災害の具現
「すまねぇ...」
満身創痍のキッシュは鈴木に礼を言うと気絶してしまった。
「きゃ!」
「くっ」
モルドレッドが鉄鞭を振り回してリーゼとミーシャを弾き飛ばした。
「いや、舐めてたわ。ごめんごめん、本気でやらせて貰います」
モルドレッドは床に散乱した武具を足で蹴り上げると、目にも留まらぬ早さで次々と装備から投擲を繰り返し、あっと言う間に黎明の旅人を無力化させた。
「強過ぎる」
「いやいや、あんた達も中々だったよ。痛みを感じたのもいつ振りだったかな?」
モルドレッドは唇に滲む血を親指で拭うと、ペロと舐めた。圧倒的不利の状況下、鈴木は覚悟を決め、オンリースイートを地面に刺し、装備から外すとスキルのスーサイドを発動させた。
「皆離れてくれ!」
鈴木の大声にモルドレッドの近くにいたリーゼとミーシャが後退りで離れた。脳内でカウントが始まる。
5秒前
「おいおい、今更何をしようってんだよ」
4秒前
鈴木は全速力でモルドレッドに突進した。
3秒前
「残念」
モルドレッドの鉄鞭が足に絡まり態勢を崩した鈴木は倒れた。
2秒前
「おい!俺の国で好き勝手にしてんじゃねーぞ。小僧」
聞き覚えのある野太い声が入り口から聞こえた。
1秒前
この距離では無駄死になる為、ギリギリのカウントで鈴木はスーサイドをキャンセルした。
「おやおや、これはアンドーさんじゃないっすか!お疲れ、ちーすっ」
モルドレッドは先程まで放っていた殺気を、おくびにも出さずアンドーへ駆け寄った。
「おめぇーよー。暴れてーなら他でやれよ、殺すぞ」
アンドーが重くて鋭い殺気を放ちながら、モルドレッドを叱っている。
「さーせん、さーせん」
反省の色を見せないモルドレッドに、怒りを増したアンドーが胸倉を掴む。
「舐めてんのか?」
「だからさーせん、つってますよね。詫び入れてんだから許して下さいよ〜」
モルドレッドの態度は謝罪では無く、明らかな挑発行為に見える。
「死んどくか?一遍」
アンドーとモルドレッドのガンの飛ばし合いは、額を擦り付け超至近距離で睨み合いが続く。
「ヤダな〜。アンドーさんの言い付けを守らない訳ないじゃないですか。自分もクエストに参加させて頂いてるだけっす」
モルドレッドがアンドーの睨みから目を逸らすと決着した。
「ここ数日で出入りの冒険者の数がアンマッチし過ぎて、俺が見に来たんだよ。面倒かけんな!」
「しゃーした!」
アンドーはモルドレッドの胸倉を離すと、面倒だのとぶつぶつ言いながら立ち去った。
「今日はここまでにしとこーぜ。アンドーさんに目を付けられたら後々面倒臭せーからよ、よろしく」
モルドレッドは入り口から軽やかな足取りで出て行った。残された黎明の旅人は、自然災害に迫る圧倒的な力に完敗し、重い足取りで一度帰還する事にした。
「.....」
いつもは行き帰りと心身共に余裕があるが、疲弊し傷だらけで、心を折られた黎明の旅人のメンバーは終始無言だった。今回の惨敗で魔王の恐ろしさを再認識させられた。ホテルまで誰一人喋らず各自の部屋へと戻った。
「間違いなく死んでいた」
鈴木はモルドレッドとの闘いを、何度も何度もシミレーションするが、勝ち目が見つからない。十回、百回、もしかすると千回に及んだ想定戦術は、尽くモルドレッドの勝利を暗示していた。
「あれが魔王十将軍か...」
ワンサイドゲームに一矢は報いたが、まだまだ上には上がいる事を痛感した一日だった。
翌日
「今日はどうするか」
ホテルのロビーで今日の予定を話し合っていた。
「流石に魔王十将軍が彷徨くダンジョンを、これ以上探索するのは反対です」
ミーシャが1番にクエストの解除を提案した。
「あえて危険に飛び込む必要はありませんわ」
リーゼがミーシャに賛同する。
「このまま、やられっぱなしでいいのかよ」
キッシュが悔しそうに言い放つ。
「でも。また魔王と会ったら、今度は誰かが死んじゃうかもしれないんですよ」
瞳に薄っすら涙を浮かべ、キッシュを説得するアンナ。
「.....」
鈴木がリーダーとして決断しようとした時。
「ただいま戻りましたー」
空気を読まず元気一杯に帰還を知らせる奴の声が響いた。
「おお、メド」
「元気してたか?キッシュ」
「お帰りなさい」
「ただいま、アンナさん」
「貴方と言う人は...」
「リーゼさんとアンナさんにお土産ありますよ」
メドラウトは荷物袋をゴソゴソ探しアイテムを2人に手渡した。
「珍しいものを手に入れたので、どうぞ」
「これは!」
「綺麗ですわ」
「七色鎧魚の鱗が手に入ったので、防具の強化に使って下さい」
そう言ってアンナとリーゼに差し出した、七色に輝く鱗は非常に硬く軽かった。




