忘れている何か
鈴木の意識が回復して目を覚ますと、アンナとミーシャが心配そうに覗き込んでいた。
「皆さん、太助さんが目を覚ましましたよ」
「良かった...」
安堵したミーシャが溜息を吐いた。
「ここは?いったい...」
鈴木の前にリーゼに首根っこを掴まれたキッシュとメドラウトが連行されて来た。鈴木はゆっくり身体を起こすと。
「貴方達だけで楽しいパーティーをなさったみたいですわね」
「いや、パーティーじゃ...」
否定しようとするキッシュを凄い剣幕で睨み付けるリーゼ。怒りの雰囲気に押されてキッシュは閉口した。
「そうですよ。生きていたから良かったものの、一歩間違えていたら死んでいたんですよ」
「大丈夫で...」
メドラウトがアンナの言葉を聞いて返事をしようとしたが、リーゼが睨んでいる事に気づき言葉を引っ込めた。
「三人共、アンナさんもリーゼさんもとても心配したんですよ。明け方に帰って来て鈴木さんは顔色が白くなって呼吸が浅いし、二人は血塗れのボロボロで」
「話を聞けば、私達に黙ってダンジョンに潜った上で更に光拳と一戦を交える等、狂気の沙汰ですわ」
「休んだら、しっかり反省して下さいね」
アンナが半泣きの上目遣いで鈴木を見つめた。
「皆、すまない。全て俺の独断専行だ、申し訳ない」
「とにかくゆっくり休んで下さい、体調が万全では無いんですから」
「先にこの人達に深く反省して貰いましょう」
「ひっ」
「ひー」
リーゼはニッコリと微笑んでいるが、背後に般若がいた様に見えたのは気のせいだろうか?鈴木はとても怠い身体をゆっくり寝かせた。
「眠い...おやすみ...」
鈴木が目を覚ますと時刻は正午を過ぎていた。
「寝過ぎたな。ふぁ〜あ」
鈴木は大きくアクビをすると、背中を掻きながら洗面所へと向かった。鏡に映る自分の姿に驚き二度見してしまった。無精髭に吹き出物、眉毛は剃られておらず、目を擦りながらもう一度確認するが、顎には贅肉が付いて、まるで別人かと思った。
「なっ!なんじゃ、コリャー!」
何度も顎に手を当て再確認するが、柔らかい手触りにノシと乗る脂肪の重さに鈴木は魂が抜けかける。
「運動しなきゃ」
鈴木は現実を受け止めてスウェットに着替えると、ウエストが、かなりキツくなっていた。動いていないのに額から油汗が出てくる。
「重い」
重い身体を踏ん張りながら走り始めるが、1キロ走り切る前に心臓が張り裂けそうになり、公園のベンチに座って息を整えた。
「こん...なに辛...かったけ?走る...のって。しんどい...」
ゼーゼー言いながらスポーツドリンクを500ml飲み干して、帰りはタクシーに乗って帰宅した。
「今日は初日から飛ばし過ぎた、まずは身体を慣らしていかないと。明日から本気を出すか」
鈴木は汗まみれになった身体をシャワーで流すと、ソファーに横になり、ポテトチップをムシャムシャと食べ始めた。
「やべ、今日バイトだ。そろそろ準備するか」
鈴木はコントロールが、やや難しくなった身体を起こし、バイト先へと向かった。
「おはようございまーす」
「おはようございます」
鈴木が就業に入って2時間ほど経った時。
「鈴木さん、通れないんですけど」
「すいません」
鈴木はバックヤードの狭い通路で、他の従業員に道を譲った。
「鈴木さん」
「はい」
オーナーから声がかかる。
「あんまり、このご時世にこんな事を言っちゃいけないんだろうけど...」
「?」
オーナーは言いづらいそうに言葉を続ける。
「ウチは狭いから、ね!」
ね!に察しろと言う気持ちが見え隠れする。
「はい...」
鈴木は屈辱を感じ、バックレたくなったが大人の対応で、滞りなく業務を終え帰宅した。
「糞オーナーめ!モラハラだろ」
帰宅後怒りが再燃し、鈴木はピザを肴にビールを浴びる様に呑んだ。嫌な事があっても沢山食べたり飲んだりするとストレスが発散される。
「クソが〜」
鈴木は顔を真っ赤にしながら涙を流した。いつからだろう?感情をコントロール出来なくなったのは、いつからだろう全てがどうでもよくなったのは。重大な何かを忘れている様な感じ、鈴木は心の痼りの原因が分からないまま就寝した。
ガバッ!とベッドから起き上がる鈴木に、アンナがビックリして固まる。
「大丈夫ですか?」
「あっ、ああ...」
鈴木はひどい寝汗を袖で拭くと部屋に置いてあるドレッサーの鏡を見て安堵した。
「どうかしましたか?」
「いや何でも無い」
鈴木はアンナに部屋から退室してもらうと着替える。服から出て来た身体は筋肉質で、力を入れると自由自在に反応した。
「よし」
鈴木は着替えてアンナと合流すると違和感を感じた。
「ここは」
「ええ。クリスタルパレスは引き払って違う宿に泊まってます」
見慣れない通路に戸惑っていると。
「義兄弟、起きたか」
キッシュが歩いて来た。
「キッシュ、すまなかった」
「良いんだよ。お前が決めた事は俺に限っては総意だからよ」
キッシュは男前な笑顔で返事した。
「それにしても暗いな」
時刻は昼日中なのに通路は暗くて足元が見えない程だった。
「ああ。義兄弟が気絶してる間にポセイドンのインフラが崩壊して、今めちゃくちゃなんだ」
キッシュとアンナに連れられて外に出た鈴木は目を疑った。
「何だ、これ...」
豪華絢爛を描いたリゾート地は、今や荒廃が進み観光客は居らず、電気は消え摩天楼は崩壊し、中より上はポキリと折れ、周辺に瓦礫を散乱させていた。鈴木は正に浦島太郎の気持ちになった。




