Instability
鈴木が目を覚ますとベッドの上だった。寝汗で服も下着もシーツも全部びしょ濡れになっており、寝ていたはずなのに全力疾走で数キロ走った様に、怠く息切れをして目を覚ました。リビングへ行きコップに水を入れて一気に飲み干す。
「なんなんだ、あの夢は」
妙にリアルで痛みや記憶が鮮明な夢を、鈴木は不気味で恐ろしく感じていた。当初は懐かしい気持ちやワクワク感が優っていたが、一瞬見えた魔王の顔を思い出すと吐き気すら感じた。鈴木の異変に気付いた唯美がリビングにやって来た。
「あなた大丈夫?」
「ああ、悪夢を見て起きてしまった」
「かわいそうに、良ければ」
唯美が何かを言い終える前に鈴木が会話を遮る
「ベッドのシーツを洗っておいてくれ」
「はい」
洗面台に行き、汗まみれの顔を洗った。下着や服を着替えると鈴木は病院へ行く準備を始めた。玄関で靴を履いて、いざ出勤しようとすると唯美に呼び止められた。
「今日は何時頃帰ってこられますか?」
「そんなもの患者に聞いてくれ」
鈴木は唯美の質問を質問で返すと一言付け加えた。
「今日の夜飯は外で食べてくる、用意しないように」
鈴木は唯美の顔も見ず、そう言うと廃車寸前のボロボロ車に乗って病院に出勤した。通勤途中に唯美について思案していた。何故こんな状態になっているのに一緒にいるのか、敬太の事もあるがこんな状態で結婚生活が継続出来るのか。少し過去に思いを馳せた。
2年前、結婚1年目
「唯美、調子はどうだ?」
「ありがとう、大丈夫です」
「無理はするなよ、もう一人の身体ではないんだから」
「わかってますよ。心配性なパパでちゅね〜」
昔はどこにでもいるような家族だった。自分でもエリート意識のある鼻にかけた奴で、気障である事は自覚していた。しかし唯美がいつも大人になって、一歩引いてくれていた。病院で俺は医師見習いとして、彼女は看護師として出会った。俺の一目惚れでアタックし続け、ようやく交際、結婚までこぎつけた。あれ程大好きだった唯美を、何故ここまで嫌いになったのかは全く解らない。多分俺と言う人間は釣った魚には餌をやらないタイプなのだろう。結婚の後に1年くらいで敬太が生まれた、生まれた時はこの子と妻の為になら死ねるとさえ思ったものだ、だが蓋を開ければたった2年で夫婦仲はここまで冷え込んでいた。自分の気持ちが整理出来ない中、目前に迫るテールランプに正気を取り戻し、急ブレーキをかけた。
「あぶねぇ」
前の車との車間距離は多分だが数センチ無いくらいだと思われる、運転に集中し直すと安全運転で病院へと向かった。午前中はルーチンをこなし、昼休憩に入った時、泰三叔父さんに依頼した件で、もう一度催促する為、スマホの電話帳を開いた。
「あれ?おかしいな」
鈴木がいくら探しても泰三叔父さんの電話番号やメールアドレスが見つからない。
「そういえば連絡をした時、ムカついたから消したんだっけ」
鈴木は仕方なく母親に電話をかけた。
「太助がかけてくるなんて珍しいじゃない、どうしたの?」
「母さん、泰三叔父さんの連絡先を教えて。間違えて消してしまって」
「泰三さんって誰の事かしら?」
「泰三叔父さんだよ!母さんの弟の議員やってる」
「...ええごめんなさい、泰三ね。泰三とは疎遠になってるから連絡先は知らないの」
「そうなの?この前一緒にハワイ行ったとか言ってなかった」
「そうだったかしら、泰三とは何年も連絡をとってないの」
「わかったよ、ありがとう」
鈴木が通話を切ろうとすると母親が焦った様に話しかけてきた。
「話は変わるけど、今度お父さんの大学病院で新しいMRI装置を入れたそうなの、テストに協力してちょうだい」
「俺忙しいんだけど、身内をテストに使うってのもどうなの?」
「いいから、いいから。バイト代あげるから!ねっ」
「バイト代って母さん、俺は医者だよ学生じゃないんだから。OK、最新のMRI見るのも勉強になるから、今度そっちの方に行ったら父さんに言っとくよ」
「ありがとう、必ずよ。必ずお父さんの所に行ってね」
鈴木の父親は大学病院の教授をしており、祖父が引退した時に病院を継ぐ事になっているらしい。父親のイメージは忙し過ぎて家におらず、珍しく帰って来たと思ったら自室に籠って出てこず、晩御飯の時に勉強の進捗確認や資料、参考書の山を渡してくるのだ。はっきり言って飯が不味くなる。鈴木は面倒だと思いながら午後のルーチンに入るのだった。




