってるんだから文句を言う訳がないだろう」
「最低。。やっぱり大病院の跡取り様って感じね」
「うるさい、消えろ」
「死ねバーカ」
「見た目だけ良くて頭は空っぽ、価値がない」
女性が怒って部屋から出て行くと。
「今日は少し疲れた、ホテルで寝てしまおう」
外は大雨、その日不思議な夢を見た。父親から与えられたのは膨大な教科書と鉄拳制裁。母親から与えられたのはブランドの服や見栄の為だけの学歴。そんな中、ばあちゃんが両親の目を盗んで買ってくれたTVゲーム。隠れてレベル上げをしてたな、そんな世界にそっくりな夢を。