痛みを伴う修行
ミーシャは神託者の言葉を聞き終えると何度も何度も深々と頭を下げた。その場を離れるとミーシャは興奮していた。
「東の都、海の都 ポセイドンかしら」
ミーシャには珍しく声が上擦っていた。鈴木が声をかけてもあーでもない、こーでもないと都の名前らしきものの候補を挙げていた。
「ミーシャさん!」
「ああ、すまない。神託を頂いたのは10年ぶりくらいだから。みっともないところを見せてしまった」
「10年ですか」
「故郷のガレスで神託を頂いてから2度目でな、つい」
ミーシャは鈴木と喋っているが、どう見ても心ここに在らずで会話をしていた。多分次に行く都の検討をしているのだろう。
「ミーシャさん」
「ん?」
「やっぱり、パーティーは組みません」
「どうした?急に」
「ミーシャさんにはしなければならない事があるんですよね?なら俺なんかに構っている暇は無いはずです」
「.....」
「もしも次再会した時に貴女と釣り合いが取れるくらい強くなったら、今度こそパーティーに入って下さい!」
鈴木なりの精一杯格好をつけた、ミーシャへの応援だった。
「ありがとう」
ミーシャは一瞬迷ったようにも見えたが、鈴木からの餞別の言葉を聞くと決心したように、東の方角へと走りだした。時は夕方、太陽を背にミーシャは一路、東の都ポセイドンへと向かった。
「さて一度村長さん家に帰って夜が明けるまで回復魔法の訓練でもするか、夜は懲り懲りだ」
鈴木が村長宅に戻ると村長が出迎えてくれた。
「無事だったかい?帰って来ないから心配したよ」
「すみません」
「あれ君に貸していた、背負子と鎌はどうしたんだい?」
村長からの質問で金の半分と今装備しているもの以外の所持品は全て紛失もしくは没収になるようだ。あの野郎、一言くらい言いやがれ。
「すいません、途中モンスターに襲われて無くしてしまいました。弁償します」
「そんな事はいいんだが、身体は大丈夫かい?すまない、私がアリアケ草の採取を頼んだばっかりに」
村長の優しい言葉に目頭が熱くなるも、ぐっと堪えてなんとか耐え忍んだ。借りている部屋に行くと鈴木は回復魔法の魔法書を読み返した。
「リカバリー」
なんの反応もない。鈴木は試しに自分の腕に軽く短剣を押し付けて肉を少し斬りつけた。短剣の刃先が通った傷から薄っすら血が滲み出てきたのでもう一度呪文を唱えた。
「リカバリーーー!」
前回よりも遥かに力を込めて叫んだが何もならない。傷口から真っ赤な血が滴り、机に落ちた。鈴木が試行錯誤を繰り返す内に一つの答えに辿り着く。傷を見て糸で縫いつけ抜けた血を輸血するイメージで呪文を唱える。
「リカバリー」
するとみるみる切創は消え、机に滴った血がいつの間にか消えていた。鈴木はイメージが重要だと再確認した。今度は片手サイズの小さい木槌で弁慶の泣きどころを打ちつけてみた。
「んー」
村長さんに迷惑にならないように、歯をくいしばりながら痣をつくると回復魔法を唱える
「リカバリー」
痣が綺麗に消えるように冷やすイメージで唱えたところ回復に成功した。痛みは和らぎ、痣も消えた。鈴木は試したくなってしまった。普通はこんな事をする奴はいないだろう、ただ回復魔法ハイになってしまい万能感に包まれた鈴木に恐いものは無かった。表に出ると思いっきり腕を石に打ち付けた。
「ぎゃあぁ、痛ったい。ぐふっ」
余りの痛さに悲鳴とヨダレが出てしまった。間違いなく骨が折れている。骨にボルトで固定しギブスをつけて時間が経つイメージをすると、先ほどの痛みは瞬時に消え、手や腕を動かせる様になった。
「なるほど魔法書に書いてあった通り、あくまでも呪文はトリガーでイメージと精神力が魔法には大事なんだ」
と言う事が身を持って鈴木は理解した。ここまでくれば外科医である鈴木にとっては楽勝、一気に上位回復魔法まで習得した。
「んー」
鈴木は悩んでいた。そう、ファンタジーお約束の広範囲回復魔法、所謂ところのエリアヒールと言うヤツだ。これを発動させる為にはどのようなイメージが必要なのか考えに考え抜いた。数時間後に鈴木はおもむろに両手を短剣で斬りつけると両手を広げて目を瞑った。
「リカバリー」
鈴木がイメージするのは自分と自分の分身を作りそれぞれの自分に切創を縫わせた。すると両手の傷は消え、滴った血だけが残った。再度リカバリーを唱え、輸血するイメージで行っても血は戻らず、乾いて黒くなった。鈴木は広範囲での回復魔法が使えるようになり、回復を得意とする僧侶、その上位職であるアークビショップをも凌駕していた。
「なるほど、回復魔法をかけるイメージの順番によっては発動しない事もあるのか」
勉強が得意な鈴木は回復魔法に没頭して、試行錯誤しながら明け方を迎えた。




