二頭の巨竜
「おじさん、何しに此処へ来たの?」
「おじ!おにーさんな。気づいたら此処に居たんだ」
「ふ〜ん。もしかして私の盲信的なファンじゃないでしょうね?」
「君が誰だか分からないのに、どうやってファンになるんだよ。変な子だな」
「ふふっ」
「何がおかしいんだ?」
「だって、私にこんな舐めた態度を取れる人がいるなんて。世の中は広いと言う事を、久しぶりに思い出させてくれてありがとう」
エメラルダマリーは不敵な笑みを浮かべながら、興味深そうに鈴木をじろじろ見た。
「何なんだ一体?」
ドン!ドドン!
少し離れたところで花火が上がった時の様な破裂音が聞こえて来た。
「全く沐浴くらい、ゆっくりさせて欲しいわ」
エメラルダマリーの美しい肢体が、拭き取れていない水を弾く。鈴木を気にしている素振りは無く、ケープを脱ぎ捨てると一糸纏わぬ姿に鈴木は急いで視線を逸らした。彼女は服を着ると歩いて、音が聞こえる方へと向かった。鈴木は気になり行動を共にした。
「おじさん、付いて来たら死んじゃうかもよ」
「死なねーし。おじさんじゃねーし。しつこいぞ」
エメラルダマリーと鈴木が現場に到着すると、戦闘の真っ只中だった。
「殿下」
「何事かしら」
「どうやら姫殿下を待ち伏せして潜んでいた様です」
「何をもたついているの、排除なさい」
「はっ!」
エメラルダマリーの命令を受け、護衛側の魔法使いの攻勢が一気に激しくなった。護衛責任者らしき男が声を荒げる。
「火力を集中させろ!相手は有象無象の野盗だ」
敵側の戦力を一人また一人と削っていく。劣勢になりながらも野盗側の抵抗が強まり、頭上2〜3メートルを火球や土で出来たつららが飛んで来て、立派な戦場と化した。
「危ないから頭を低くしろ」
鈴木が姫殿下に進言をするが、当人は腕を組み仁王立ちで魔法が飛び交う戦場を、片方だけ口角を上げながら見つめていた。
「そろそろ蹴散らしてあげる」
エメラルダマリーは上唇をペロと舐めると、歌を歌い始めた。その声は透き通る様に美しく、魔法戦の広域戦場に染み渡る。
「歌?」
鈴木が戦闘中にも関わらず、姫殿下の歌に聴き惚れていると、違和感に気づき頭上を見る。
「何だこれ...」
頭上には大きな岩が浮遊していた。
「四分の一スケール、メテオストライク!」
浮遊していた大岩が突如として、敵陣に急速落下し着弾と共に激しく破裂して周囲を巻き込んだ。
「.....」
鈴木は呆気にとられていると。
「なーに、その間抜けな顔。ちょー笑える」
エメラルダマリーは鈴木の顔を指差しながら、ケタケタと笑って嘲笑した。
「さて。後は掃討戦だよ、皆んなやっちゃって」
エメラルダマリーは先陣に立って、敵の魔法を相反する魔法で打ち消しながら、次々と狼藉者を成敗して行く。エメラルダマリーは戦局が決したのを確認すると、護衛に守られながら、先程まで敵が塞いでいた街道の真ん中を堂々と歩んだ。
「そうだ!」
エメラルダマリーが振り返る。
「おじさんも良かったら来る?」
その無邪気な笑顔に、先程まで苛烈な魔法戦を繰り広げた少女と同一人物とは、どうしても重ならなかった。
「ああ」
鈴木はエメラルダマリーに連れられ魔法大国アテナへと帰路に就いた。道中、護衛の魔法使いが魔物を露払いして殱滅していた。数十人もの魔法使いの法撃は凄まじく、近づく魔物は塵芥と化した。
「ふぁ〜」
エメラルダマリーはアクビをしながら退屈そうに歩いている。道端から黒煙が上がる中、何事も無いかの様に澄ました顔で。
「おかえりなさい」
「おかえり」
エメラルダマリーの両親が迎えに来ていた。
「ただいま。パパ、ママ」
「さあ一緒に帰ろう」
「今日は貴方の大好きな、キノコのスパゲティを用意したのよ」
何気無い親子の日常の風景。鈴木はその光景に驚愕していた。その少女の傍らに佇む二人の両親は大きな身体をした竜だった。
「そちらの方は?」
「神羅の森で迷子になっていて、連れて来たの」
「そうかい、なら落ち着くまで我がアテナ国へ滞在しなさい」
ドラゴンでありながら、人間の様に表情豊かに話しかけてくる国王に鈴木は戸惑いながら会釈した。城門に辿り着くと。
「ではまた」
国王と王妃はエメラルダマリーと護衛を残し、城壁に沿って歩いて行った。
「王様とお妃様は何処に行ったんだ?」
「裏門よ。パパとママが、こんな小さな門から入れる訳ないでしょ」
「.....。小さいね」
五人くらい横並びでも余裕で通れる城門を尻目に通過した。
「それよりおじさん」
「何だ?」
抵抗する事を止めた鈴木が返事をすると。
「魔法は使えるのかしら?」
「ああ、少しは」
「そう。パパとママが来るまで少しかかるし、見せて頂戴」
「しかし、ここは街中だぞ」
「良いから良いから。そこに噴水があるでしょ、標的にしなさい」
少し上目線なのは王族だから仕方ない。リーゼやキッシュがフランク過ぎるのだ、少しモヤつきながら鈴木は魔法を披露する事となった。




